PandoraPartyProject

SS詳細

きみの笑顔が咲いたなら

登場人物一覧

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜


 一足先に秋を迎えた濃々淡々。薫る風は曇ることを知らない空と燦々たる陽光に誘われた汗を浚う。つまるところ程よい涼しさ。
 空は夕方、橙の滲む頃。どうせ会うなら時間を取りたいのだと店を閉める頃を教えてくれたのだ。
 別離があれば出会いもある。短く切った髪、風が擽る項。目元に引いた紅は紅葉を思わせる赤。
 抱えた花束は香豌豆──スイートピー。友の門出に添える彩り。からころ、ゆっくり歩いていた筈。急ぐものでもなし、いつでもおいでと言伝は受けていた筈なのに早まる足音。
「絢くん」
 からんからん、と鳴ったドアベル。丁度最後の客を見送った所だったのだろう、うんと伸びをしていた絢は瞬き、後に苦笑して蜻蛉を出迎えた。
「嗚呼、蜻蛉……急がなくたって良いって、伝えた筈なんだけどなあ」
「うちったらつい、楽しみで浮かれてしもたの。飴屋さんの開店おめでとうさんです。今日はお祝いしに、お団子を持って来たんよ」
「わ、本当かい? 有難う。……おっとそうだ、いらっしゃいませ」
 はい、と手渡したお土産。居住まいを正し、客として蜻蛉を迎える絢。見慣れぬ仕草に蜻蛉はころころと笑う。
「ふふ、まだ慣れてないんやない?」
「バレた? エプロンとか、シャツとか。そういうのには慣れてきたつもりなんだけどな」
 まだまだ様になるのは遠そうだ。ぼやいた絢が案内する儘にカウンターテーブル、添えられた脚の長い椅子に腰掛けて。
「さて。有難く開店祝いも受け取ったことだし。勿論、蜻蛉も食べて行ってくれるよね?」
「勿論。今日のも、楽しみにしててええんよね?」
「そりゃね。常連さんを喜ばせることも出来ないで店の看板を掲げるのは烏滸がましいし」
「常連さんやなんて。絢くんの腕は信頼してるんよ?」
 差し出されたオーダーノートにお任せと書き添えれば思わず苦笑が返ってくる。勿論受理だ。ちょきちょきと飴を切る彼の音。其れが始まりの出会いにもあったことを、蜻蛉は覚えている。
 手元をぼんやりと眺めているのも良かったけれど、今日は見ないで欲しいらしい絢がガラスケースで拘りの商品が一望できるようになっている店内を見て欲しいと告げた。かちこちと鳴る時計、温かなダークウッドのテーブル、メニューらしき冊子。
 階段を登れば一応は薬屋の役割も兼ねているのだったかと思い出す。けれど喫茶店のようでもある其処はゆっくりと寛げる場所でもあるらしい。畳の香り、小さな暖簾、まだ使われていない囲炉裏を見るに、妖怪たちの溜まり場としても使用されるのだろうことは見て取れた。
「絢くん、此のお店、一人で回してるん?」
「そうなるね。まぁ、おれ一人で出来るから」
「無理したら駄目よ。前の雪山の時みたいに倒れたら心配やわ」
「耳が痛いや。でもそうなったら、蜻蛉が助けてくれるだろう?」
「最初からうち頼りなんはあかんよ。全く、無茶しいなんやから」
「ごめんって。……と、そろそろ完成するよ。降りておいで」
「はぁい」
 にゃおん。
 猫の足音はない。靴さえなければ。とんとんとん、と拍子よく降りてきた蜻蛉に椅子を引いて。こほんと咳払いした絢の表情のなんと得意げなことか。
「蜻蛉、最初の注文を覚えてる?」
「最初の……? 確か、桜味の綺麗なの、やったと思うけど」
「うん、正解。春の桜の、儚くてほんのり甘い味のするの、だった筈」
「よぉ覚えとるね」
「ふふ、でしょう。だから、今日は其れの……りめいく、で合ってる?」
「うん、合うとるよ。どんなんになったんか、気になるわ」
「ふふふ。じゃあ、見てもらおうかな」
 じゃじゃーん、と。飴細工が差し出される。
 其れは青い桜。ソーダ味が溶けた桜。蕾が薄く開く──蜻蛉という花は、まだ咲き続けるのだと、知っているから。
「……まぁ、これは後で渡すね。先にくれた団子を食べちゃおう」
 ちょっぴり照れくさいのだと。飴を袋に包んだ絢は、二階を指し示し、団子とお茶を連れて上へと登った。

 今日の月は三日月。
 空を踊る桜吹雪を眺めながら、蜻蛉と絢は緩やかに語らう。
 最近あったこと。驚いたこと。嬉しかったこと。友との語らいは、何にも代えがたい喜びなのだ。
「蜻蛉」
「どうしたん、絢くん」
「今日は来てくれて嬉しかった、って伝えたくてさ」
「うちも会えて嬉しかった。お店に来て、って依頼を出してはった時は、少し忙しくて来れへんかったんよ」
「うん、気にしてないよ。今日こうやって、会いに来てくれたわけだしね」
 柔い団子の食感を楽しみながら二人は笑う。
「蜻蛉がおれの作ってくれた飴を気に入ってくれなかったら、こうして此処で店を開くこともなかったかもしれないね」
「それならうちは、名店の店主を見つけ出した凄い人……に、なれるんかしら。ふふ」
「そうだね。誇って良いよ」
「うふふ、そやね」
 ご機嫌に語らう二人。並び立つ背には尻尾が心地良いリズムで揺れた。何気ない今日の日に添えるのはきっと、良く知る友の笑顔が良い。

  • きみの笑顔が咲いたなら完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月09日
  • ・十夜 蜻蛉(p3p002599

PAGETOPPAGEBOTTOM