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勝鬨
登場人物一覧
幻想国のとある片田舎の村。秋の日差しが温かい昼下がりには、風に乗って柔らかい藁の香りが漂っている。
そんな穏やかな村の小さな広場で、村人たちと楽し気に会話をする男──バクルドの姿があった。農業を生業とするこの村には不釣合いな彼の姿は、さすらいの旅人、といったところだろうか。
「メシもうまい、寝床も温かい、まさに
穏やかな村は、どこか緊張感のある空気が漂っていて。男たちはピッチフォークを振るい、女子供は大きな鍋に大量の肉を煮込んだスープなどの精のつきそうな料理をふるまったり、裁縫だろうか、小さなお守りを作ったりとせわしなく動き回っている。
「戦前日、って感じだな……アレか? 近いうちになんか攻めてくるのか?」
バクルドは苦笑いをしながら、話をしているうちに意気投合していた村人に尋ねる。
話を聴くところによれば、明日は隣村と合同で行われる豊穣祈願と戦闘訓練を兼ねている祭りがある、ということなのだが、これが文字通り
この時期は特に何もないのに隣村との火花をバチバチに散らしている。
──それも、女子供も総出で。
バクルドが訪れている村は昨年勝利したということもあり、連勝に向けて気合が入っている。
「ハハハ!! なるほどな。そりゃあ、勝ちてぇよなぁ!! 兄ちゃんもその対抗戦とやらに出るんだろ? 頑張れよぉ!」
バクルドは豪快に笑うと、目の前の若者に喝を入れんとばかりに、激励を籠めて肩をバシバシと叩く。
折角だから、酒でも飲みながら祭りを見学するか、と考えていたところ、若者が何かを思いついたようにバクルドに声をかけた。
──折角の機会、対抗戦に参加してみないか、と
勿論、終わったら盛大に酒を飲み、食べ物も自由に食べてもらって構わない。
そういうと男は、この通り、とバクルドに頭を下げて懇願する。
(まぁ、この村ホントに飯も酒も美味いんだよなぁ……村の部外者の俺が本気を出さずとも、若い兄ちゃんたちが頑張ってくれるだろ)
酒飲んで適当に過ごすか……と、バクルドは首を縦に振った。
──一方、その頃
「わたし、この村には初めて来たけど……町から離れてるからかしら、空気もとてもおいしいわね!」
白竜を模した鎧を身にまといつつも、今はオフということもあり兜を脱いでいるレイリーの長く綺麗な金髪が、秋の涼やかなそよ風に揺れる。
秋の昼下がりの、それこそ実り多き木々の様子を目に焼き付けよう。村娘と和やかに会話をしながらそんなことを考えていると……。
──っしゃぁ! 今年こそ勝つぞぉっ!
──うおぉーっ!
野太い男たちの掛け声が、広場の方から聞こえた。広場の方を見遣ると、ピリピリとしてどこか殺気めいたような雰囲気が漂っている。
また、村の女たちも何かの飾りを作っていたり、子どもたちも円陣を組んでいた男たちに向けてあらんばかりの声援を送っている。
「……あれは、なにかあったのかしら」
ただ事ではない空気を感じ、レイリーは思わず傍で話をしていた村娘に尋ねた。
どうやら、明日は隣村との豊穣祭であるということ、そこで村同士の藁を積み上げる対抗戦があるということ、そして──昨年、この村は辛酸を嘗めている、ということ。
広場では大きく横断幕のようなものが広げられており、文字のようなものが書かれている。少し距離があって見えないが風に揺れるそれに描かれているのは、男たちを鼓舞する言葉であることは想像に難くない。
「なるほど……それで、みんなあんなに気合が入っているのね」
彼らの様子を眺めながら呟くレイリーの姿を、男たちのうちの一人がとらえた。
兜こそ脱いでいるが、彼女の佇まいは騎士そのもの。そんな彼女の体力を見込んでか、男は声をかけてきた。
──昨年、あと一歩のところで俺たちは負けた。今年こそ、絶対に勝ちたい。協力してくれないか。
真剣な眼差しが、レイリーの赤い瞳に向けられる。
この祭りは豊穣を願うのが勿論メインイベントなのだが、それと同時に村同士のプライドをかけた熱き戦いの祭りでもある。
(まあ、ただお祭りでの遊びみたいなものだろうし、そういう意味でも困っているのなら助けるのが筋よね)
一瞬考えたあと、彼女は男にニコリと笑って見せる。
「もちろんよ。それに……」
──とても楽しそうなお祭だし、やらせてもらうわ!
彼女はそう言うと、歓声が上がる中で男たちと暑い握手を交わす。
その夜、レイリーが身にまとっている白い鎧せいなのか、村の男たちからは「聖女様」と呼ばれていたのは、また別のお話。
──翌日。
村同士の境目にある開けた平原で、猟銃の空砲を合図に祭りが始まる。
互いの村の村長が形式的な挨拶を済ませたところで、男たちのプライドをかけた熱き戦いの火蓋が切られようとしていた。
豊穣祭対抗戦のルールはいたってシンプルなもの。
フィールド中央には巨大な藁山が積まれていて、村人たちはピッチフォークを使いて藁を運搬する。時間制限内にそれぞれ3つのエリアに藁を規定量積み上げ、先に3つのエリアを埋めたほうが勝ちというもの。
ここまで聞けばただの体力勝負だが、ルールの「ミソ」はここから。
エリアに積まれた藁を相手陣営から奪うことも出来るので状況によってはそれを守る必要があるのだ。武器はもちろん、それぞれが手にしているピッチフォークと己の肉体だ。
ルール説明の中、各村の参加者たちの後方で、レイリーはまじめな顔をして、そしてそれなりにやればいいと思っているバクルドは欠伸を噛み殺しながら聴いていた。
「それでは、ルール説明は以上ですので、さっそく始めていきましょう」
司会の言葉とともに、参加者たちは持ち場につく。両陣営とも火花を散らし、気合十分だ。
──よーい、スタート!
