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つばさをください。
登場人物一覧
●空に願いを
嗚呼、神様。
あんまり信じてないかも知れないけど、どうか神様。
切なる乙女の願いを聞いて下さい。
ささやかな乙女心を察して下さい。
ゴミを拾います。早寝も歯磨きもちゃんとします。
子供やお年寄りに優しくします。『悪い子』はたまにしかしません。
だから――だから、どうか。
どうか神様。会長に翼を下さい。
大きな白い翼を。何処までも飛べる強い翼を。
大好きな人の所へ一飛びに飛ばせて下さい。
何でもしますから。
ねぇ、神様。
●地に叶えを I
十月二十日――
晩秋の風情が漂うその日は、他の多くの日がそうであるのと同じように何の変哲もない一日だ。
しかしながら、他の多くの日がそうであるのと同じように当たり前の一日は時に誰かに特別な意味を帯びる事もある。
たった一つの事情が普遍的に普通と特別を分ける事情は多くない。
リドルを気取る程の問題ではないが、『誕生日』とは個々に拠ってはかなりのイベント事にも成り得る――
その非対称性は他には余り見当たるまい。
「……ごくり」
唯の十月二十日は息を呑んだ楊枝 茄子子 (p3p008356)にとっては非常に重大な意味合いを帯びていた。
聖教国ネメシス、首都フォン・ルーベルグ。整然とした街並みも、厳格な白亜の城も今日ばかりは多少の熱気に包まれている。
それもその筈。今日は名君と名高いシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世の五十五回目の誕生日であった。
浮かれて馬鹿騒ぎをするようなお国柄ではないが、ネメシス国主と教皇双方の重責を担うシェアキムはまさに神の代行者である。
「……………ごくり」
緊張に満ちる茄子子は今一度大きく息を呑み込んだ。
何時に無く清楚なお洒落をした茄子子の愛らしい面立ちには軽いお化粧が乗っている。
愛嬌と少女らしさに満ちた『性悪』にまだそれは必要ないものだったが――そんな不慣れな武器にも縋りたくなる程に、今日の茄子子は必死だった。
(大丈夫。ちょっとは謁見出来る筈……!)
中庭はシェアキムからの言葉を待つ人々で黒山の人だかりになっている。
やがてあのバルコニーに彼は姿を見せ、国民達に言葉を投げかけてくれる事だろう。
この場所は茄子子にとっても特別な――初めて彼と出会った場所だった。
忘れもしない少女時代、もっとずっと幼かった頃――彼女はここで運命に出会ったのだ。
ことこれに到るまで、楊枝 茄子子ならぬナチュカ・ラルクロークの行動原理は何時も一途な恋故だった筈だ。
(大丈夫、大丈夫。この時の為に会長、沢山イレギュラーズ頑張ったから!!!)
神託に予言された存在、その中でも
実際問題、茄子子は世界の命運はどうでもいいし、シェアキムと結ばれる為にも天義は壊れれば良いとさえ思っている
「……待っててね、シェアキム……!」
何時もより背伸びしたお洒落に気付いてくれるだろうか?
可愛くしてきたのを褒めてくれるだろうか?
……茄子子の浮かれた思考は彼女の本質からは余りに程遠い。
この傲慢で強欲な乙女は己の為に世界を侵す事さえ厭わないのだ。
なれば、大好きな人の誕生日にその他大勢で満足出来る程、願い事は安くない。
絶対に、二人でお話しなければ。
「――良く集まってくれた、国民の皆」
やがて響いた威厳の声、純白の法衣に身を包んだ人影に人々の騒ぎが水を打ったかのように収まった。
「今日という日を諸君と共に迎えられた事、多くの祝いを貰えた事を嬉しく思う。
我等が天義はこの日までも、これからも決して永劫変わらぬ正義と信仰を――」
目をキラキラと輝かせた茄子子は遠く眺めるシェアキムの姿に深く溜息を吐いた。
(シェアキム……カッコいい……!!!)
彼のマジ話が半分も入っていないのは実に茄子子らしい。似たような感情を抱いて彼を見上げる者はこの場にも流石に少なかろう。
●地に叶えを II
「お、お誕生日、おめでとうございます……!」
楊枝 茄子子は曲者である。
文字通り一筋縄ではいかない少女は厄介な性悪そのもので、コミカルで愛らしいその姿も実際は殆ど擬態のようなものである。
「……きょ、きょうはお日柄も良く! 天もシェアキム! ……様をお祝いしているようでありますね!」
話し方からしてもう不自然極まりなく、挙動不審そのものである。
極度の緊張に苛まれた茄子子の内心を簡単に説明するならば『><;』といった風。
数限りない完璧なシミュレーションを重ねたにも関わらず、いざ本番に際してしまえばこんなもの。
頭でっかちだろうと、山賊の親分だろうと、阪神だろうと、この性悪だろうと――恋する乙女の陥る罠は何時だって甘く厳しいものなのだ。
「うむ。茄子子殿がわざわざ祝賀に来てくれたと聞いたのでな。
……少し時間を頂戴する事になるが、構わぬかな?」
「百年でも!!!」
玉座のシェアキムは悲鳴じみた茄子子の『冗談』に鷹揚な笑みを見せていた。
計算通り、祝賀イベントが一段落した頃合いを見て、茄子子は自分の存在を周囲にアピールしまくったのである。
楊枝 茄子子は知られたイレギュラーズである。同時に彼女は少なからずシェアキム本人と面識や関わりがある。
尤も、国家転覆をしてシェアキムと結ばれる、という冗談のような目的からも天義出身の身の上は旅人と偽ってはいるのだが――
それをさて置いても、政治的にも高度な存在となりつつあるイレギュラーズの身の上が城の囲いを飛び越える『翼』になると考えた茄子子の可愛い『策略』は正鵠を射抜いていたという訳だ。
「して、今日は祝いの為だけに?」
「はい! ……どうしても、そのお顔が見たくて」
頬を染め、もじもじとした調子でそう言った茄子子は彼女を知る者が見たなら「誰だコイツ」は間違いない。
されど、彼女の気持ちは一点の嘘偽りも無い。嘆くべきは言われたシェアキムの方はそれを社交辞令と受け止めている、という部分だろうが――
「最近の天義はどのような……シェアキム様はお疲れではありませんか?」
「……最近も変わらず様々な問題は山積しておるな。しかし、為政者の務めは古今東西変わらぬ。
為すべきが山とあるのは、或る意味で我が身の幸福なのだろうな」
(……幸せならいいのかな?)
言外に「シェアキムが疲れているならこんな国ぶっ壊す」なる思想があるのだが彼はそれに気付いていない。
「そ、それでシェアキム様――」
「うん? 何かな?」
ちょっとした歓談でも茄子子にとっては得難い時間だ。
幸福な幕間はゆっくりと過ぎ、やがて時間に気付いたシェアキムは微笑んだ。
「『旅人』に面白いもてなしが出来るような国ではなかろうが、せめて城に部屋位は用意しよう。今日はゆっくりとしてゆかれよ」
「は、はははははははい!!!」
予想外の言葉に茄子子の顔は茹蛸のようになっていた。
(しぇしぇしぇしぇしぇしぇしぇあきむとお泊り!?!?!? だ、大胆過ぎる……! すき!!!)
それは絶対違うと思うが――
- つばさをください。完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2022年09月03日
- ・シェアキム・R・V・フェネスト(p3n000135)
・楊枝 茄子子(p3p008356)