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令嬢はかく語りき。
登場人物一覧
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「そういえばテレーゼ様」
「はい、なんでしょう?」
「いつまで領主『代行』なんですか?」
ある日の昼下がり、マルク・シリング(p3p001309)はテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)へと問いかけた。
「いつまで……と言われましても……兄が死ぬまででしょうか?
兄が結婚して嫡子が産まれたらその子供が亡くなったらでしょうか」
動かしていた手を止めてテレーゼが首を傾げる。
どうやら休憩がてらに雑談でもしようというらしい。
「ですが、イオニアスを退けたのも勇者選挙の際も直接的な動きはテレーゼ様がされてましたよね?
それに対して、形式上の領主である兄上様は居られるということぐらいしか僕達は知りません」
「あぁ……言われてみると、たしかにそう見えるかもしれませんね」
表情を綻ばせるようにして笑いながら、テレーゼが頷いて見せる。
「こう言う言い方が正しいのかは分かりませんが、ご領主様は何をしてらっしゃるのか」
「でも、実際のところ、私の決定は一部の例外――というか、その場での決断を除いて殆ど兄とも共有しているのですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。形式上、兄は――シドニウス卿はブラウベルク家のお家騒動を捌けませんでした」
「それはイオニアスの反乱の一件ですか?」
マルクの問いに、テレーゼはこくりと頷き。静かに続けて行く。
「本来、当主として跡を継いだ以上、先代の後妻とその兄に介入される時点で、お家騒動としては最悪です。
こういうとなんですが、当主なのはシドニウス卿なのですから、
「それは……正直に言わせてもらうと、確かにそうかもしれません」
「叔父……イオニアスが反転していたことで、結果的に家は守られ、その旧領は皆様の領土として扱って構わない物になりました」
のんびりと語り、いつの間にか入ってきた秘書からの資料を受け取って、返すように使用人への伝言を出している。
「イオニアス卿の介入してきたお家騒動で、1つ兄が後悔していることがあります。なんだと思います?」
「ええっと……未然に防げなかったこと、ですか? それともテレーゼ様に危険が及んだことですか?」
「ふふ、惜しいですね。まぁ、私の身どうこうはどうでもいいと思いますが。
――兄が後悔しているのは、後手に回ったことです」
「後手に……?」
「父が死んだのは砂蠍の侵入の数ヶ月前ですから、家督を継いだほぼ直後の事案だったのもあるんでしょうけど。
政治的に後手に回ったことは兄がほぼ唯一、後悔していることです」
「そう聞くと、益々どうしてテレーゼ様が当主代行なのでしょう?
砂蠍が侵入してきた時も、テレーゼ様が僕らローレットを集めたって聞いてます」
「そうですね。あの時も私が現場にいましたね」
懐かしむように言うと、彼女は窓の方を覗いた。
視線の先にはきっとあの時の戦場がある。
「兄は自らは当主としての地位の一切を――言い方を変えましょう。
その言い方に何か含みを感じて、マルクはテレーゼの方を見つめた。
「――つまり、兄は王都に常駐し、他の幻想貴族を相手どって駆け引きすることに集中することにしたんです」
「なるほど、テレーゼ様と兄上様はやるべきことを分担されたんですね。
シドニウス卿が王都で、テレーゼ様はこのブラウベルクで活動するという体制で。
でも、どうしてそんな風に分担を?」
「そうですねぇ……すごく単純な話ですけれど、領民達や皆さんとの関係です」
「領民や、僕達との?」
「領民達のことを私は家族のように思っていますが、
兄はそこまで領民に対してそこまでの気持ちはないと言ってましたね」
何かを考えているかのように、手に持っていたペンを弄りながら言う。
そのまま視線をマルクへと向けてきた。
「皆さん――ローレットとの関係だってそうです。
この数年、一度も皆さんの前に出たことも無く、
「それなら、いっそのこと領民のことを思っていて、
僕達とも険悪な関係ではないテレーゼ様がそういう表向きことをしたほうがいい……ということですか?」
「そういうことらしいですね」
「失礼な話になるかもしれないんですが……」
「ふふ、なんでもどうぞ。別に気にしませんよ」
「その、シドニウス卿は実際にどのようなことを?」
「そうですねぇ……例えば、叔父が反転した時、対オランジュベネ包囲網を作りました。
あれを近隣諸侯に呼び掛けたのは兄だったはずです。
――ローレットに協力した方が結果的に三貴族にも顔向けできるし、自分の身分を守ることにもつながる、だとか言ったらしいですね」
届いた紅茶に舌鼓を打ってから一息を吐いて。
「後、皆さんに旧オランジュベネを差し出すようにという話。
あれは私が提案して、最終的に兄が中央との交渉で纏めた話ですね。
あの戦いで大きな功を立てた皆さんの領地として解放されるのは道理、とかなんとか?
あのままだと他の貴族に睨まれかねなかったですし、フィッツバルディの方々とも多少の縁が得られました」
「なるほど……たしかにどちらとも外交、というか貴族の方との交渉が必要ですね……
逆に、テレーゼ様が独断で決めたことってあるんですか?」
「ありますよ。メイナードさんの部隊を私兵に取り込むことに決めたのは完全に私の独断です。
勇者王選挙に彼らを出すのについては兄と一緒に考えた物ですが、その後の諸々の判断は私の独断です。
つい最近のグレアム卿への対応も完全にそうですね。まぁ、こちらはマルクさんが目の前で見ておられましたけど」
「たしかに、あの時はすぐさまの決断でしたね……あの判断は正しかったと思います」
「私達の分担は『家』か、『領地』かです。
家の存続に関わるような事件であれば兄の上意が優先されますが、
あくまで領地に問題が起こる程度であれば私の意見の方が優先されてます」
「……テレーゼ様はお兄様のことを信頼されてるんですね」
「ふふ、私にとっては唯一の肉親ですし。
私は領民や親しい人達の事を家族のように思っています」
(……家族のように思っています、言い方を変えたら、家族の事は大切に思っています、ということか)
不意に領民の事に触れて疑問に思ったマルクは、少し間を置いて理解する。
「……テレーゼ様、最後にもう一ついいですか?」
「そうですね……休憩もそろそろおしまいにした方が良いでしょうから、もう一つだけなら」
「……テレーゼ様から見て、兄上様――シドニウス・フォン・ブラウベルクとはどういった人物ですか?」
「――そうですねぇ……貴族らしい貴族、腹黒、策士。
あと自分が思ってるよりも領民思いな面倒くさい男、ですかね。
あっ、最後の事は秘密ですよ? ばれたら怒られそうですから」
考える間もなく、目を閉じてそう告げたテレーゼは、くすりと悪戯っぽく笑った後、切り替えるように伸びをした。