開始と同時に、またも猟銃の空砲が鳴り、男たちの雄叫びが響く。
初めの方こそ、互いの村が中央の藁を取っていくこともあり、最初はただ藁を運ぶだけという流れだったのだが、ある藁を取り切ってしまえば、お互いの村での争奪戦が始まる。
「騎士様ー! 藁が、すごい勢いで奪われていきます!」
「なんですって!」
藁の影に隠れていたレイリーは、それを聞いて思わず取られそうになっている藁山へと駆け付ける。
村人たちが一つの山に一気に押し寄せ、積み上げていたはずの高さが少し小さくなっていた。
「……これ以上は、させないっ!」
レイリーは参加者たちに怪我を負わせないようにピッチフォークを振るいながら、自陣の村人に散らばっている藁を集めてもう一度積み上げるように指示を出す。
凛々しいだけでなく武器としての扱いに長けているレイリーの姿に、相手陣営の村人たちは少しずつ後退していく。
「おー、こりゃすげぇな……さっきまでの勢いはどうしたと思ったら」
勢いを取り戻し始めた相手陣営を見て、放浪者然とした男──バクルドが姿を現した。
「あれが、向こうの
「……っ!」
先頭に立って指揮をしているレイリーに真っ直ぐ向かっていき、バクルドはピッチフォークを振りかざす。
咄嗟のことととはいえ、レイリーもとびかかってきた彼に応戦する。
チキチキと金属同士がこすれ合う音をたて、お互い顔を見合わせた瞬間──ようやく、互いが互いを意識する。
「……あら、こんなところで」
「なるほどな……面白れぇじゃねえか」
言葉を交わし、ニヤリと笑う。普段戦いに身を投じている者同士の、本気の鍔迫り合い。
「ほらお前さん、守るだけじゃあ、勝負には勝てねぇぞ」
バクルドは腕っぷしを活かし、レイリーの後ろに積まれている藁に切り込んでいく。
レイリーも負けじと、ピッチフォークで彼の猛攻を一つ一つ迅速かつ的確に弾きながら、藁山に近づけさせまいとしている。
カンッ、キンッ、と金属が甲高い音を立ててぶつかり合う。
攻めのバクルド、守りのレイリー。
一進一退のレベルの高い戦いが続く中、司会の声が残り時間を告げる。
「えー、残り時間1分です! 両陣営、全力を尽くしてください!」
聞こえてきた司会の言葉。2人は互いの全力を出し切らんと闘志をぶつけていく。
「負けるわけにはいかないのよ……やあぁぁぁぁっ!」
守りに徹していたレイリーが、ついにバクルドの脇をかいくぐり、藁を強奪していく。
多めにとれた藁を自陣営側に放り投げ、村人たちに積み上げるよう目くばせする。
「そういわれるとなぁ、俺も負けられないんだよなぁ!」
レイリーが放り投げた藁を奪い返さんと、バクルドも手数で勝負してくる。
そんな中、カウントダウンの声が聞こえる
──5
「ここを守り切れば、こっちが優勢よ!」
──4
「なら押し切ってやろうじゃねぇか」
──3
「押し切らせてたまらないわよ!」
──2
「最後の最後だ! 行くぞ!」
──1……0!
終了を告げる空砲が、秋空の下に鳴り響く。
レイリーとバクルド含めた参加者全員から、全力を出し切った荒い息遣いが聞こえる。
藁山を見てみると──レイリーが参加していた陣営の村が、僅差で藁山を守り切り既定の高さまで藁が積まれていた。
両陣営から勝利の雄叫び、負けて悔しがる声、そして互いをたたえ合う声が、平原中に響いていた。
そして、祭りといえば。
「やっぱ、うまいメシとうまい酒、これがねえと始まらんだろ!」
「それはそうだけど……飲み過ぎには気を付けないと」
バクルドは木製の大きなジョッキに、さっそく麦酒をいれてぐびぐびと飲み干していた。その横で、レイリーは村で醸造された葡萄酒をゆっくりとたしなんでいる。
「そういえば……さっきまでのピリピリした空気が嘘みたいね」
レイリーがふと零した疑問に、近くの村人が応える。
なんでも普段は隣同士の村が不作や災害など所謂存続の危機に陥ったときはそれこそ助け合うほど仲が良いのだが、この時期は日ごろの鬱憤を晴らすということもあり、ちょっとだけ空気に緊張が走るということらしい。
「ちょっとだけ……では全然ないような気はするけど」
「ガハハハ! まあいいじゃねえか細かいことはよ!」
バクルドは機嫌よく、酒を飲みながらレイリーの方を向いた。
「しかしまあ……テキトーやって勝って酒を飲むだけだと思ってたがまさかお前さんがいるとはなぁ!」
「そうねー。ただただ遊びのようなものだと思っていたけど、あなたがいたなんてね。とても楽しかったわ!」
先程の戦いぶりを思い出し、何だか可笑しくなって2人で笑いあう。
村独時の豊穣を願うような愉快な音楽が鳴り響く中、バクルドはジョッキを、レイリーはワイングラスを、お互いの目の高さまで掲げた。
「今日のお祭りの成功と二人の偶然の出会いに乾杯」
「応! 乾杯!」
成功祈願と出会いへの感謝、そして互いへの労いを籠めて捧げられた祝杯。
宴は例年通り盛り上がり、踊り歌う楽しい時間は、夜通し続いたという。