PandoraPartyProject

SS詳細

茜日和

登場人物一覧

死牡丹・梅泉(p3n000087)
一菱流
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業

●失礼!
 秋の日和は実に穏やか。
 晴れ渡る空に吹き抜ける風は夏の風情より幾分涼しく、最近は大分過ごしやすくなっていた。
 夏の炎天下の下で屋外のイベントに赴くのはそれなりにぞっとする覚悟が必要だが、この頃にもなればそうでもない。
 木々を見ればもう間もなく鮮やかに色がつき、人々の目を愉しませ始めるに違いない。
 幻想で開かれる大市バザールは志屍 瑠璃 (p3p000416)にとって日々のちょっとした楽しみだった。
 文字通り幻想ファンタジーな世界観を有するローレット周りで、瑠璃が『好み』のモノを見つけられる機会は多くはない。
 大抵の場合、ガラクタを多分に扱ってはいるのだが、時に玉石混合にこそ宝も混じる――求むるが『茶器』ならそもそもこれを外せる道理はないという訳だ。


「――」
「――――」
 そんな瑠璃が直面した『偶然』は彼女に何とも言えない顔をさせていた。
「……失礼!」
 偶然とは実に恐ろしいものである。
 
 触れた指先の熱に思わず驚いた顔をした瑠璃が見上げたその横には長身の男が立っていた。
 知らない顔ならば『そこまで』だが、幸か不幸かイレギュラーズとして日々精力的な活動を続ける瑠璃にとってそれは見知った顔だった。
「ふむ?」
 指を引っ込め譲る素振りを見せた瑠璃に首を傾げたのは藍色の着物の男。片目は相変わらず閉じたままだ。
 言わずと知れた死牡丹・梅泉 (p3n000087)との遭遇は瑠璃にとって全く予想外の出来事だった。
(死牡丹梅泉。名の知れた要注意人物。絡まれてはたまりませんからね――)
 実際問題刀を抜いていない梅泉が些細な事で『絡む』かは微妙な所ではあったが、君子危うきに何とやらは諜報機関ニンジャ出身の瑠璃からすれば骨身に叩き込まれた常識である。目的が被ったのならばここは譲った方が得策と考え「どうぞ」と促しそそくさと場を退いた瑠璃ではあったが、実際の所はもう一つ。
(……殿方の手に触れてしまいました)
 殊更に初心な事を考えると――笑わば笑え。
 大人びた美貌の瑠璃は実際の所、異性への免疫が殆どない。
 
(……惜しいと言えば惜しいですが。これはもう止むを得ない)
 ともあれ、身の安全と情緒の保全と買い物の目的を考えればこれは一先ずの無念であった。
 心に響いた茶杓の目利きが証明されたのだけが救いといった所だろうが――
「……まぁ、まだ良いものには出会えるでしょう」
 ――気を取り直した彼女は休日の幸運を疑ってはいなかった。

●失礼!!!
 だと言うのに――
「――し、失礼!!!」
 何処かで、つい先程も見たような光景は恐ろしい偶然のままに繰り返される事になっていた。
 同様の茶器を同様の素晴らしい目利きで探している二人の事である。
 再び指が触れ合ったのを確かに完全な偶然と呼ぶのは間違いだ。
 だからと言って、この短時間で似たような状況が繰り返されたのは、何万分の一、もっと低い確率による奇跡には違いない。
「……どうぞ。私はこれにて……」
 そそくさと場を辞そうとした瑠璃に今度は「待て」と声が掛かった。
「ひゃい」
「先程も主は此方に譲ったであろうが。なれば、此度は此方が譲るが筋というもの」
 良く通る低い声、その言葉は存外に穏やかなものだった。
 少なくともほぼ資料でしか梅泉を知らない瑠璃にとって彼の調子は予想外のものであるとも言えた。
「……宜しいので?」
「うむ。散策がてら、良品を目利きに参ったが――どうやら主とわしは似たような趣味の持ち主らしい。
 それ相応に茶の湯が分かる持ち主なら、茶器それも持ち腐れとはなるまいよ」
「……はあ。では、お言葉に甘えまして……」
 何せ筋金入りの危険人物である。瑠璃の中で梅泉はそう積極的に関わりたい人物ではなかったが、そう水を向けられれば変に回避するのも不自然であるし、おかしな応対をして不機嫌になられては、彼女が想像する地獄が近付くのは間違いない。
(……ま、また触れてしまった……)
 それより何より同じ異性の手に二度触れる等、瑠璃からすれば滅多にある出来事ではない。
 たったのそれだけでおかしな方向に意識をしている辺りは、彼女の面白い所なのかも知れないが――
(……………顔色は大丈夫ですよね?)
 左手で軽く頬に触れた瑠璃は顔がおかしな熱を持ちすぎていない事を確認した。
 極自然な所作であるから、気付かれた可能性はない、と期待した。
「主も旅人か。ローレットの輩であろうなあ」
「まぁ、そんな感じでお世話になってはいます」
「茶の湯に刀術か。これも数奇な巡り合わせよなあ――」
 興味深そうな視線を自身に送る梅泉はそんな瑠璃の内心を知ってか知らずか実にマイペースそのものである。
 プライベートの瑠璃は極力剣呑な気配を消しているが、どうも梅泉には筒抜けであるらしい。
 ひとかどのプロである瑠璃はその眼力に苦笑する。
 茶器もそうだが、女を見る目もあるらしい。
(そう言えば、色めき立つ方々もいましたっけ――)
 自称婚約者紫乃宮たてはなる女は言うに及ばず、その魔性はお構いなしに運命を覗き込む。
 
「……か」
「……………はい?」
 厄介な相手を前にして呆としてしまったのは瑠璃の失策だった。
 余計な事を考えたのは日に二度も手に触れてしまったからである。
 ポンコツになる瑠璃は珍しいが、そうさせた偶然が悪いに決まっている――
「折角じゃ。主、これから付き合え」
「……はい???」
 今度はしっかりと聞こえたが、思わず瑠璃は少し抜けた顔をした。
 不倶戴天とまでは言わないがローレットにとっての超危険人物と、何に、付き合う?
「……刀の方は今日は非番ですが」
「戯け。本気で茫としていたと見える。わしが言ったのは茶の方じゃ」
「貴方と、私で」
「似たような『趣味』であろうが。何か不都合があるか?」
「――――」
 二度手を繋いだ(語弊)上、逢引のお誘いと来ればまた瑠璃の顔は熱を増した。
(しかし! 私は忍者。気取られるような粗相は――)
「――何じゃ。先程も思うたが、主。気負うて照れでもしておるのか」
「どうして……」
「――はん。謀れるような事かよ。実に全く、まさにそういう顔をしておるではないか」
 傲然と言う梅泉に瑠璃は崩れ落ちそうになった。
 確かに普通の相手ならば彼女の変化を目ざとく見つける事等出来なかっただろう。
 確かにそれは間違いない。
 相手が普通ならば全く問題は無かったのだ。
 
「――安心せい。別に取って喰ったりはせぬわ」
 一方的にそう告げて踵を返した梅泉は歩き出す。
 どうしたものかと迷いを、困惑を見せる瑠璃を三歩進んだ所で振り返る。
「どうした、娘。来ぬのか?」
「……」
「来い」
「……ひゃい」
 心拍数の増加は多分愛だの恋だのそういうロマンチックな原因ではなかったが、志屍瑠璃はこの日、この時、嫌という程、死牡丹梅泉を思い知る。

 ――嗚呼、嗚呼。確かに、確かに。これは『危険人物』に違いない――

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