PandoraPartyProject

SS詳細

1500年の呪い

【領地】クレシェンテ地区(役所書斎)

登場人物一覧

シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)
Legend of Asgar
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
エルス・ティーネの関係者
→ イラスト

 ――お前、もうちょっと自信を持てよ。

 ――俺より先に死ぬんじゃねえよ。

 その言葉が脳内を巡る。故に、エルスはエリアスに声を掛けた。己は齢1500歳にも至ると言うのに幼い外見の儘である。其れこそが自身の欠落に通ずるのだと。
 無論、我が子が何時までも愛らしい姿で居てくれることはエリアスにとって喜ばしいことである。子の成長を傍らで見る事が出来なかったエリアスはゆっくりと成長するエルスを見るチャンスを与えられたと同義であったからだ。
 だが――「エルスは外見そのものを大人にしたいのよね?」
 娘が、エルスが見た目を成長させたいと言うならば母としてその気持ちは汲んでやらねばならない。エルス自身も気付いては居るだろうが吸血鬼としての成長に必要な物は血液だ。
「ええ。けど……ママ、んんッ――母様。私はどうしても血が飲めないの」
「血が……それは言っていたリリスティーネの所為かしら」
 此れまでの事は母にも伝えている。エリアスも自身が姿を消した後、娘がどの様な境遇にあったのかは理解している。母として彼女の現状を不憫に想う気持ちは強い。だが、どうしてそうなったのかはエリアスとて直ぐに答えを見出せるわけではなかった。母として最初に行った助言は協力者を用意して欲しいという事であった。人間と吸血鬼の血液をそれぞれ身の内部へと取り込む事で変化が現れるのではないか、と言うことであった。

