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はじめてのおつかい
登場人物一覧
「それではポチや行っておいで。上手にできたら今日のご飯はちょっと奮発してあげよう」
ローレットが定期的に行うトレーニングに参加した潮の今日の『トレーニング』はポチのおつかいであった。
ポチとは、彼のギフトで生み出される空中や水中をすいすいと泳ぐ30cm程の鮫だ。躾けられた犬程度の知能を持ったポチは大人しく従順であり、愛らしい存在ともいえるだろう。
メモとお金、そして袋を持たせてポチはすいすいと空中を泳いだ。
お店でジュースを買ってトレーニングに励むローレットへ差し入れするんだよ、と潮に云われたそれをきちんと達成できるか……。潮の『お願い』の達成の為に泳ぐ鮫はすいすいと迷うことなく『いつも行くお店』へと辿り着いた。
「いらっしゃいませ」
店員が見下ろせばポチは背負う袋の中に財布とメモが入っているとアピールするような動きを見せる。すいすいと水中を泳いで『ジュース』と言っていた事を思い出したように棚の前でこつこつと硝子戸を叩くポチに店員は「えらいねえ」と柔らかに声をかけた。
「おつかいに来たんだね。きちんとお買い物ができて。
おばさんがご褒美上げようね。お買い物したのも詰めてあげるからちょっとまってねぇ」
何処か嬉しそうなポチを褒める店員は財布からジュースの代金を抜き、ジュースを袋に詰め込んだ。
ポチが持ちやすいようにときちんと背負わせ、『ご褒美』として差し出した食べ物に嬉しそうに尾鰭を揺らすポチがそれも袋に入れて欲しいとくい、くい、と店員の裾を引っ張った。
「食べないの?」
店員の言葉にポチは『おつかいの途中』だとでも言う様に自慢げに尾鰭を揺らしている。
どうやら、全てが終わった後に食べるつもりなのだろう。しっかりとおつかいを完遂しようとするポチに店員はご褒美を袋に詰め込んで「いってらっしゃい」とポチを送り出した。
すいすいと空中を泳ぎながらローレットへと道を辿る。それはポチにとっては潮とよく行く道だ。
慣れているとはいえ、一人で行動するのは中々慣れない所がある。緊張しながらもしっかりとおつかいを熟すポチはローレットにひょこりと顔を出し――周囲を見回した。
「あれ? どうしたのです?」
周囲を見回す仕草をしたポチに気付いたユリーカは背負っている袋にジュースが詰められていることに気づく。潮のメモで「差し入れ」と「おつかい」と書かれていることに気づきユリーカは「おつかいをしたのですか!」とポチを撫でた。
「とってもえらいのですね。ボクが皆さんにポチさんからの差し入れだって伝えておくのです!」
にんまりとしたユリーカはポチに潮宛のお礼の手紙と、ポチのおつかいの勇姿を記載したのだとポチの背負った袋に入れる。そして、ご褒美だとユリーカがおやつに考えていたドーナツの袋を差し出して「それじゃあ、潮さんによろしくお願いするのですよ」と柔らかに声をかけてくれた。
道をすいすいと行く途中、擦れ違った亮が猫じゃらしで猫と遊んでいるのを見つけポチは不思議そうに尾鰭を揺らす。
「あ、ポチだ。おつかい?」
何気なく問い掛けられたそれにポチは自慢げに頷き、えらいえらいと頭を撫でられる。少しざりざりとしたぽちの頭を確かめる様に撫でられ、そうだ、と小さな麦わら帽子を亮は差し出した。
「貰たんだけど小さくって。ポチならいいかな? って。よければかぶってよ」
お礼するようにくるりと空中を踊りすいすいと進むポチ。帰路の途中くうん、と小さく鳴き声を漏らした犬に気付いてぽちはぴたりと止まった。
どうやら陽射しが強くバテてしまったのだろう。お腹を空かせた小さな犬にポチは近づき亮より貰った麦わら帽子を斜めに置く。ぴく、と尾が揺れ顔を上げた犬はお腹が空いたという様に鼻を鳴らし、ポチはすいすいと尾を揺らした。
自身が背負っていた袋からドーナツやご褒美のおやつを取り出して、犬へと分け与えていく。
「おやまあ、犬にあげるのかい?」
えらいねえ、と近くを通りかかったおばあさんが声をかけ、ポチの頭を撫でた。犬に麦わら帽子をきちんとかけ、水を分けると笑ったおばあさんにポチはお礼するように擦り寄る。
ポチの分けた食料もあってか元気いっぱいになった犬は麦わら帽子をかぶって跳ね上がり嬉しそうにポチに頬ずりをしている。「喜んでるんだねえ」とおばあさんが微笑んだそれに嬉しそうにポチも尾鰭を揺らした。
さて、家までもう少し。
帰ったら潮にめいっぱい褒めて貰おう。ユリーカからの手紙を渡して……あと、そうだ。
おつかいが出来たらご馳走も待っているのだ。
嬉しそうに尾鰭を揺らしてポチは家路を急ぐ。小さな鮫の小さな小さなはじめての冒険は成功に終わったのでした。