SS詳細
黒々逢歌。或いは、罪人集落での邂逅…。
登場人物一覧
●罪人集落
山の上にある小さな集落。
魔物の襲撃に備えてか、集落の周囲は水路と柵で囲まれていた。
一見すれば、貧しいながらも楽しい日々を送る小さな村である。
「……人口は30人から40人ってところかな? ここにいる全員が悪人だって言うんだから、本当にこの世界の治安はすこぶる悪いな」
木陰に体を隠した男が、村を眺めてそう呟いた。
風に乗って、村からは笑い声が聞こえる。
悪党ならば悪党らしくしていればいいものを……『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)は、溜め息を零して懐から1枚の用紙を取り出す。
今回の依頼……悪党ばかりの集落を壊滅させろ、という内容が記された依頼書だ。
村の場所も、規模も、目の前にある村と、依頼書に記載された記述は一致している。
「後は依頼人の勘違いって線もあるけど……」
罪のない村人たちを殺めたとあっては、果たしてどっちが罪人なのか、という話である。
もう少し、村の様子を観察するか……。
そう考えた、直後のことだ。ランドウェラは鼻腔を擽る濃い血と臓物の匂いに気付いた。
「向こうか?」
視線を森の奥へと向ける。
足音と気配を殺すようにしながら、ランドウェラは匂いの元へと歩先を向けた。
1つ、2つ、3つ……。
足元に転がる男の頭の数である。
地面に広がる真っ赤な血と、飛び散った臓物。それから幾つかの部品に解体された“人だったもの”の馴れの果て。
頬に付着した血を拭い、鏡 (p3p008705)は指先を濡らす“赤”を舌で舐めとった。
「……うん?」
ふと、何かの気配を感じる。
こてん、と首を傾けて鏡は背後へ視線を向ける。
「おやぁ? どちら様ですかぁ?」
そこにいたのは、整った顔立ちの青年だった。右目は白く、左目は紅い。背中まで伸びた黒髪が、血臭混じりの風にゆらゆら靡いている。
「惨い真似をする……村の者、か? いや、どこかで見た覚えも……」
右腕を掲げて男……ランドウェラはそう呟いた。腰に差した刀を抜く気は無いようだ。
黒い腕に魔力が灯る。
魔術師か何かだろうか。
だとしても、この距離なら鏡の居合の方が速い。
腰の刀へ手を伸ばし、鏡は僅かに腰を沈める。
「えぇ、村の者ですねぇ。いきなり有り金全部寄越せというので、抵抗したら襲い掛かって来たんですよぉ……私、びっくりしちゃって、ついやり過ぎてしまったんですよねぇ」
「え……あぁ、そこの遺体が村の者なのか。君の方じゃなくって……」
「はぁ?」
今一つ話が噛み合わない。
互いに警戒を解かぬまま、2人はしばし睨み合う。
●奇襲作戦
男が3人纏まって、女性1人に襲い掛かった。
その結果として、3つの命が失われた。
自業自得と言えばそれまで。遺体を検めれば、旅をするには装備が薄い。近くに拠点を持つ者……つまり、罪人たちの住む村の住人だろう。
男たちの得物には、血脂がこびりついていた。
獣を斬るのに向いた武器でも無いし、獣を狩るための装備にも見えない。きっと、何人もの人をこの剣で斬ったのだろう。
「つまり勘違いでも無さそうだ。あぁ、それなら遠慮なく依頼を遂行できるだろう」
手についた血を拭い、ランドウェラはそう言った。
遺体を埋める彼の作業を手伝いながら、鏡はにぃと口角をあげる。
「依頼とはぁ?」
「……村を1つ、潰すんだ。鏡と言ったか。巻き込まれないうちに、どこか遠くへ逃げるといい」
もう暫くして夜になったら、ランドウェラは村へ襲撃をかけるつもりだ。
鏡が戦闘に巻き込まれたり、危険な目に合ったりしないように、今のうちに遠くへ逃げろと言っているのだ。
「あぁ~、村、村ですねぇ。えぇ、はいはい。知ってますよぉ、うん……村に襲撃をしかけるってことはぁ、その刀で斬るということですよねぇ?」
「刀は使わないが……何を言っている?」
「いえねぇ、実は私も別口で同じ依頼を請けてまして。何かの縁です、一緒に遂行してしまいましょう、ね?」
鏡の言動には多少の不自然さを感じる。
しかし、助力を断る理由も無い。
しゃらん。
涼やかな音が鳴り響く度、誰かの首が斬られて落ちる。
「へぇ、随分と腕が立つんだな」
悠々とした足取りで、村の真ん中を進む鏡を遠目に見ながら、ランドウェラは感嘆の声を零す。
見張りを含め、あっという間に10人を斬った。荒事に慣れた罪人ばかりとは言えど、夜分遅くの奇襲を受けたとなれば対応も鈍るのだろう。
「っと……ぼんやりと眺めているだけじゃ駄目だよね」
伸ばした右の腕に紫電が迸る。
黒い肌に、刻印が浮いた。
狙いを定めて、頭の中で引き金を引く。
バチ、と空気が爆ぜる音。
夜闇を一条、紫電が裂いた。
「ぎ……ぁ!?」
短い悲鳴をあげた男が地面に倒れた。
胸を雷に射貫かれて、腹から背中にかけてがすっかり炭化している。口や目から黒煙を吐いて、男は命を失った。
村が燃える。