「状況は理解した。エルスティーネ。目的は外見的な成長だったか?」
 呼び出しに応じた世界にエルスは頷いた。彼はエルスの外見的な成長への必要性は感じていないようである。だが、それがエルスにとって内面の成熟やコンプレックスの解消になるというならばそれもまた良しと考えたのだろう。血の提供くらいならば友人として協力を惜しまないという彼は感謝を告げるエルスを眺めて十分に変わったと感じていた。
 元は誰も寄せ付けない氷のような娘だった。世界もエルスも孤高とまでは行かずとも他者と過ごす事は多くなく、そうした部分にシンパシーを感じて交友が存在していた者だ。今のエルスはラサの為ならばと交友関係を広げ表情も明るく変化した様に感じられる。
(……それでも、当人の在り方だ。今回は『協力者』という立場だから口を挟むのも野暮だろう)
 世界は人間として、そして吸血鬼としての協力者はシャルロットであった。傍らには契約妖精のシルキーがふわふわと漂い、この場に揃った面々へと丁寧な会釈をしている。
「血の提供、だったかしら? 吸血鬼の血液が美味しいのかどうかは定かではないけれど。
 ……けれど、そうね。異世界の同胞でもあるエルスがひもじい思いをするのは私としても気になるもの」
 元は人間だったというシャルロットも吸血煮関しての苦手意識は存在している。エルスの気持ちは良く分かると告げる彼女は是非に力になりたいと頷いた。
「協力に感謝しますお二人とも。娘も、私も、少しばかり特殊な環境下と言える世界の出身だから勝手が違うかもしれないけれど……。
 何か不都合があれば気軽に申し出て欲しいわ。血を頂戴するから注射器を使用するけれど、それも不安だったり何かあれば」
「いや、問題はない」
「ええ。大丈夫よ」
 世界とシャルロットの返事を受けてエリアスは娘が良き交友関係を築いたのだと思わず目頭が熱くなった。鉄帝で活動し、諜報員としても行動していたエリアスは『冷徹であれ、冷静であれ』と心掛けてきた筈だが娘に関する事柄では涙腺が脆くて困る。
「良いお母様ね」
 小さく笑ったシャルロットにエルスは頬を紅色に染めて「ええ」と頷いた。長く離れていた母が褒められるのは慣れなくて妙に気恥ずかしいのだ。
「……それじゃあ、母様が提案してくれたことから、いいかしら……?」
 戸惑いながらもエルスはエリアスが世界とシャルロットから抜き出した血液をまじまじと見下ろした。吸血鬼として血を食するために結晶化させる能力をエルスの世界の吸血鬼は有していた。エリアスは二つの結晶化した血液と、液体状態の血液を指差し「ひとつずつ試してみましょう」と提案した。
「抜き出した血液でも栄養はとれるの? 首筋からの吸血が主でないのならば血液への不快感も多少はマシ……なのかしら?」
「そう、でもないかもしれないわ。輸血パックでも血液というだけで嫌悪感は沸き立つもの」
 エルスは恐る恐る世界の血を口に含んでからハンカチで口許を覆った。何れだけ仲の良い友人のものであれども、それが血液であるだけで沸き立つのは不快感である。
 動物の体内を巡る主たる液体であるという認識は、人間が生きる中で必須とされた体液であるからには『人間を食べて居る』という感覚はどうにも拭えない。
 嫌悪感だけ、それでも栄養素となる事は良く分かる。味わいこそ、苦々しくエルスの知る血液である事には違いなかった。血に触れれば肌は粟立ち、ばちりと弾くようにも感じられる。
「次は吸血鬼のものか。シャルロットはエルスティーネと世界が異なり吸血鬼の在り方も異なるとは思うが『血を啜る者』としての種は同じと言えるだろうか」
「分類としては。試してみましょう」
 椅子に腰掛けていた世界は無理はするな、と声を掛けてくれる。シャルロットが目配せしたシルキーが口直しの茶を準備していたが――シャルロットの血液を口へと含んだエルスはその身を勢い良く折り畳み喉を押さえた。焼けるような感覚に、ぐうと息を呑む。
「エルスティーネ!」
「エルス、大丈夫?」
 二人の声かけにエルスは頷く。喉が焼け爛れたかのような痛みに同種の血液は大きく影響を及ぼす可能性が浮上したのだ。その結果を確認するには結晶を口に含まねばならないか。赤く色づいた結晶は金平糖を思わせる。然うして見遣れば血液であると言う不快感や嫌悪感は薄れるが――どくり、と鼓動が早まったことを感じた。
「……頂きます」
 そろそろと口にした血の結晶。人間――世界の物はエルスの知る『呪い』と感じさせるだけだ。味は苦く、肉体が否定するように電流が見に走る感覚を拭えやしないが実害は齎されない。
「……母様」
「口に含むことは出来るのね」
 エルスは戸惑いを感じずには居られなかった。今までは諦念の中にあった。それはリリスティーネによる『呪い』だ。血液の嫌悪症は静電気が走るかのようにちりちりと肌を焼き口内をも蹂躙した。味も鉄と称するしかない不味さで食えたものではなかった其れは口に含めば死の覚悟をもしたのだ。口へと含むことが出来ただけでも一歩進展したと言えるだろうか。人間の血液では『肉体の未発達』は遠離ったかのようにも感じられる。痛みや味わいを我慢できれば成長に繋がる栄養を得られるかも知れない――そんな光明が満ちた気がしてエルスは母を呼んだのだ。
「けれど、エルス。耐えがたいでしょう?」
「それでも……」
 あの方のためだもの、と叫び出したくなったエルスは「次を試しましょう」と言葉を紡いだ。母は心配してくれているだけだ。世界やシャルロットとて自分の我儘のために協力してくれているのだから。
 同様に実験してみようとシャルロットの血液に向き直ったエルスはヒュウと息を呑んだ。喉を掻き毟りたくなるような痛み。不快感と共に湧き上がったのは苦悶の気だ。シャルロットはシルキーに水を用意させ、苦しみ藻掻くエルスを抑えたエリアスと共に彼女の身を取り押さえる。吐出せと声を掛ける世界に頷きながらも内臓の痛みを堪えきれぬエルスは世界の腕を借りのろのろと立ち上がった。
「……どうした、エルスティーネ」
「世界さんの――人間の血は『一応は口に含める程度』で……大丈夫だったの。けれど、シャルロットさんの血液は……」
 呻くように言葉を紡ぐエルスの背を撫でてエリアスは「シャルロットさんの血液は致命傷を受けるようね」と頷く。これ以上の実験は難しいのではないかと世界がエルスへと声を掛けるが彼女は首を振った。
 ラサのために死ぬのではなく、ラサのために生きる為に。意外と心配性な彼は『生きるように』と命令をしてくれた。成熟へと至る為には血液を摂取しなくてはならない。それがエルス・ティーネの種の宿命なのだ。エルスの母であるエリアスも輸血パックを駆使してその身の成熟に至るための栄養を摂取している。普通の食事は摂れるが所詮は生命維持とある種の娯楽と呼ぶべき分野でしかないのだ。
「……そう。エルスがそう言うなら私は止めないわ。
 吸血鬼として首筋からの吸血も、飲む形の吸血も『吸血鬼相手では』致命傷となる可能性があるのよね。
 もしも私の血が受け入れられるのなら、私がエルスを噛んで直接血液を流し込む方法も使えるのかと思ったのだけれど、それは難しそうね」
 シャルロットの気遣いは喜ばしいが、彼女の血液がエルスの肉体に致命傷を与える。血液を口に含んだだけで痛みにも似た嫌悪感に喉が焼けるように痛んだのだ。その味わいも世界のものと大きく違って感じられた。エルスの世界で言うところの『混血種』と同様だろうシャルロットの血液は現状のエルスでは受け入れられなかったのだ。
「これもリリスティーネの呪いのせいなのかしら……普通の吸血鬼なら、どんな血液だって摂取できるはずだもの」
「恐らくそうなのだろう。吸血鬼から見れば人間は家畜と同様だ。家畜の血液ならば摂取できるだろうが同種のものは苦く、不味く、そして『人の血液』であるという認識が強くなるのかもしれない」
 世界の言葉にエルスは「そういうものなのかしら」と首を捻った。シャルロットは世界の言にも一理あると頷く。人であった経験のあるシャルロットからすれば『血を食物とする』吸血鬼達の目から見れば人間は家畜にも近しい存在であった。エルスの気持ちや嫌悪感はさておいても、『呪い』での分類は吸血鬼の血に大きく影響を及ぼしているのだろう。
「実験を続けるわよ。結晶を物理的に砕いて粉末にするわ。それをエルスには試して貰おうと思うの」
「……やるわ」
 エルスは世界とシャルロットに「協力をお願い」と頭を下げた。二人の血液を口にして不味いと言い続けることになるのだ。納得した上で協力して貰えているとは言え、何とも気まずさは感じられた。
「結晶を粉末にするのか。なるほど、それならば粉薬のように摂取できる可能性も上がるだろうか?」
「飲み込めるかは定かではないのよね。……少しでも呪いを掻い潜ることが出来ればいいのだけれど」
 二人の気遣いを受け入れてエルスがまず口に含んだのは世界の血液の粉末であった。それは肉体へは無害ではあるが、不快感は拭えない。だが、液体であるよりも長時間口内に止めて居られたのは確かだ。不味さに痛みはやはり付随するが、それされ我慢できればと言う一縷の望を託せる可能性さえある。
 次に――と手に取ったシャルロッテのものにエルスは緊張を覚えた。先程のあの痛みも、苦しみも。彼女が吸血鬼――それも『後天的な吸血鬼』というエルスの世界で言う混血種と同様の在り方の吸血鬼であるからだ――であるからこそなのだろう。始祖の血を分け与えられて吸血鬼に至る。その在り方はシャルロットが元は人間だったと語ることからも良く分かる。
「エルス……」
「母様、心配しないで。折角シャルロットさんが協力してくれるのだもの。
 自分の我儘でこの場を設けたのだもの。痛みも、苦しみも怖がっては居られないわ」
 心配そうに見守る母に笑みを浮かべたエルスはゆっくりと血液の粉末を口へと含む。シャルロットは先程のことがあったからとシルキーには介護の準備を申しつけた。
 タオルや桶、水分の用意などを進めるシルキーに礼を告げてからエルスはゆっくりとその粉末を口へと含む。身構えたのはエルスだけではない。世界やシャルロットもだ。
 エルスの肉体がぐらり、と揺らぎ視線が定まらなくなる。ぐらぐらと意識が揺らぎ、混濁するように脳が掻き混ぜられる感覚が襲う。
 エルスの耳には誰の声も聞こえない。真白になった空間に誰かの影が見える程度だ。明転した景色の中でエルスはその感覚が何処かで身に覚えにあった事に気付いた。それが何時のことであるかも分からない。何であるかさえ分からない。分かるのは、己を呼ぶ母と友人達の声が遠くにあることだけだ。

