PandoraPartyProject

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この世界で、たった一つの

登場人物一覧

フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊

 最近、少しずつではあるが涼しくなってきた。夏なんかと比べると、外を歩くのに躊躇は要らない。だけど、街を歩いて「良さそうな場所」を探そうと思うようになったのは、季節のせいだけではない。

 ぷぅ。どこかからそんな音が聞こえた。フーガがそちらを見ると、何人かの子どもたちがおもちゃの楽器を手に歩き回っている。可愛らしい太鼓を鳴らし、笛を吹き鳴らしているその様は、まるで小さな音楽隊のようだった。

 音楽隊の一番前にいるのは、おもちゃのトランペットを持った少年。彼は転ばないように慎重に歩きながらも、一生懸命に楽器を吹き鳴らしている。
 おもちゃの音は軽い。フーガの耳によく残るものとは、違う。だけど彼がそのトランペットを大切にしていて、より綺麗な音を出そうとしているのが分かるから、懐かしいような、寂しい様な気持ちになった。

 子どもがこちらの様子に気が付いて演奏をやめてしまう前に、その場を離れる。トランペットの音が聞こえなくなるまで、フーガはその音色に耳を澄ませていた。


 この世界は、夢のようだと思う。元々いた世界とは全然違う場所。大切に大切にしてきた弟だって、向こうに置いてきてしまったのだ。手元にあるのは、同じようで違うもの。これが夢でないのなら、一体何と言うのだろう。

 人気のない場所を見つけて、フーガはゆっくりと腰を下ろす。
 置いてきたはずの「弟」の名を呼ぶと、手のひらにヒタリと冷たいものが触れた。『黄金の百合ドラド・リリオ』だ。

 ドラドは、元の世界で師匠に譲り受けたトランペットだ。名前をつけて弟みたいに大切にしてきた、黄金に煌めく宝物。

 手のひらの黄金を持ち直す前に、ゆっくりと息を吸う。そうしないと、気持ちが揺れてしまう。だってこれは、本物のドラドではないのだから。

 本物は、元の世界で修理屋に出したままだ。だからこの世界に召喚されたときには持ち合わせていなくて、まるでそれを埋め合わせるかのようにギフトが与えられた。
 ギフトで現れるトランペットは、軽い。確かに触れられるのに、風を掴んだような心地になる。それに、呼ぶたびに真新しい状態で現れるのだ。手に馴染んでいたはずの重さや、苔ついたり錆ついたりしていた見た目を思い出すと、やはり違和感を覚えてしまう。

 そっと深呼吸して、マウスピースに唇を当てる。そうして、ゆっくりと息を吐いた。膨らませた肺から、トランペットに空気が送り込まれていく。

 力強く奏でられる音色。これも、よく知る音とは違う。本物の弟の音色には、もっと、深い重みがあった。

 そう、違うのだ。似ているはずなのに、違う。だから今までギフトのトランペットに馴染めなくて、武器のトランペットを吹くことこそあれど、ギフトを使って演奏しようとはあまり思えなかったのだ。
 だけど、今までの出来事を通して何度も吹いているうちに、このドラドにも愛着が湧いていることに気が付いたのだ。

 若々しく清らかな音が、風に乗せられていく。秋の始まりに相応しい、この先を告げるような、希望のあるそれが街に広がっていく。

 確かにこのドラドは、風のように吹き抜けて、死体を思わすほど冷たい。だけど音色は、本当に美しいのだ。吹く度に心が穏やかになって、元気も湧いてくる。目を閉じて、その音色にじっと耳を澄ませたくなる。だからこうして、人気のない場所を探しては、演奏の練習をしているのだ。

 おいら、本当はアンタの音色も好きなんだ。

 気持ちが伝わったかのように、音色が柔らかくなる。その音も綺麗で、フーガは再び息を吹き込む。そうしていると自分も音の中に溶けていくようで、ドラドと一つになったような気がした。

 曲が終わり、静かにマウスピースから唇を離す。そうして黄金に輝くトランペットを優しく撫でて、そっと微笑む。

「アンタは、この世界でたった一つの愛おしいトランペット。『黄金の百合』なんだよ」

 でも自分には、元居た世界での「黄金の百合」がいる。それに、いつか今手の中にある『黄金の百合』にも別れが来るのだ。あまり愛着が湧いてしまっては、その時が寂しくなってしまう。違う音色や重さに、再び心を揺さぶれることになってしまう。だから、慣れたくなかった。

 でも、この音色を聞いているうちに、考えが変わったのだ。

「いつか別れるまで、アンタとの時間も大切にしたい」

 黄金が、陽光を受けて煌めく。それが返事のように思えて、思わず口元が緩む。

「これからも、その若く、透き通った美しい音、聴かせておくれ」

  • この世界で、たった一つの完了
  • NM名椿叶
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月14日
  • ・フーガ・リリオ(p3p010595
    ※ おまけSS『音色』付き

おまけSS『音色』

「あ、トランペット吹いていたの、にーちゃんだったんだ」

 一曲吹き終えたときに声をかけてきたのは、おもちゃのトランペットを吹いていた少年だった。彼はぱたぱたとこちらに駆け寄ると、すとんと近くに腰を下ろした。

「にーちゃん、演奏上手なんだね。僕、もっと聴きたい」

 随分人懐っこい子どもだ。きらきらと瞳を輝かせて、フーガとドラドを見つめている。

「もちろん。どんな曲にしようか」

 明るい曲がいい。そう少年が笑みを見せる。
 それならと吹き始めた曲は、太陽を思わせるような陽気な曲。

 ドラドの音がよく似合うと思った。

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