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雷槍
登場人物一覧
その日請け負ったのはつまらない――難易度的な意味で――仕事だった。幻想の外れにある、ある街道に出没する盗賊達を捕縛してほしい、というものだ。
難しいことは何もない。特に彼、ランドウェラ=ロード=ロウスにとっては。ランドウェラは幻想にその名轟く
闇夜に金属音と共に火花が飛び散った。月下の街道、倒れた十人ばかりの盗賊達を跳び跨いで、ランドウェラと敵手――盗賊らの首魁が打ち合う。ランドウェラと対するは、恵まれた体躯をした二メートル絡みの大男だ。禿頭、右目に黒眼帯。恐らくは隻眼か。得物は大振りな
ランドウェラは両手持ちの
秋に差し掛かり寂しい風のそよぐ月明かりの下で、槍斧と偃月刀がぶつかり合う火花だけが忙しない。剣戟に咲き誇る閃花のあわいで、ランドウェラはへらへらと笑いながら声を漏らした。
「野盗にしては随分な腕だ」
「ほざけ、優男が!」
怒り冷めやらぬと盗賊の頭領はランドウェラへと襲いかかる。唐竹割りの一撃をランドウェラが流せば、それに合わせて身体を捌いて回し、左手に握った鞘で胴打ちを仕掛けてくる。槍斧を回して受け止めれば即座に、斧槍の防御を縫い貫くように偃月刀での突きを繰り出してくる。刃の湾曲した偃月刀による突きは非常に見切りづらい。軌道が読みづらいのだ。しかし、ランドウェラそれすら見切っていた。突きの初動を見るなり既に飛び退いている。下がった分の距離、届かず空を射貫いた突きの一撃。伸びきった腕を掬い上げるように、ランドウェラは槍斧の石突を跳ね上げた。
骨を砕く重い音がする。
「ぐ、っああ!?」
ランドウェラの一撃が頭領の右肘を砕いたのだ。シャムシールを取り落として数歩退く頭領に、今度は槍頭を指し向けて一歩、ランドウェラが詰め寄る。
「大人しくしろ、勝負ありだ。僕の仕事はお前を捕縛するまで。あまり面倒をかけるな」
「チッ! ここまでか……なんて、大人しく捕まってやると思うかよ?!」
痛みに脂汗を浮かべながらも、顔を引き攣った笑みに歪め、頭領は左手に差し挟んだ球体を地面に叩きつけた。ボッ、と音がして噴煙が上がり、視界を遮る。――逃走する気か!
「……だろうね。――ああ、馬鹿だなぁ」
肩を竦め、ランドウェラは痛み走る右腕を前に突き出した。傷で痛むのではない――元より痛み続ける、呪印を纏う黒い右腕だ。衣服で覆われているためではなく、元来がその色なのだ。右腕に刻まれし呪印は、まるで精巧な電子回路めいている。
ランドウェラが使いこなすは、槍斧だけではない。
その黒腕を走る雷の槍もまた、彼の武器の一つである。
近距離戦だけで十人あまりを制圧した故、見せる機会がなかっただけだ。
呪印に沿って魔光が疾る。描かれるエネルギーラインが腕の根元から指先へと走り、最終的に人差し指に収束した。距離測定。ジグザグに走って逃げているようだが、風で薄れる煙幕の向こうに微かに背が見える。射程距離内。
腕と地面を平行にし、人差し指で雷円を描いた。その円の内側に遠ざかる敵手の背を捉え、円に手を翳す。それは
「――僕から逃げるのなら、遠雷が聞こえないところまで、すぐに逃げるべきだったのさ」
っきゅ、がァアんッ!!
円形となった雷が収束し、一条の雷槍となって空気をジグザグに裂きながら、敵の背を目掛けて飛んだ。焼かれた空気が温度差で爆ぜ、雷鳴と共に残った煙を散らす。その音が頭領の耳に届く前に、雷槍はその背中を射貫いていた。
雷が一瞬で男の意識を刈り取り、奪い去る。本気で撃てば殺すことなど訳はないが、頼まれたのは捕縛。殲滅ではない。
「馬鹿だけど、運は悪くなかったな。死なずに済んだんだから。――仕事終了、お疲れ様、っと」
へらへらとした軽薄な笑みを崩さぬまま、ランドウェラは死屍累々と倒れている盗賊達を拘束し始めた。
月夜の大捕物すら、彼にとっては他愛ない数多ある依頼に過ぎない。付近の盗賊達を縛り終え、ランドウェラは足取り軽く、倒れた頭領を回収しに行くのであった。