「――ス、エ――ス、エルス!」
 幾度も呼びかける母の声にエルスの意識はふわりと浮上した。瞬きながらも周囲を眺めれば心配そうにエルスを伺う世界とシャルロットの姿も存在していた。
「あれ、私……?」
「エルスティーネ、君はシャルロットの血液を口に含んだ途端に倒れた。何が起った?」
 伺う世界にエルスは意識が保てなくなったこと、そしてその感覚には何処かで身に覚えがあったことを告げた。
 それが何であるかは分からないが『吸血鬼の血液』はその体に受け入れがたいものであることだけは良く分かる。
「実験は以上ね。娘に協力してくれてありがとう――……ねえ、エルス。貴女と同じ世界の混血種の血はどうかしら?」
 エリアスの提案に、エルスは驚いたように母を見詰めた。始祖種の生き残りであった『エルス』の母は当然『始祖種』である筈だ。
「私と同じ世界のって、リリスティーネ位しか……まさか……母様は、始祖種ではないの?」
「……ええ、私は混血種よ。始祖であったのはヴォルフで――……どうしたの?」
「い、いえ」
 てっきり、そう思って居たからと首を振ったエルスにエリアスは首を捻った。純血種だと混血種だの、傍流、あるいは亜種の血はエルスにとっては『己を灰に化そうとした』存在の血――故に、不快感を感じたのだろうかとエリアスは思い至ったのだ。
「私の血も、貴女の体に大きく影響を及ぼすかしら」
「……きっと、そう。『あの日』私は――」
 何かを思い出しそうだった。血のナイフに、ぐらぐらと体を揺らがした意識障害。濃い灰の気配が周囲に漂って記憶を閉ざす。
 それが父のまじないであることを知りながらも過去の全てを理解出来ない儘、エルスは「吸血鬼の血を受け入れられないのはどうして……」と呟いた。
 何を試したとて静電気のように走った電流の痛みも、血液の不味さも拭うことは出来なかった。血液を飲めなければ肉体の成熟――成長へは繋がらない。
「何かまた有れば協力しよう」
「ええ。声を掛けて頂戴ね」
 二人の気遣いに頷きながらもエルスは落胆した。『あの方』と並び立つ為に精神と肉体の乖離を合致させなくては幼い儘の精神は自信を有することは出来ない。
 肉体に精神が引っ張られ、幼い少女のように振る舞う己を強くせねばならないのだ。あの方と生きる為に。
 エルスは世界とシャルロットを見遣ってから「ありがとう」と礼を告げた。少しでも前を向く為の切欠を与えてくれたのだから。

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