PandoraPartyProject

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兎の仕事ぶり。或いはその前の楽しい時間

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
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鹿王院 ミコトの関係者
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 きいこぎ、きいこぎと。
 古臭いブランコが揺れる音がする。
 最近はなんというか、境目のような季節で、朝には涼しさを感じていたというのに、昼には外出しているだけで汗をかく。しかしこのように、夕暮れ時ともなってくれば、また涼しさが顔を出してくれる。
 平日の公園。日暮れ前に子供の姿がひとつも見えないというのはなんだか寂しいものだが、古く小さい公園というのはそんなものなのかもしれない。
 きいこぎ。
 またひとつ、ブランコを揺らす。不協和音的な、ともすれば不快感を持つこともあるような、錆びた金属が擦れる音。ただ、厄うさぎ☆には、その音がなんだか、この物寂しい夕方の公園には似合っているような気がして、心地よかった。
 きいこぎ。
 またひとつ、ブランコを揺らす。なんだか思い立って、ブランコに立ってみることにした。いわゆる、立ち漕ぎだ。そんなの、大人になってからはしたことがないものだから、うまくできるか少しだけ不安だったが、身体は覚えているものだ。ブランコが、かつてそうされてきたように、激しく揺れる。
 風を切って、前後に。それがなんだか気分がよくて、しばらくはそうしていた。といっても、ものの数分程度だろうが。
 夕日のというのは気の短いもので、ぼうっとしていたら、すぐに顔を隠してしまう。今日この日も例外ではなく、陽のある方とは反対側のそれからくる紫と黒の侵食は、もはや空一面を覆い隠そうとしていた。
 鼻をひくつかせれば、カレーの匂いがする。どこかの家で、誰かの母親が作っているに違いない。味のほどは分からないが、そそられる匂いだ。お店では味わえない、過程ならではのカレーライス。自分でつくろうとしても、なかなかうまくいかない母親のカレーライス。
 食べてみたいものだが、知らない家に邪魔ができるはずもない。このまま匂いを嗅ぎ続けていたら、空腹でおかしくなりそうだったから、大人しくなったブランコから降りて、そこで思い至って、通信用の術式を発動させた。
「もしもしイチカ君? スティレオット組のボスだけど、今日はダーシエネホテルでツヅメイエ導師の誕生日パーティに出席するみたいです。スケジュールもたったいま抑えましたよ」
「毎度だけど、お前どうやって仕事してんの?????」


 ダーシエネホテル、野外レストラン。まだ某議員の誕生日パーティというのは始まっていないようだが、既に会場にはそこそこの人数が到着しており、各々の輪を作っては談笑をしている様子が見て取れた。
 見て取れた、というのは、離れた場所から双眼鏡を使って野外レストランの様子を探っているからだ。厄うさぎ☆の傍にはいないが、他にふたりの仲間がそれぞれの位置に潜伏し、自分と同じように視線を向けているはずだった。
 今回のターゲット、スティレオット組のボス、オルジエ・スティレオットはまだ会場に姿を表していない。顔を見せ次第、作戦を開始する手筈となっていた。
「警備が多いよなあ。そのなんとか導師ってのは、それほど大物なのか?」
 通信術式の向こうで、イチカがぼやいている。確かに警備の厳重さは度を越しているようにも見えるが、集まっている面々を考えれば仕方がないとも言えた。
 イチカは知らないようだが。厄うさぎ☆からすれば、どいつもこいつも重役ばかりである。しかし、健全な噂を聞くものはひとりもいない。いわゆる、裏の世界に通じているような連中であった。
