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力の代価

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣


「お前が為したいのは何だ」
「……正義です」
「私がこうある事に理由があるとするならば、今のネメシスに正義は無い、という事だ」

●白獅子の聲は遠く

「正義は、ない……?」
 リゲル=アークライト(p3p000442)の父親、シリウス=アークライトはリゲルのその問いに一つ頷いた。
 レオパル様がこの国を清廉に戦っているにもかかわらず、天儀は不正義にあふれている。嘆かわしいにも程がある。
 だから、だから――。
 そもそもにおいて、いまのこの天儀が正しいという保証はどこにあるのだろうか。
 ――正義を為せ、正義を為せ。
 父親が魔種と成り果てたことは悔しい。しかして、彼はこの天儀の不正義を厭い、そしてこの天儀を滅ぼすために――自らの正義を貫くためにそうしたのであればそれは不正義と言えるのだろうか?
 父上はなにも間違えてはいないのではないか? 剣筋には人格が現れるという。父上の剣筋は以前と変わらない真っ直ぐなものだった。
 子供の時指南をしてもらっていたときと何ら変わらぬその剣筋。
 父上は魔種に堕ちてもその正義の剣筋に澱みはない。
 懊悩するリゲルにシリウスは手を伸ばす。
「正義を、為せ」
 世界が父上の聲だけに支配される。
 自分はこの不正義だらけの天儀を糺すことができるのだろうか。それには――それには――。
 力が圧倒的に足りないのだ。
 汚職、汚泥、癒着、様々な不正義がこの天儀にべっとりとまとわりついている。それをすべて払拭するには類まれなる『力』が必要なのだ。
 そう、それこそ最強を冠するレオパル様ですら足りない程の力が必要だ。
 不正義を完全に払拭することは現実的に考えて簡単なことではない。その力がなくて天儀は不正義に堕ちていく。
 このままでは天儀が清廉に戻るよりも先に不正義で包まれるほうがずっとずっと早いだろう。数年後、この国はきっとリゲルの理想とする正義の国ではなくなるはずだ。 
 そんなことを許すわけにはいかない。だから――。

 リゲルは震える手を未来(ぜつぼう)に伸ばす。


「――!」
 自分を呼ぶ聲。父上の言葉しか聞こえなかった世界を破るやさしい聲。
 だけれどもダメなんだ。足りないんだ。正義を為すための力が。
 俺は強くならなくてはならない。たとえ何かを犠牲にしたとしても。

 リゲルはその聲に振り向いて泣きそうな顔で微笑んで、「――」と。
 別れの言葉をつぶやいた。
 彼女が泣きながら自分の名前を呼ぶ。
 「――」
 その謝罪の言葉は彼女には届かない。

 手をとった父親の拳が、一瞬だけ震えたように感じた。
 リゲルは父親を見上げる。硬い、巌のようなその表情が少しだけ、悲しそうにみえたのは気のせいであったのだろうか?

 ――漆黒の騎士。
 いつからか天儀にそうよばれる断罪の騎士(エクスキューショナー)が現れるようになった。
 黒い髪に黒い鎧、黒い剣。ただ瞳だけが真紅。
 彼は不正義在るところに現れ、どのような理由があろうが、容赦なく断罪し、咎人の首を跳ねる。
 魔種化によって得た力は絶大なものであった。
 断罪を願えば、どんな屈強な騎士相手でも負けることはなかった。
 悪を討つために魔種に墜ちる。
 ああ、随分と皮肉がきいている。その悪で、天儀の不正義を糺していく。なんてなんて素晴らしいのだ。
 あるとき気がついたことがあった。
 天儀の正義であった白獅子こそが天儀を不正義に導いたのではないかと。
 あれだけの力量を人の身で得ているのに。どうして自分のように断罪をしなかったのか?
 力があるくせに、力があるくせに! ヒトだったころの俺よりあんなに強かったのに、どうして?
 なぜ正義を貫かないのか。不正義を断罪しないのか。
 それは、怠慢ではないのか?
 そうだ、白獅子は力がありながら、傲慢にも、怠慢にも、不正義を糺すことをしなかった。
 白獅子こそが不正義だったのだ。
 ――卿は私の背中を見ていれば良い――
 バカバカしい。俺が今まで見続けた背中は正義ではなく、不正義だったのだ。
 ハハ、ハハハハハハハ。
 なんという茶番。何という喜劇(ファルス)。
 斬らねばならぬ。
 断罪せねばならぬ。
 あの白獅子を。
 正義のために。
 粛清するのだ。
 大いなる正義(ほろび)のために!!!!!!

 その日、漆黒の兩人の騎士が天儀という国を粛清した。
 白獅子は兩人のエクスキューショナーにより十字に貫かれ朱く染まった。
 不正義はいまや屍人。白獅子を討ち取ったあとはまるで砂上の楼閣のようであった。
 白磁の城は今や不正義の朱に染まっている。
「――」
 白獅子が最後に自分を弾劾するようにつぶやいた言葉にリゲルはこころをうごかすことはない。
 なぜならば、これこそが正義。
 自分こそが正義。
 そう、正義(ほろび)であるからだ!
 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ! 正義(ほろび)を為せ!
 父上、正義(ほろび)を為すことはなんと素晴らしいことなのでしょう。
 これこそが正しく義であるのだ!

