PandoraPartyProject

SS詳細

葬送者の鐘

登場人物一覧

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

 ゴォン、ゴォン――
 重く鳴り響いたその音色は頭から離れることはない。

 何時だってその場所で待っていれば彼女は帰ってきてくれた。長く留守にしてしまった時には困ったように笑って「寂しかった?」と目を合わせて頭を撫でてくれるのだ。
 優しく撫でてくれる指先に、困り眉になったその人の笑顔が大好きで「寂しかったです」と抱き着けば優しく背中を叩いてくれる。
 最初に彼女が帰ってこない事を教えてくれたのはローレットの遣いだった。クラリーチェの死後、教会周辺の領地を管理する者に関しての書類を手にしていたその人は酷く悲しげな顔をしていたとメイは認識している。
 灰燼に化した道の向こう、青々と茂る大樹ファルカウの再生へと至るまでの長い期間。そんな途方もない時間に関してイレギュラーズが相談を行って居る最中にメイはアルティオ=エルムへと招待された。クラリーチェの遺体の埋葬場所について相談された彼女は「ねーさまも家族と一緒の方が嬉しいとおもうのです」と感情が読み取りにくい硬質な声音で返事をしたのだった。
 突然聞かされた永遠の別離に、還らぬ人となった彼女の事を受け入れることが出来ないままにメイはクラリーチェの故郷が存在して居た場所へと向かうこととなった。

 ――ねーさま。

 呼びかけても反応もない。温もりもない。ただ、なきがらと呼ばれる空っぽな体が其処には横たわっているだけだった。
 俯いたメイは棺の中には沢山の花が詰め込まれていることに気付く。この花々と、射干玉の髪と共に彼女は埋葬される事となるらしい。
 クラリーチェは何を思って死に至ったのか。
 彼女は遺された人に齎すこととなる悲しみや苦悩に思い至れなかった訳ではない。
 虚無感を抱えることとなる人が居ることを知りながらも、それ以上にその命の終わりは今なのだと、そう感じた気持ちが強かったのだろう。
 メイとて彼女の抱えていた空虚な想いに、時折見せる寂しげな笑顔の裏に直隠しにした希死念慮に気付いて居た。気付きながら、そうならないで欲しいと子供の様な我儘を繰り返していたのだ。
 まだ若い木が植えられたクラリーチェの故郷『だった場所』の程近い場所に集団墓地が存在していたのだという。滅びた村であれど、人知れず佇む墓地は当時のままだったのだろう。家族と共にあれば寂しくはない筈だと、その地へと眠ることになるクラリーチェの隣にしゃがみ込んでからメイは彼女の髪を一房切り取った。
 それは教会へと持ち帰ることにしたのだ。教会の裏にある墓地に、彼女の心の欠片一つでも――そう、願ったのはメイの我儘だっただろうか。
(……ねーさまのからだを持ち帰っても、いいのかもしれません。けれど、ねーさまは家族と一緒が良かったと思うから。
 ねーさまの心のすこしだけ、分けてください。猫たちと一緒に過ごすあの場所を見守ってください)
 祈るように、心の中で懺悔をしてからメイは教会の裏にクラリーチェの墓を用意した。伽藍堂のそれは遺骨が入るわけではない。
 普段使っていた修道服や限られた私物、持ち帰った髪の一房。思い思いに彼女のために用意した宝物を詰めた小箱。たったそれだけがこの地へと帰還することになった。
 人知れず、世界の敵となって仲間に討たれたと聞かされた彼女の亡骸はそれほど痛ましい傷もなく眠っているようだったから。
 メイはこの地でクラリーチェが紡いだ縁に『最期のお別れ』を与えたいと教会で葬儀を執り行うこととした。まだ精神性の幼い精霊種を支えた近隣住民達は気丈に振る舞い、喪主を務める彼女の姿に酷く心を痛めた。
「メイちゃん、無理はしないでね」
「メイちゃん、お手伝いがあれば言って頂戴」
 そんな言葉が無数に雨の如く注ぐ中でもメイは微笑む事は止めなかった。――だって、ねーさまは笑った顔が好きだと行っていたから。