 いっそこの場で一人残らず『掃除』をしたほうが健全ではなかろうか。そんな考えが脳を過るも、彼らは今回のターゲットではない。それに、正義の味方のつもりはないのだ。無闇矢鱈と義憤に駆られた鉄槌を振り下ろすつもりにはなれなかった。
 目下の問題は、別のところにある。
「その、えーと……あー、なにか確認することあったっけ?」
 暇なのである。
 綿密に計画を立て、いざ実行日となったはいいが、オルジエが出てこないことには何も始まらない。それまでは現場を注視しつつ待機である。暇なこと、この上なかった。
 なにか時間をつぶせるものはないものか。そんなことに気を取られていると、厄うさぎ☆の頭にひとつ名案が思い浮かんだ。よくよく考えなくともそれは迷言の類でしかなかったが、厄うさぎ☆は迷わず実行する。
「イチカ君……」
「お、なんだ?」
 真剣な声色を出せば、向こうでも只事ではないと感じ取ったのか、緊張したイチカの声が帰ってくる。ともすれば、生唾を飲み込む音まで聞こえてきそうなほどの緊張感の中。数瞬躊躇いのあとで、続きを口にする。
「好きな人いるぴょん?」
「修学旅行じゃねえんだぞ!」
 イチカの反応は早い。その洗練されたレスポンスには、厄うさぎ☆も満足げな笑みを浮かべるしかなかった。
「厄うさぎ☆」
 通信術式に別の声。彼女の名前を正確に発音できる人物は、この場でもうひとりの仲間たるプロレタリアしかいない。
「プー君、どうしたんですか?」
「私は今、フリーだぞ」
 術式の向こうで誰かがずっこけたような気がした。
「乗るなよプロレタリア!」
「ごめんなさい、プー君。あたし、プー君のことをそういう目では見られません」
「続けんなよ!」
「そんな、告白もしていないのにフラれただと……!?」
「乗るな乗るな乗るな! いや、ちょっと待って。プロレタリアのこと、プー君つってんの?」
「はい、プロレタリアだからプー君ですぴょん」
「ああ、プロレタリアだからプー君だ」
「ぉ、おう……真面目な声で言われると混乱すんなそれ。あれ、そんなに仲良かったっけ?」
「プー君はあたしの名前をちゃんと呼べるから、友達フェーズ2に移行したんですぴょん」
「友達にフェーズとかあんのお前?」
「フェーズ1で知り合い、フェーズ2で友人、フェーズ3で親友、フェーズ4でマブダチだそうだ」
 プロレタリアが大真面目な声で補足してくれる。どうにも頓珍漢なことを口にしているはずだが、この男はいつだって真面目である。付き合いは長いが、冗談を言っているところを見たことがないので、厄うさぎ☆の友達フェーズについても、真剣に覚えていたのだろう。
「フェーズ3まで行くと、なんと、あたしと日曜日にショッピングに行く権利をプレゼントですぴょん」
「鋭意努力しているのだが、これがなかなか難しい。友達ポイントが増減する法則がまだ不明瞭でな」
「いや、テキトーだろ絶対。あれ、じゃあ俺ってまだ知り合い扱いなの?」
「名前を読んでくれないひとは友達じゃないです」
「いや、呼んでんだろ。厄うさぎ」
「ちーがーいーまーすーぅ。厄うさぎ☆ですーぅ」
「だからそれ、どうやって発音してんだよ!?」
「プー君は呼べましたもーん。ねー?」
「ねー」
 超低音の『ねー』。たぶん頑張ってノリを合わせてくれている。プロレタリアは本当に、生真面目だ。
「プー君。ぷりーず、あふたー、みーですぴょん。厄うさぎ☆」
「厄うさぎ☆」
「もいっちょ、厄うさぎ☆!」
「厄うさぎ☆」
「もひとつおまけに、厄うさぎ☆!」
「厄うさぎ☆」
「えーくせれーんつ!」
「五月蝿えよ!!」
「もう、イチカ君たら、友達同士の会話に無粋ですよ?」
「この術式張ってんの俺だろうが! なんで俺がハブられんだよ!?」
 怒鳴ってはいるが、五月蝿くはない。当然だ。ぎゃーぎゃーと声を荒らげて捕まってしまっては元も子もない。お互いに、そのあたりはプロである。
「じゃあイチカ君もはやくあたしの名前を読んで下さいぴょん」
「くっ、ぐっ、や、厄うさぎ」
「はーい、言えてませーん。もう、もっとちゃんと練習してください」
