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雫に想いを
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「どう、見つかった?」
がさがさと草花をかき分ける音に顔を上げると、薬草を抱えたリコリスが微笑んでいた。
「ええ。これ、ですよね」
籠に入れた薬草を見せると、それで合っていると頷いてくれた。
「手伝ってくれて本当に助かるわ」
「いえ。力になれるなら、何よりです」
ジョシュアが笑みを返すと、彼女がそっと目を細める。その嬉しそうな様子に、何だかほっとする。
二人が探しているのは、「イリゼの雫」を作るための薬草だ。リコリス一人だと必要な量の薬草がなかなか集まらないらしく、ジョシュアが手伝いに来ているのだ。
彼女に教えられた薬草は、「フルリール」という名前のものだ。ぎざぎざとした葉と小さな赤い果実が特徴だ。この葉の部分が、イリゼの雫になるらしい。
リコリスの住む森は、場所によって育つ植物の種類が大きく変わる。ここに来るまでに青い花の群生を見つけたし、不思議な形の葉を持つ植物が固まって生息しているのを見つけている。だけどフルリールは、固まって育っている様子が見られない。見つけるのに苦労するはずだった。
彼女が言うには、たくさん薬草を集めても、イリゼの雫は小瓶数個分しか作れないとのことだ。そう考えると、この薬は思っていたよりも貴重なものなのかもしれない。
「ジョシュ君。その目の前の黄色のお花」
リコリスが指さしたのは、小さな花が咲いている、背の高い植物。摘んでもいいのかと尋ねると、彼女ははっきりと頷いた。
「それがだるさに効く薬を作るのに必要な薬草なの。乾燥させてから使うから、今日のうちに摘んでおいてしまいましょう」
植物は好きだし、混沌世界では見られないものもあるだろうから、薬草には興味があった。森に入ってからはよく周りを観察していたけれど、これは初めて見る。もしかしたらこれも、あまり多くは咲かなかったり、見つけるのに苦労するものだったりするのかもしれない。
リコリスはきっと、例え貴重な薬草であっても、誰かのために惜しみなく使ってしまうのだと思う。人々に辛い思いをさせられてきているはずなのに、誰かの笑顔や幸せを願っている。本当に、優しいひとだと思う。
そんな彼女だから、力になりたいと思うのだ。それに、薬を必要としている人のためにも、今はリコリスの手伝いをしたかった。
黄色い花の茎を摘まんで、根本からそっと引き抜く。それを籠に入れてから、赤い実と黄色の花を探していく。
「ジョシュ君」
リコリスがフルリールを引き抜いて、根本についた土を払っている。
「だるさに効く薬を作りたい理由、聞いてもいいかしら」
ジョシュアが顔を上げると、真剣な様子の彼女と目が合った。恐らく、今身近にだるさに苦しんでいる人がいるのではないかと心配しているのだろう。
彼女のそういった思いやりや優しさに、いつも穏やかな気持ちにさせられている。胸の奥深くに広がっていく温もりは、エリュサと過ごした日々を思い出す。だから自分がその薬を作りたいと思った理由を、素直に話すことができた。
「随分前になるのですが、僕を大切にしてくれたひとがいたのです」
どこから話せばいいのか迷って、出会ったきっかけから話し始める。身体が弱っていたエリュサのこと、そこでの陽だまりのような日々のこと。それから紅い花のこと。
「もし自分の毒が薬になるのなら、病気を治すのに使えるようになりたくて」
病気を治す薬と言っても、たくさん種類はある。だからまずは、エリュサが苦しめられていた、身体が重い症状に効く薬を作れるようになりたいと思ったのだ。
ジョシュアが言葉を選びながら話している間、リコリスはこちらの話にきちんと耳を傾けてくれていた。時折頷いて、微笑んでいる様子は、エリュサとの日々を聞いた喜びのようで、ジョシュアの持つ希望への励ましのようでもあった。
「話してくれて、ありがとう」
リコリスが黄色の花を見つけて、丁寧に籠にしまい込む。
「この花が乾燥しきった頃に、作り方を教えるわ」
「ありがとうございます」
よろしくお願いします。リコリスに向かって微笑むと、彼女もまた笑みを浮かべた。
彼女の瞳が、なんだか輝いて見えた。