ランドウェラの雷撃は、まさしく落雷の威力を誇った。
燃える家から、悲鳴をあげて女と子供が駆け出してくる。きっと親子だ。脇目も振らず、2人は村の外へと駆ける。
その横を鏡が通り抜け……。
数瞬の後、親子の首が地面に落ちた。
首が落ちてから数歩、親子の体は走り続けた。
どちゃり、と。
自分の首から零れた血溜まりの中に、重なるように親子は倒れた。
「ふふぅん♪」
ここまで何人斬っただろうか。
数えていないし、数える気も無い。
ただ、1つだけ真実があるとするのなら。
今日は何て良い夜だろう。
煌々と空が燃えている。
炎に包まれた村を、2つ並んだ影が見ていた。
遺体は村ごと焼いてしまえばいいだろう。
終わってみれば、存外にあっけないものだ。悪党たちの命が燃えて、空の高くへ上っていく。
「報酬、どうしようか? 依頼人が別なんだったよね?」
「依頼? ……あぁ、依頼! そうでしたねぇ。えぇっと……あぁ、今回の報酬はアナタが総取りでいいですよぉ」
返り血で顔を赤く濡らした鏡が、どうでもいい、と手を振った。
「もっといいもの、見つけたんで」
チャリ、と鍔の鳴る音がした。
「お、報酬全部もらっていいんだ。こんぺいとういっぱい買……なぁ鏡。必要なものはあるか?」
視線をふと横へ向け。
ランドウェラは、夜闇に閃く銀光を見た。
●今日はいい夜
一閃。
引き抜いた刀に衝撃が走る。
「はぁ?!」
刀身は目に見えなかったが、太刀筋だけは直観で追えた。
鏡の斬撃を刀で受け止め、ランドウェラは目を丸くする。
「あは、この程度の速さは対応できますか」
「っ……何考えてるんだ!?」
不意打ち気味の一撃を防いで、ランドウェラは後方へ跳ぶ。
鏡は腰の刀へと手をかけたまま、にやけた笑みを深くする。
「さっき守ってくれたでしょ? ちょっとときめいちゃって……ですから、ね? 斬っちゃいたいなって」
「……僕にも分かる世界の話をしてくれよ」
何かしらの魔術の影響か。
目を凝らして、ランドウェラは鏡の様子を観察する。しかし、それらしい痕跡は何処にもない。精神操作系の魔術を受けたのなら、魔力の残滓が見て取れるはずだが、それが見当たらないということは、つまり鏡は“正常”だ。
「正常でこれか」
姿勢を低くし、鏡が駆けた。
稲妻のように、右へ左へ身体を大きく揺らしながらランドウェラへと駆け寄って来る。先ほど、村を襲撃する際にランドウェラの戦い方を見ているのだから、当然の対策とも言える。
狙いを定められないのなら、紫電を撃っても回避されて終わりだろう。
「ぬぅ……」
伸ばした右腕に痛みが走る。
浮かび上がった刻印が、脈拍に合わせて点滅している。
じろり、と鏡の瞳がランドウェラの右腕を見た。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
反射的に雷撃を放った。狙いは荒いが、牽制程度にはなるだろう。
そう思っての一撃だが……鏡はベタリと地面に伏せて、ランドウェラの雷撃を避けた。
地面を蹴って、急加速。
2人の距離が、一瞬で縮まる。
「あはっ♪」
「そう来ると思った!」
一閃。
鏡の斬撃は、ランドウェラの右腕を狙って放たれた。
逆手に構えた刀で斬撃を防ぎ、ランドウェラは右腕を背後へと引く。
先の戦闘を見ていたのは、鏡だけでは無い。
居合の精度と、速度はかなりのものではあるが……居合という性質上、必ず一撃ごとに納刀という動作が生じる。
一撃で命を狩り取れるのなら、その程度の隙はあって無いようなものだ。
けれど、初撃を防ぎきれるのなら話は別だ。
「おやぁ?」
「よく分からないけど、一方的に斬り殺されるのは御免だよ」
滑るようにして、ランドウェラは体を前へ。
1度は引いた右腕で、鏡の手を抑え込む。
抜刀を阻まれ、鏡が一瞬、動きを止めた。
バチ、と空気の爆ぜる音。
「あ、やばぁ」
ランドウェラの右腕が光る。
渦を巻く魔力を視界に捉え、鏡は後退を試みた。
けれど、間に合わない。
いかに鏡が速かろうと、雷撃の速度には勝てない。
奔る紫電が、鏡の腕から腹にかけてを撃ち抜いた。
内臓を焼き貫かれる激痛に、鏡は血を吐き地面を転がる。
「あいたた……流石、強い」
腹を押さえて鏡が呻く。
もう少し射線がズレていれば、胸部を射貫かれていただろう。
「行きずりの縁で済ますにはムードがお気に召さなかったですかね。次はもっと上手に口説けるよう頑張ってみますね」
殺す気でかかる鏡に対して、ランドウェラの方には今一、殺意が足りない。
鏡の思惑を測りかねて、牽制や迎撃に努めている風だ。
鏡が態勢を立て直すのを、無言のまま眺めている。
「はぁ……時と場所を改めましょう。じゃあね”ランドウェラくん”。くふふ、これから仲良くしましょうねぇ?」
そう言い残して、鏡は背を向け去っていく。
その背中を見送って、ランドウェラはため息を零した。
「うーん、口説かれてたのか僕」
分かるもんか、という悪態は誰の耳にも届かない。