SS詳細
見守りスケルトンと、眠る人狼
登場人物一覧
知り合いが大怪我を負ったら、どんな顔をすればよいのだろう。
無事でよかった。ハラハラした。いなくならなくてよかった。
様々な思いが交差して、言葉にならなくなることだってある。
素直になれない相手でも、それは同じ。
どんなに相手のことを気にかけてないと言ったって、倒れてしまえば誰だって焦るものだ。
これはある日のお見舞いのお話。
もう一度無茶をしてしまった人狼と、
見守り続けたスケルトンだけの、小さなお話。
●
発端は、ある日の依頼。
ミザリィが受けたある場所で起きた大事件を解決するために、彼女は他の仲間とともに依頼現場へと向かって解決してきた。
そこまでは、これまでの依頼と何ら変わりはないだろう。――彼女が重傷を負って、PPPが発動してしまったことを除けば。
部屋に運び込まれたミザリィに巻かれた包帯の数は1つ2つではない。
むしろそれだけで済んでほしかったと考えてしまうほど、彼女の身体は包帯だらけになっている。
それでも生き残ることが出来たのはある種の奇跡とも言えるだろう。ファニーは生きた心地がしないという視線を向けたまま、小さく呟く。
「……馬鹿なやつだよ、まったく……」
「自分のためでもなく、敵を倒すためでもない。味方の犠牲を出さないためにパンドラを使うなんてな……」
誰かを守るため、味方に誰一人犠牲を出さないため。
それがミザリィの優しさなのだと考えれば、今回のPPP発動も頷ける話。
ただ、ファニーは元の世界でのミザリィの過去を知っているため、あまり無茶はしないほうがいいのにとは思う。
「……犠牲を出さないため、か……」
ふと思い返すのは、ミザリィの過去。
彼女には強大な力が備わっており、その力を制御できずに大切なひとを傷つけてしまった過去がある。
本当はその力を使って守るべきだった、大切なひと。力に支配されてしまったミザリィを思って手を伸ばしたのに、その手さえも傷つけてしまった。
そんな過去を持つ彼女だからこそ、『大切なひとを守りたい』という願いを込めてPPPを発動させたのだろうとファニーは予測を付ける。
そこはファニーが無茶をするなと伝えることができれば良いのだが、何分ミザリィに嫌われている――とファニーは思っている――ため伝えるのも気がひけるようで。
「……まあ、らしいっちゃらしいんだけどな」
ため息の仕草をして、ファニーは用意してきた花――紫色のアネモネの花をいくつか花瓶に生ける。
花言葉を知ってか知らずか、それとも花屋の店主がファニーの言葉を頼りに選んでくれたのか。
ともあれ紫色のアネモネの花束は眠っているミザリィの側に添えられ、静かに彼女を見守り続けた。
●
それから、どのぐらいの時間が経っただろうか。
かち、こち、と壁掛け時計の音だけが鳴り響く。
床やベッドに散らばった数々の絵本が、ミザリィに読まれるのを待つように佇む。
彼女はいつ目覚めるのか、どのぐらい待てば回復するのか。
そんなことを頭に巡らせながらもファニーは椅子に座ってミザリィが目覚めるまで待ち続けた。
「……かあ、さま……」
母親と共にいる夢を見ているのか、無表情のままに小さく呟くミザリィ。
ただ小さく呟いただけの彼女に、ファニーはそっと手をミザリィの頭に乗せて、優しく撫でる。
本来撫でられれば何かしらの反応が出るものだが、ミザリィの反応はない。
「…………」
ファニーもミザリィも無言のまま、壁掛け時計の音が何度も耳に届けられて……それから、数十分後。
ミザリィが目をゆっくりと開くと、ぼんやりとした様子で室内をゆっくりと見渡す。
頭の中の整理がつかないのか、それともまだ夢心地なのか。ファニーがミザリィを覗き込んでも、特に反応を示すことはない。
「大丈夫か?」
「……まだ、眠いです……」
「そうか。なら、もう少し眠っておけ。しばらくは休みをもらえてるんだ、体調は万全にしておかないとな」
「…………」
その言葉を聞いた彼女は大きく息を吸って、吐いて、再び目を閉じる。
甘えでもなんでも無い、眠っていい、休んでいいと言われたから眠るだけ。そういった空気がミザリィからひしひしと伝わってくる。
――素直に甘えられないのが、ミザリィ・メルヒェンという人物なもので。
眠る間も身じろぎ一つせず、小さな寝息を立てて眠るミザリィ。
痛みも、苦しみも、全て任務を終わらせた時に置いてきた。そう言いたげに。
「……あんま、無茶すんなよ」
もう一度、今度は親が子を撫でるように、ミザリィの額に手を滑らせるファニー。
同郷の知り合いが痛い目に遭うのは、これで終わりにしてほしい。そんな願いを込めて。
●
それからしばらくして、ミザリィは目を覚ます。
花瓶に生けられた紫のアネモネの花に首を傾げながら、誰かがここに来ていた、ということだけは理解して。
自分が包帯でグルグル巻きになっていると気づいたのは、それから数秒後の話。
「……っ……」
まだ、痛い。
生きているのが不思議なくらい、痛い。
あれだけ大きな無茶をした代償の痛みは、次に無茶をすれば死ぬぞと告げるように身体に悲鳴を挙げさせている。
それでも、ミザリィは起き上がって辺りを見回す。
花が生けられているということは、誰かがいるという証拠に他ならないからと。
そんな時にファニーがタイミング良く戻ってきた。
その手にはいつでも包帯を替えられるようにと買ってきた包帯の数々が。
「おっと、起きたのか」
「……!」
ファニーが来ていたという事実を知ったミザリィは、痛む身体を再びベッドに預けて眠るふりをする。
まさか彼が来ているなんて予想が出来ていなかった故に、複雑な気持ちを抱えた心が勝手に身体を動かした。
またファニーも、そんな彼女にどう声をかけたものかと悩む。
目が覚めたことは喜ばしいことだが、ミザリィの今の様子では声をかけるのはむしろ逆効果になるのではないか? とさえ考えるほどで。
「…………」
「…………」
お互いの無言が続きながらも、時間は過ぎてゆく。
なにか話せば良いだけなのに……その言葉が思い浮かばなくて、数十分。
素直になれない人狼とスケルトンの、長いようで短い時間。
おまけSS『その花の意味』
目が覚めてから数日後のミザリィは、花言葉を調べていた。
図鑑を読みたいからという理由をつけて、ファニーに持ってきてもらった花図鑑をパラパラとめくる。
「……えぇと……紫の、アネモネ……あった」
あの日、花瓶に生けられていた花。
紫色のアネモネのページを見つけたミザリィは、花言葉に視線を移す。
――あなたを信じて待つ。
「……えっ」
花言葉を知って驚く様子のミザリィ。
そんな花言葉を知っていたのか、とさえも驚いていた。
……もちろんファニーが知っているかどうかは、わからないが。
対面で言えない言葉を花に込めて伝える。
それもまた、素直になれないからこその表現なのだろう。