「そうだぞイチカ。私もこの『☆』を発音できるまでに二度、血を吐いた」
「喉に負担かかってんじゃねえか!」
「二度の吐血。三度の挫折を味わいつつも、ようやくコツを掴んだのだ。いや、済まない。努力自慢をするなど、私もまだまだ未熟なようだ」
「いや、その、努力の凄さがわかんねえんだけど……」
「しかし私は信じているぞ。イチカならきっと、厄うさぎ☆の名前を呼べる日が来ると。きっとその努力が報われる日が来るんだ」
「待て待て待て、してない。俺、努力してない」
「分かっている。お前は自分の苦労を人に見せない男だものな」
「いや待って、違う。いい方向に解釈するのをやめろ」
「そんな、イチカ君が裏ではそんなに頑張っていたなんて! そんなにも、あたしのことを……!」
「違う違う違う違う。ここぞとばかりに乗るな! ややこしいから!」
「大丈夫だイチカ。私はいつまでもお前のことを待っている。共に高みへと行こう」
「友達フェーズを高みって呼んでんじゃねえよ! いや、違う! 友達フェーズを上げたいわけでもねえ!」
「そうだ、この時間も練習に当てよう。どの道、オルジエが現れるまでは暇だしな」
「え?」
「それはいいですね! あたしも、早くイチカ君に名前を呼んでほしいです!」
「いやいやいや。いい、いいって」
「良いのですね。では今すぐにぴょん!」
「違う、そうじゃないそうじゃない。ノー、ノーの方だから!」
 荒い呼吸が聞こえてくる。声量を抑えているはずなのに、なんとも器用なものだ。
 そういえば、と、話題を少し変えてみる。
「こないだ、御隠居様に名前呼んでって言ったら張っ倒されたですぴょん」
「あー、ばーちゃんはそういうの苦手そうだもんな」
「御隠居って呼んだことでもう一度張っ倒されたですぴょん」
「よく生きてたな……」
「でも、孫が呼んでたら御隠居様もきっと呼びたくなるですぴょん!」
「あれ? 話題変わってなくね???」
「ほらほら、厄うさぎ☆」
「大丈夫、私も一緒だ。厄うさぎ☆」
「ぐっ……や、厄うさぎ」
「まだ言えてません。厄うさぎ☆!」
「厄うさぎ」
「惜しい!」
「惜しいとかあんの!? どう違うんだよ!!?」
「そうだな、たしかに今のは少し惜しかった、気がする」
「プロレタリアもわかってねえじゃねえか!」
「大丈夫だ、向上している筈だぞイチカ。今の感覚を忘れないようにするんだ」
「感覚の違いもわかんねえんだよ!」
「コツさえ掴めばすぐに習得できるんだ。ほら、厄うさぎ☆」
「くそっ、なんでだ、別にできるようになりたいわけじゃねえのに、妙に悔しい!」
「その悔しさをバネにするぴょん」
「うっせえ!」
「厄うさぎ☆」
「厄うさぎ☆」
「厄うさぎ!」
「厄うさぎ☆」
「厄うさぎ☆」
「厄うさぎ! ぐおおお、言えねえ!」
「イチカ君」
「何だよ!?」
「あれがオルジエですぴょん」
「っと、来たか!」
 通信術式の空気が一気に変わる。プロを長く続けるコツは、意識のシフトチェンジを上手く行えるようになることだ。延々と緊張していてはどこかで精神が壊れるし、ずっと弛緩していっては肝心なところでミスを犯す。
 このあたりのスキルは当然として、三人が三人とも習得できていた。
「専属護衛の数は想定通りです。作戦に支障はありません」
「プロレタリア、確認した。いつでも実行できる。どうぞ」
「手筈通りに。作戦開始合図から300秒で終わらせる。傍受術式を警戒して、開始と同時に通信は切断するぞ」
「ぴょん」
「承諾した」
 少しだけ、深呼吸。夜の空気が、肺を満たしていく気がする。
「秒読みに入る。各自、時間の感覚意識を合わせろ」
 思考とは別のところで、時間を計測する。一度作戦が始まったら、逐次スケジュールを確認している余裕はない。今この場でお互いに、時間のカウントを合わせるのだ。
「5、4、3……始めよう」
 通信が切れる。
 同時に、厄うさぎ☆の姿は闇夜へと溶け込んだ。


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