SS詳細
スミレ色のアイ
登場人物一覧
●Flowering White
愛を知っています。
それは分け隔てなく与えられるもので、
愛されて生きてきた私は、当たり前に愛を与えられます。
頭の天辺から爪先まで、私に詰まっているのは愛。
両親に愛されて、愛しい人に愛されて、この幸せは永遠に続いていくのです。
祝福の鐘が鳴り響く。高く高く、どこまでも。
白い花びらが舞い上がり、私の夫となる最愛の人の瞳に映る私。
あなたと私は、きっと今、同じ表情をしていることでしょう。
薬指に煌めく指輪を愛おしく思いながら、私は目を閉ざしました。
この愛に溢れた世界には、私を傷つけるものなどないことを知っています。
とうにあなたに誓った永遠の愛を、神に承認され、誰からも祝福を受ける晴れやかなる日。
唇に誓いの口吻が落ちれば、私たちの永遠の愛はより完璧なものとなるのです。
その時をまだかまだかと待って――
「……?」
待っても待っても羽根のように唇が触れ合うことはなく、私は不思議に思って瞳を開きました。
先程まで居た式場とは違う――まるで
ざあと風が吹いて、手にした
「此処は、どこですか?」
思わず溢れた私の声に返る言葉がひとつ。
私は、最愛の人と離されてしまったことを知りました。
――けれど、悲観はしません。
あの方は必ず私を待っていてくれます。
私たちの愛は、永遠のものだから。
●フラワリングホワイト
何も知らない土地とは言え、金銭は必要となってくる。不自由しないだけの金銭が無くては、
何不自由なく育ったすみれだけれど、幸いなことにすみれは様々なことが出来る。最愛の人をもっと幸せにしたいと願って行った花嫁修業が、たくさんの可能性をすみれに与えてくれていたのだ。やはり愛に勝るものはないのだと、すみれはただ前だけを見た。前だけを見て歩けば、
(少しだけ、待っていてくださいね)
そう。愛しい人と会えないのはほんの少しの間だけ。
今の所戻る方法が無いと言われようと、すみれは何時の日か愛しい人に会えると信じている。
ふたりの愛は永遠で、真実。絶対に、再び巡り合うことが出来る。
それは約束された未来であって、最終的に行き着く結果。不安要素なんてひとつもない。
(それにしても――似ていますね)
探索がてらの歩む町並みは、何故だか
あるべき店が違う店だったりと言った小さな違いはあるものの、未知のもので溢れている訳ではなかった。
(もしかして此処は……
両親が巷で流行っているのだと贈ってくれた小説に、そんな小噺があったことを思い出す。ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界のお話だ。どの地点で世界が分岐したかによって文明等は違ってくるが、大抵の場合、命は等しく存在している。
ならばと足を向けるのは矢張り、良く知る土地。この世界に住んでいる『知人だった他人』や、『自分であるはずの他人』もいるかもしれない。
間違い探しをするような軽い気持ちで辺りを見渡しながら歩いていれば、前方から白無垢姿の女性がしずしずと歩いてくる。半歩横に移動し、すれ違える幅を確保する。それに気付いたのであろう白無垢の女性は会釈をし、すみれもそっと視線を伏せがちに会釈を返した。
すれ違う寸前――互いに『婚礼衣装』を着ていることが気になったのだろう。すみれと白無垢の女性はチラと相手を見た。
そうして視線をすぐに進行方向へと戻す――はずだった。
「……っ」
その女性が、菫色の瞳をまるで幽霊でも見たかのように驚愕に見開いて、息を呑んで固まった。
すぐに視線を進行方向へと戻すつもりだったすみれも、その表情に僅かに眉を跳ねさせて思わず足を止め、異なる婚礼衣装を纏うふたりは狭い路地で見つめ合った。
●ふらわりんぐほわいと
ちらほらと桜が開花し始め、ついつい木々を見上げてしまう季節。
春めいた風に瞳を細めた澄恋(p3p009412)はとても穏やかな気持ちでいた。
こんな気持ちになれるようになったのは、矢張り神使になったことが大きいだろう。神使になるまではこんなにも穏やかな気持ちで過ごせる日々が来るだなんて、思いもしていなかったのだから。
母の不貞の発覚と、その不義の証である
家を出された澄恋は生きることに忙しくて、生きていくために心を殺して何だってした。……花嫁修業だなどと到底言えぬことも、多かった。
(それでも生きていれば良いことがあるので、不思議ですね)
神使となってからも根っこにあるものは変わっていないけれど、出会えた神使の仲間たちが澄恋の気持ちを軽くしてくれていた。悪ふざけをして、笑い合ってくれる人たちがいる。心から澄恋のことを思って、案じてくれる人たちがいる。同じ目標に向かって、歩んでくれる人たちがいる。視線が合えば手を差し伸べてくれて、行こうと手を引いてくれる人たちがいる。
運命の旦那様も、永遠の愛もまだないけれど、これから少しずつ幸せになっていくのだと思えていた。
これからもずっとこの日々が続けばいい。期間限定の甘味の報せを見つけて仲の良い友人の顔を思い浮かべ、誘ってみようと思える、そんな日々が――。
(あら?)