「ねーさま。今日も猫たちはねーさまの傍にいるですね」
 メイはクラリーチェの墓には何時だって彼女が可愛がった猫たちが居る事に気付いていた。クラリーチェの為に植えた花にじゃれつく子猫に「だめなのです」と叱るように告げてから小さな体を抱き上げる。
 猫たちはクラリーチェがこの場所に居ると思っているのだろうか。もう、帰ってこなくなった事を理解しながらも此処に居れば会えると――……それは、メイだって同じだっただろうか。
「メイ、ねーさまが大好きだったサンドイッチを持って来たですよ。一緒にここで食べるです」
 クラリーチェから教わったレシピで、慣れない手つきで作ったサンドイッチは歪だったけれど。
 貴女の味がした。ぼろぼろになった具材を必死に挟み込んで、何とか作ったそれはランチボックスで何時もより不格好に並んでいるけれど。紛れもなく『ねーさま』の味だった。
「ねーさまが作ったサンドイッチ、食べたい……」
 俯いたメイの頬を涙が伝う。ぽたり、とスカートへと染みを作る涙の雨は今まで気を張り続けた少女の見せた弱さだったのだろう。
 膝に登った猫が「にゃあ」と鳴き声を上げる。心配そうに寄り添ってくれる猫たち。シェキャルとツキェル。シュクルとポン酢、おもちやカルボナーラ。
 チュールとティタンジェ、アオイに夜食。グレイプニールとパンジー。それから、羊とシュス……。名前を優しい声で呼ぶクラリーチェの声は聞こえやしない。
「メイは、いつも優しく笑ってくれるねーさまが大好きでした。
 時々どこか遠くを見ているの、気づいてた。のだけれど……メイが何か言おうとすると、微笑んで誤魔化されて、聞けなかった」
 その微笑みが『死を選んだ』理由だと気付いて居た。メイが、友人が感じる悲しみよりも深かった苦しみ。それでも、最後は仲間の役に立ちたいと願ったその強さ。
「……敵。ねーさまは、何と戦っていたのです? メイは、何も知らない……」
 ローレットの仕事は何か分からない。『ローレットの人』は何時だって傷だらけになりながらも忙しなく走り回っていたから。

 ――知りたい。ねーさまはどうして、戦うことになったのか。
   メイにも、戦うことができるのか。だいすきなねーさま。

 教えてと乞うても笑って誤魔化した彼女の歩んだ道をメイは辿りたかった。何も知らないままで誰かに庇護されるだけの日々で入られなかった。
 長い長い旅路の果てに、あの優しい人が辿り着いた場所にメイも行きたかった。
「アナタの魂の道行きに、幸多からんことを」、と。そう微笑んだ『ねーさま』の眠りが、安らかである為に、彼女の敵を倒さなくてはならない。
 彼女は屹度、死にたい以上に誰かを護りたかった筈だから。猫はきまぐれだけれど、ひとの優しさには敏感であったから。
「……メイにできるのは、ねーさまが作ったこの場所を守ること。そして、ねーさまの敵と、たたかうこと」

 ――おねがいねーさま。ねーさまの力を、メイにください。

 淡い光が小さな少女の体を包み込む。僅かな浮遊感と、それから体に感じたことのなかった力が沸き立つような奇妙な感覚があった。
 メイは周囲を見回した。先程までの柔らかな地面は其処にはなく、硬い石畳の上にぺたんと腰を下ろしていた自分の体をまじまじと見遣った。
 天空に浮かんだその場所は、少女にとってのはじまりで。
 誰かの道の続きを歩むための場所――少女が抱いた葬送者の鐘そうそうしゃへのいのりは可能性となって彼女の道を切り拓いたのだった。

  • 葬送者の鐘完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月13日
  • ・クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236
    ・メイ・カヴァッツァ(p3p010703

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