SS詳細
一口大の夢/Phantasm in candy
登場人物一覧
──ルースト・ラグナロク
混沌のどこかに存在する古民家カフェ、ルースト・ラグナロク。多量の本が収まったシャビーシックな内装に、幾ばくかのボックス席とテーブル席、そして厨房と遮る様にバーカウンターと座席が並ぶ。
普段から人気もなく営業とは名ばかりの開店状態であるこの店だが、今日は珍しく香ばしい匂いが漂っている。
食欲を誘うスパイス、鼻をくすぐる甘味料、口内を彩るドリンク。小さいながらも宴の準備が進められていた。
「さてさて……下拵えはこの程度でいいだろう。ウチから誘ったんだ、もてなし程度はさせて貰わないとな」
そう言いながら髪を結っている幸潮が器具を片付けたところで、都合よくカランカランと扉が開く。
「いらっしゃい、よく来たな。今日のメニューは此方のお任せフルコースのみだが、構わないよな」
開いた扉の中からやってきたのは大人らしい服装に身を包んだランドウェラ。しかし、店内に入るなり動きを止めてしまった。例えるならコンサートホールに来たはずがライブハウスだった、ような戸惑い。
「?? それは、構わないが……幸潮なのか? 雰囲気が前と違う……顔を見なければ別人に見える」
「いかにも、アンタと話した『夢野幸潮』はウチで間違いないぜ。 ほら、好きな席に座りな。昨日言ってたもん見せてやるから」
「あぁ、よろしく」
ランドウェラが戸惑いながらチェアに座ったが、それも仕方のないことではある。今の幸潮は『固定概念』。昨日の幸潮は『偶像崇拝』と別の姿を象っているから、別人に見えたのだろう。とはいえこれでも姿の編集には混沌肯定により大きな制約がかかっているのだが。
「この出会いに記念してまずは乾杯」
「乾杯」
ともかく、この二人の出会いは斯くなるものだった。
――昨日の"青い鳥の街角"
イレギュラーズ達が何気なしに足を運んでしまう街角。青い風見鶏がクルクルと風を追いかけている。ランドウェラはそんな通りを何気なしに歩いていた。なんせここは文字通り"なんでも"いる場所で、時間潰しには最適。興味を惹かれるものに声をかけたり眺めていたりと過ごしていた。
「此処にはいつも沢山の人がいるな……って、なんだろうこれ。 鬼火?」
そんな散歩中のランドウェラの目の前に、ふよふよと青い火の玉が流れてきた。手を伸ばして掴むが、その指では触れられない。構わず流れ去っていく火の玉から振り返ると、白いシスター服──『偶像崇拝』の姿をした幸潮がいた。ソレはただ自由にエフェクトを"万年筆"で描写していた。ランドウェラはそれを見つめる。氷、惑星、砂塵等を描いたあたりで、幸潮が視線を認識し、声をかけてみた。
「私に興味があるのか?」
「うん。 さっきの火の玉は君が出したの?」
「ああ。 この混沌に於ける私──『夢野幸潮』のギフトはコレだ。どこにでもこのようにエフェクトを"描写"できる。 このようにな」
万年筆を手中でクルリと回し周囲を切ってみれば筆先の軌跡にキラキラ光る天の川が生まれる。その中心に立つ幸潮は、服装も相まって神聖なものに見える──かもしれない。
「へぇ……例えばだけど幸潮は宙に絵本を作れるのかい?」
「可能だ。今はネタの持ち合わせが無いが――そうだな、明日。 明日、私の店たるルースト・ラグナロクに来れば何か描いてやろう」
万年筆を宙に浮かせてから聖書型ケースに収納し、如何だ?と問いかける幸潮。ランドウェラは頷いて、
「本当かい? 嬉しいな、是非お願いするよ」
「ふふ、楽しみにしておけ。場所は――だ」
「わかった。明日お邪魔するね そうだ、金平糖食べる?」
「ああ。 頂こう」
手に取って口へ運ぶ。なんとも言えない甘みが広がり、は軽い笑みが浮かんだ。そのまま別れの挨拶をした後、幸潮は満足気に手を振って街角から立ち去った。
──今日の"ルースト・ラグナロク"
「美味しいか?」
「うん、とっても」
「そりゃよかった。描くのにも時間はかかるからな」
そう言って指を鳴らすと万年筆が空間を割って飛び出した。優雅にチェアへ腰掛けながら、幸潮は宙に我観せず浮かぶ万年筆を指揮して風景を描写する。
「凄いね。 本当に絵本がそこにあるみたいだ」
「ま、そうだな。文字を書くのも絵を描くのも、そう変わりはないんだ。うちらにとってはな」
「へぇ、それはどうして?」
「そりゃこの世界が文章で構築されてるからな――っと、分からないか。気にしないでくれ」
なんでもないと手を振る上で描きあげられていくのは王道の竜退治の勇者を描いた物語。王に任命された勇者が仲間達と出会いながら各地の問題を解決し、悪しき竜を討つ。そんなお話。
「ま、絵本ってよりは小説のコミカライズっぽいが……どうだった?」
「うん、綺麗だ。見ていて楽しいよ」
「そりゃ嬉しい感想だな。いくらか数本用意してる、食事と共に映画感覚で楽しんでくれ」
2本目はSF世界の逃避行。とあるAIとその製作者の二人が政府から追いかけられ逃げる中、プログラムたるAIに心が芽生え本当の恋をする物語。
3本目は宇宙を股にかけた大レース。ゴミ捨て場から見出された主人公が、優勝という最高の栄誉を手にする為、レースへと身を投じる物語。
4本目は荒くれ海賊達の宝探し。洞窟の中に見つけた古代文明の遺跡を、海賊達は隠されているだろう財宝を求めて押し進む物語。
5本目、6本目、7本目と様々なジャンルの物語の描写がが音と共に展開される中、ランドウェラがふと言葉をこぼした。
「ふふ、動く絵に効果音もあると絵本というよりはまるで練達で見たことのある映画みたいだ」
「確かにな。 サウンドエフェクトも付属しているからな。確かに映画として売れそうだ」
「うん。 幸潮はこんなに色々なお話を書けるんだね。幸潮自身も色々な姿があるようだし。舞台によって顔を変える役者みたいだ」
その言葉を受け、幸潮の動きが止まる。先程までの愉快な雰囲気から一変、寂し気な気を纏う。
「――役者か。あながち間違いではない。我は『夢野幸潮』という名前を与えられただけの
また変わった、と内心で呟きながらランドウェラもその言葉に礼を返す。
「一瞬の幻でも一生の思い出になれるって素敵だよ。 素敵な時間をありがとう」
「何、礼を言うのはこちらの方だ。俺の自己満足に付き合ってもらえたのだからな。 さ、うちにゃまだ語りたい物語があるんだ。 まだまだ楽しんでもらうぜ。乾杯」
「是非、見せてくれ。 乾杯」
カツンと打ち合わされる二つのグラス。ボウルから口に運ばれた金平糖がそれぞれ異なる色を見せるのだから、同じように移り変わるあの景色も、きっと口の中に入れてしまえる。だって、これは、夢なんだから。