誰を誘おうかと胸を弾ませていた澄恋は、前方からウエディングドレスの女性が歩いてくることに遅れて気付いた。先に彼女が半歩道を譲ってくれたから会釈をし、そのまま通り過ぎる――はずだった。
小さな興味を抱いたのが運の尽き。
チラリと見たウエディングドレスの女性から、澄恋は目が離せなかくなった。
(――似て、いる)
菫色の瞳以外同じ色などないのに、妙な既視感を覚えた。
けれど、婚礼衣装と、まるで姉妹であるか――一卵性双生児であるかのような容姿。
瓜二つと言っていいほどに、ふたりはよく似ていたのだ。
「失礼ですが――」
辞めておけばいいのに、急激に乾きを覚え始めた喉は勝手に言葉を発していた。
「お名前をお伺いしても良いでしょうか……?」
「……私、ですか?」
初対面で突然名を聞かれることに不思議そうに首を傾げた女性は、けれども断ること無く名を教えてくれた。
「すみれ、と申します。あなたは?」
「わたし、も……
まあともあらともつかぬ声を発した女性が目を丸くした。
父は、短双角に薄い菫色の髪と瞳、鬼紋。
母は、短双角に菖蒲色の髪と瞳、銀舌。
なればその娘も短双角に菫色か菖蒲色の髪と瞳、そして鬼紋か銀舌を持っているはず。
――なのだが、澄恋は長双角に水色の髪と菫色の瞳、狼牙を持って産まれた。
その姿から母の不貞が明るみに出ることになり、母の幸せも、澄恋の幸せも失われた。
それなのに今、眼前に。
(もしわたしが不義の子でなければ――)
そう思える容姿の、名の響きも同じ、よく似た顔の女性がいた。
澄恋が本来持つべきだった――母が不貞をしなければ得るはずだった色を宿した女性。
(この方は……)
嫌な汗が白無垢の下の襦袢を湿らせている。
飲み込んだ唾液の音がやけに大きく鼓膜に届いた。
認めたくはない。けれど、認める他にない。
(――わたし)
神使である澄恋は、似て異なる世界から来る旅人もいることを知っている。そのため、眼前の彼女が、母が不貞をせずに父母の愛の結晶として産まれた『正しい』自分であるのだと確信した。
名を聞いて更に驚いた表情となった澄恋を見て、すみれも遅れて気がついた。彼女がこの世界での自分なのだと。
早速会えたことを喜ばしく思い――けれど、違う容姿にすみれは頬に手を当てて首を傾げた。
「……どうしたのです? その髪に角。まあ、牙も」
――私ならば、そのようにはならないはずですけれど。
それは、純粋な疑問から発せられた言葉だったのだろう。
当然のようにこの世界の自分は、自分と瓜二つだと思っていたのに――何故か違う。
その当たり前のことを心底不思議に思って投げかけられた言葉は、澄恋の存在を揺るがす言葉だとも知らずに。
「――……ッ」
すみれの問いに、澄恋は答える言葉を持たない。ヒュッと空気が飛び込んできたきり閉ざされてしまった喉に肺は苦しさを訴えてくるけれど、澄恋にはどうすることも出来ない。
「『私』……いいえ、澄恋? どうしたのです?」
澄恋の欲しかったもの全てを兼ね備えたすみれは、どうして澄恋がそんな反応をするのか解らない。
「私は此処には居ない方が良いようですね」
白無垢の胸元を鷲掴みにして上手に呼吸が出来ないでいる澄恋を見て理性的にそう判断したすみれはすっと身を引き、向かおうと思っていた方角へとつま先を向けて歩き出す。角や髪色は違うが、あれだけ容姿が似ていれば両親――もしくは片親は同じはず。であれば、この世界での自身の家の事を調べれば、澄恋に聞かずとも答えはすぐに解ることだろう。
「この件についてはまた話し合いましょう。それではまた会いましょうね、澄恋」
優しく美しい声で発せられたその言葉は、まるで死神の鎌のようだった。
●Withering White
愛を知りません。
それは誰にでも与えられるものではなくて、
愛されたことのないわたしは、特別な愛を与えられません。
母が犯した
すみれが立ち去り、糸が切れた人形のようにわたしは崩折れました。
何とか両手で身体を支え、やっと入ってきた空気を吸い込み、噎せて、
対して直前に会った彼女は、わたしの欲しい物を全て持っていました。
どうして、『正しい姿』をわたしに見せたのですか?
わたしに無いものばかりをわたしに見せつけて――ねえ、どうしてですか?
永遠なんてものは、存在しないのかもしれません。
わたしの友人も、大切な仲間も、関わりのあった方――全員。すみれが好意を向けたら、きっと全員がすみれを好きになることでしょう。愛されるために産まれた
わたしはそれが、心底恐ろしい。怖くて怖くて、息も出来なくなる程に。
嗚呼、やはりわたしなど――産まれてくるべきではなかった。