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手を伸ばせば、星の欠片を取りて
登場人物一覧
夜のビーチを歩く。一年前の今頃は、海洋王国で彼と遊んでいた事を鮮明に思い出せる。
「あれは……ちょっち恥ずかしかったなぁ」
思い切って布地面積の少ない水着で彼の前に出てみたものの、内心はバクバクだった。驚く彼の顔を見てニンマリと笑いながら、可愛いと言われた時は頬の紅潮が出てないか心配になったものだ。
照れ隠しか、或いは朔が求めていたか。
「私は、デートとしても、ね……」
勢いで言ったデートという言葉に心臓を高鳴らせ、歳上としての余裕が崩れかけていた己を思い出せば今でも笑えてくる。
それでも、そんな余裕を維持しようもした思考も。
––お、俺は……そうだと、思ってるよ……。
この一言で全て掻き消えてしまった。
恥ずかしい、でもそれ以上の嬉しいが朔の心を満たしてくれた。
今でも胸の中がぽかぽかする。優しく、愛しい想い。自然に出たあの時の笑顔は、過去の自分から見たらとてもでは無いが信じられないものなのだろう。
「わからないもんだ。でも、これが今のあたしなんだな」
神託を理解せし姫は『御言ノ朔那』と呼ばれ、理解されぬまま翻弄されるのを嫌いて外へ出る。
思いのままに手を差し伸べ掴んでいけば、たちまち人々に広まり囲まれる。
顔も覚えていない誰かに言われ、救われぬ何かを掬い取ろうとし、己の意思を封じて『御言ノ朔那姫』は救世の巫女として、またも籠の中で飼われてしまう。
大層な力を持ったばかりに、伸ばされた手を掴んでしまうばかりに、後悔は無くとも願いは肥大化していく。
清貧が果たして良い事なのか。それで神が喜ぶと思っているのか。彼等に分かるはずもない。何故ならあの人達はその声を聞けないのだから。
どうして
一人の人間として、年端もいかない女として、遊び、笑い、学び、食べる。何のことは無い、ただ一人の少女として生きている実感を味わいたかった。
瞬く星々が煌めく天に手をかざし、無いものを掴み取るように拳を握ったその時。
「あれ……」
御言ノ朔那姫。
否、朔・ニーティアは新たな世界へと降り立ったのだ。
「そう、今はただの女の子なんだよ」
花飾りが付いたつば広帽子を、手で押えながら夜空を見上げれば、あの時と似た満天の夜空が広がっている。
過去を無かった事にはしないし、今でも"ギフト"として此の身には、誰かの放つ救世の声が聞こえる。
それでも、僅かに残った寂しさや、求められた役割をこなす義務感を上書きしてくれる程大事に思える人に出逢えた。
自分を『一人の少女』として認識させてくれている彼に巡り会えたのは、凄く幸福な事なのだろうと思う。
「一緒に、在りたいな……」
あの時と同じ様に、夜空に向けて拳を握る。
恋を願い、心を欲す。彼も自分と同じ気持ちであることを祈る。
譲れないのは
「待ってるだけじゃ、何も変わらない」
前に進みたいのならば、動かないと始まらない事を朔は知っている。
口に出してみたら恥ずかしかったが、それ以上に湧き出る感情が唇を形作っていく。
「会いたいな」
「会いたい」
「今すぐ君に会いたいよ」
––そろそろ、この気持ちを君に……。
ぽつぽつと零れ落ちる言葉と吐息に混じる声に、情の熱を乗せて。
潤んだ瞳は涙は哀しみに非ず、伝う雫は溢れる想いの証。
今から連絡を取ってみたら迷惑だろうか。
こんな時間に?
嫌がられたらどうしよう。
でも、でも、今、此の時に顔が見たい。
この情景と過去の記憶が大袈裟に感情を揺さぶっているのかもしれない。
時間を置いて冷静になれば、こんなにも恥ずかしいと思ってしまうのかもしれない。
頭を冷やそうと腕を下ろし、かざした手を眺めたその時。
風の音に乗せられて聞こえてきたのは、とても聞き覚えがある声で、振り返ってみれば––