 そうして世界は正義(ほろび)を刻まれていく。
 彼らの正義は天儀だけではなく、数々の国家に及んでいく。
 刻んでいく、刻んでいく。刻んでいく。刻んでいく。刻んでいく。
 正義を。
 この世界に。
 そうすればとてもこの世界は美しくなるのだから。
 いまやリゲルは人を斬ることに戸惑いなどない。
 老人でも不正義なら斬る。
 女でも不正義なら斬る。
 子供でも不正義なら斬る。
 赤子でも、ああ、この世界に生まれたことが不正義なのだ。
 不正義を全うするまえに正義でもって斬る。
 彼に斬れない不正義はいまや存在しない。
 そう、だれであっても。
 たとえ愛するものであっても不正義は斬るのだ。
 
 なんて、なんて素晴らしいのだろう。
 力による粛清。
 力による不正義の弾圧。
 力による正義の全う。
 
 力に酔いしれたリゲル=アークライトはいまや世界の敵である。

 ローレットは正義の剣と称して各国を襲う魔種二体の討滅に動き始める。
 
 ローレット。
 イレギュラーとかいう不正義をあつめた、ギルドだったか。
 かつての仲間が俺を討ちにくるのだろう。
 不正義を正義と信じた可愛そうな彼ら。
 そんな彼らは俺を不正義と断じる。
 違う。
 それは間違っているのだ。
 滅びこそが正義。滅びこそがこの世界に求められているのだ。
 あのこだけは――。彼女の手だけは汚れてほしくない。いつか、俺はそう思ったこともあった。
 しかし、すでに彼女の手はとうのむかしに汚れていたのだ。
 真っ黒に、
 漆黒に、
 不正義に。
 だから俺が糺してやらなくてはならない。
 
 戦場が真っ赤に燃えている。
 彼女は其処にいた。
 久しぶりに会った彼女はやっぱりきれいで――。
「もうやめて」
 きれいなのに汚れていた。
 イレギュラーである彼らはこの世界の正義(滅び)を砕かんとする。それは世界に逆らう許されざる行為だ。
 だから、俺は彼女を呼ぶ。
 クリミナルオファー。
「一緒にかえろう」
 あのときのままに俺は彼女に告げる。
 まだ間に合うのだ。
 彼女が俺に手を伸ばせば、俺は彼女を斬る必要はなくなる。
 それこそが彼女の幸せだ。
 俺は彼女を幸せにする義務がある。それこそが正義だ。
「――」
 彼女の名を呼ぶ。イレギュラーという不正義から彼女を救い出すために。
「――」
 
 彼女は俺の手を取らなかった。
 泣いた笑顔は透明できれいだ。
 だけど、俺を拒むその瞳の色は――。
 不正義の色で、

 
 醜い。

 俺は剣を振り上げた。
 彼女は両手を広げて一緒にかえろうとなんどもなんども繰り返す。
 ああ、それほどまでに。
 それほどまでに彼女は不正義に壊れてしまったのだ。
 それがとても悲しかった。
 悲しくて。
 彼女の不正義を終わらせるために俺は剣を――。



「うわぁあああああああああ!!」
 俺は絶叫しながらふとんを吹き飛ばしながら起き上がる。
 体は汗だくだ。
 呼吸がままならない。周囲を見回す。
 見慣れた天井。自宅だ。壁にかかっている鏡を見る。白い髪に蒼い目。いつもどおりの自分だ。
 夢、か。
 それもとびきりの悪夢。
 狂気と気づかずにいつのまにか狂気に飲まれていったそんな悪夢。
 ゆっくり、ゆっくりと呼吸を整える。
 きづけば心配そうなかおの彼女が俺の背中をさすってくれていた。
 大丈夫かと不安な瞳。その不安な瞳は最後の瞬間の彼女の瞳にみえてドキリとする。
「ありがとう、ここにいてくれて」
 俺は彼女を抱き寄せる。
 温かい体温。すこし甘い香り。
 これこそが現実。
 腕の中で彼女が真っ赤になって暴れるが、もうすこしだけこのまま君を感じていたいといえば抵抗はなくなる。
 胸の中のこの温もりこそが守るべき正義だ。
 夢のなかの自分にはその温もりはどこにもなかった。この温もりがなくなると考えただけで背筋が凍るような気分がする。
 この温もりを失った自分なんてきっと自分ではない。
 魔種となって力に溺れることが快感ではなかったとは決して言えない。
 それは力を求める自分の柔らかい部分を刺激する。
 ――卿は私の背中を見ていれば良い――
 あの言葉を思い出す。
 ああ、そうだ。俺はその言葉が嬉しかった。
 彼は自分の思う正義そのものであるのだから。
 彼が不正義であるはずはない。
 そう、絶対に。
 苦しい、と胸の中の温もりが文句をいう。俺は謝ってもう一度強く抱きしめてから彼女を開放する。
 すこし頬をふくらませる彼女がほんとうに愛おしく思えて笑う。
 
 俺は決して魔種にはならない。
 この温もりを失いたくはない。
 狂気に飲まれてしまうのはまっぴらだ。
 だから。
 だから。
 そんな狂気の真っ只中の父上も連れ戻す。
 それは誓いだ。
 自らの正義を貫くための誓いである。

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