籠いっぱいにフルリールと黄色の花を詰め込んで、リコリスの家に戻る。探し始めてから随分時間が経っていたけれど、リコリスと話しながら探していたせいか、あまり時間の経過を感じなかった。
「最後は魔法で仕上げるのだけど、そのために準備が必要でね」
少し休憩を挟んでから、イリゼの雫作りを始める。今日は先ほど摘んだうちの半分を使うとのことだ。
まず、フルリールをよく洗って、葉だけをちぎる。果実と茎の部分は薬の効果を薄めてしまうから、取り除かないといけないらしい。
「ジョシュ君もやってみる?」
「いいのですか」
これはジョシュ君と食べるお菓子に混ぜる用なの。リコリスがそう微笑むのを見て、思わず頬が赤くなる。照れ臭いけれど、それよりも嬉しくて、彼女が机に広げているフルリールを手にとった。
リコリスの真似をしながら葉を取って、ナイフで細かく刻んでいく。彼女の手際の良さに見とれていると、今度はリコリスが照れ臭そうに笑った。
「細かくなったら、鍋に入れるわよ」
小さな鍋に湯を沸かして、刻んだ葉をその中に入れる。湯の中で踊り始める葉たちに、リコリスがそっと手をかざした。ここからは、魔法を使う作業らしい。
青色の粉、緑色の液体が棚から取り出されて、ぽたりぽたりと混ざられていく。ジョシュアがそっと彼女の顔を見上げると、そこに浮かぶ表情は真剣そのものだった。
リコリスが赤色の粉を加え、鍋を静かにかき混ぜる。途端、鍋の端から湯が黒く変わって、反対に中央からは淡い光が零れだしていく。柔らかな輝きが暗い色を包んでいく様子は、まるで星空のようだった。
「この前七夕の話をしたからかしら」
魔法を使い終わったのか、ほっとしたようにリコリスは言葉を零した。
「そうかもしれませんね。本当に、綺麗です」
目の前に広がる星空は、細かな光がきらめいていて、ずっと眺めていたくなる。
遠く届かないはずの空がこんなに近くに、誰かの幸せを生み出すためにあるのだ。そう思うと、思わず小さな息が零れた。
「リコリス様の魔法は、素敵です」
ジョシュアも魔法の本を読んだり、水に魔力を込めて練習してみたりしている。この薬の作り方や薬草について知ることが、自分の毒を薬にする手がかりになるかもしれない。そんなことをほんの少し思いながら、イリゼの雫作りを見ていた。だけどこんなに優しくて綺麗な魔法が見られるとは、思っていなかった。
「そう言われると嬉しくなるわね」
鍋に張られた液体から光が消えていき、色も透明になっていく。あとは残った葉を濾しとって、さらに煮詰めればイリゼの雫が出来上がるらしい。
「お手紙でも書いたけれど、薬も毒も紙一重なの。これだって、『毒薬』として使う人もいるけれど、本当は優しい薬だもの」
透き通る色になった液体を眺めて、リコリスは微笑む。
「ジョシュ君の毒が薬になるように、私も力を貸すわ」
彼女にそう見つめられると、きっと上手くいくという気持ちが強くなってくる。きらりと煌めく光が弾けて、身体中に広がっていくようだった。
「とても嬉しいです。よろしく、お願いします」
きっと、うまくいく。口の中で繰り返すと、その言葉がすとんと胸に落ちていった。
おまけSS『その後のお茶会』
リコリスが用意してくれたお菓子はスコーンだった。しっとりとした食感のそれは、噛むとほろほろと崩れて、ほんのりと甘い味を広げていく。
「おいしいです。ありがとうございます」
「喜んでもらえてよかったわ。緑茶もありがとう。良い香りね」
ジョシュアが持ってきた緑茶は、お花の香りがする。その爽やかで甘い香りが、スコーンによく合っていた。
「カネル、すっかりジョシュ君の膝に落ち着いたわね」
薬草を摘んでくるのも、イリゼの雫も作るのもジョシュアにとってはあっという間だったが、カネルは構ってもらえない間、寂しい思いをしたらしい。お茶にしようと座ったら、ジョシュアの膝に座ったまま動かなくなってしまったのだ。
「可愛いですね。カネルは」
「そうでしょう」
時折頭を撫でて、顎をくすぐると、カネルは気持ちよさそうにする。それも可愛くて、つい構いたくなってしまう。後でねこじゃらしで遊んでみようか。
「楽しそうで何よりよ」
リコリスが緑茶に口をつけて、おいしいと微笑む。その様子に、胸が温かくなった。
テーブルの端に置いてある、イリゼの雫が入れられた小瓶。その表面がきらりと輝いたような気がした。