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ニルトキのおいしい日和 Vol.2『S・R、海鮮丼』
登場人物一覧
「腹……減ったな……」
それはトキノエがシレンツィオ・リゾートのカジノでしこたま遊んだ帰り。
やや……いや、それなりに侘しいことなった財布のことをあんまり考えないようにしながら、彼は空の腹をさすった。
酒も呑みたいが、空腹にアルコールは厳禁。腹にいっぱい入れて酒をイン。それが酒の健全な嗜み方である。ただし財布の状況は芳しくない。
さてどうしたものか、と観光板を見ると、どうやら
強面の眉間に、これでもかと皺を入れて、はたから見ればなんだか深刻なことを考えている風である。が、この男の今考えていることは、ただただ飯と酒のことである。
「あ、トキノエ様!」
「おう?ニルじゃねぇか」
そんなトキノエに声をかけたのは、二番街の方面から歩いてきたニルであった。
並んでみれば親子か親戚か、見た目だけならばそのくらいの年齢差に見える二人は、気安い友人として言葉を交わす。
「何してたんだ?」
「ここのお食事は多種多様とお聞きしましたので、散策の方をしておりました!」
見れば、ニルの手には以前『大阪街』で見た「たこ焼き」がひとつ、厚みのある包み紙に包まれて収まっている。香ばしいソースの香りに、トキノエの腹はいよいよぐうと音を鳴らした。
「トキノエ様、もしかして、お腹が空いておられますか?」
「あー……カジノに没頭してたら、つい」
没頭した結果それなりにスッた、という事実からはそっと心の中で目をそらし、観光板の方を見やる。
「ここ、結構安くて沢山のもんが食えるってのは、本当か?」
「はい!ニルはいくらか歩き回りましたが、大盛りのお店でも、お財布の中身はまだまだあります!」
それは丁度良い、と、トキノエはニルについていくように促す。
「一緒に食うか、飯」
そのトキノエの言葉に、ニルは満面の笑顔を浮かべた。誰かと一緒になにか『おいしい』ものを食べるのはニルにとって特別なこと、そしてその相手がトキノエならば、これまた嬉しいというもの。
「はいっ!」
ニルは残りのたこ焼きひとつをトキノエに差し出した。
トキノエは苦笑して受け取り、冷めていて一口でいけるそれをもぐりと食べる。
そうして二人は、二番街へと繰り出していった――。
●
目の前に出されたものに対して、ニルは目を輝かせながらも、やや首を傾げている。トキノエは店員に思わず訪ねた。
「中盛……と頼んだはずだが、間違ってねえか……?」
「合ってますよ!こちらが当店の中盛です!」
二人の目の前にあるのはマグロ、ウニ、ホタテ、イクラが白米の上に乗った海鮮丼、二人分である。
手頃な値段を求めて飛び込んだ店は海鮮丼が名物であった。この丼は海鮮を穀物の一種である米の上に乗せたものを指す。
トキノエとニルが驚いたのはそのボリュームであった。特盛というレベルではないかこれ?という量の多さである。丼の大きさは常識的ではあるが。
マグロは鮮度が非常に良く、綺麗な赤身にてらてらと光る脂。ウニとホタテは添えるように。想像したニ倍くらいはあるが、これはまぁまだ良い。
凄まじいのはイクラである。綺麗なルビーにも見える艶めいたそれは、丼に盛りだくさんを通り越して、はみ出ている。丼から落ちているイクラは、丼を支えている皿に受け止められているが、そこからも若干はみ出そう。サービスの叩き売りのような様相である。
トキノエが伝票を何度確認しても中盛の記載と値段。
店員は笑顔で賑やかな店内の中、次の接客へ向かいに行ってしまった。
酒、入るのか、これ……。
トキノエ様、お酒、入るんでしょうか……。
……出されたものは全て食べるのが漢の道。トキノエは覚悟してまずウニの方から手をつけることにした。
口に含めば豊潤で濃厚な海鮮の味がし、食感は最高。量と質を兼ねていることを理解する。
「この赤いの……イクラっていうんですね! とてもぷちぷちしていて、はじけたあと、溶けます!」
ニルは皿から漏れそうなイクラから口にし、感嘆の声を漏らした。味は感じられなくても、ぷちぷちと口の中ではじけ、そのあととろりと溶ける感覚がとても楽しい。
ニルの「いかがですか?」という声と目線に、トキノエもイクラを匙で掬って一口食べてみる。
「ん、いいな、これ」
醤油着けされたイクラはほどよい味の濃さ、これだけで酒のアテにできそうである。そのため、トキノエが先程丼のボリュームに引いたのを忘れて即座に店員を呼び、酒を頼んだのも無理からぬ話であろう。
「こっちはぐにぐにしていて……おもしろいです! それで、こちらは……あっ、溶けます! ぷちぷちと違って、口に入れるとするするーっと溶けます!」
ホタテのあとにマグロを口に運んだニルは、きっちり飲み込んだあとに感想を述べた。口に入れて舌の上で溶けるよう、という比喩表現をそのままにしたような感覚。トキノエも思わずそれに続くとまた舌鼓を打つ。
そのトキノエの様子に、ニルは自分が感じた食感に上乗せされたように幸福感を覚えた。
「こりゃあ、穴場を見つけたな……! ただ……」
トキノエは匙でイクラの山をかき分けた。しかし想像しているものが『発掘』できない。
「これ、米はどうしたら見えるんだ?」
●
ニルは、食感に飽きることなくもぐもぐと食べ続ける。特にイクラのぷちぷち感が気に入ったようだった。
トキノエは、この丼はもうどっしりと構えて食べる他ないと判断した。
出されたものは全て食べる主義、お残ししてはいけませんと世界で最初に言ったのは誰か。
ともあれ隣のニルにイクラを任せようという考えは、はなからない。味のしっかりとしたイクラは美味には違いないし、なにより幸せそうに食べているニルを見ていると、この物量に飽きる気がしなかった。
そんなトキノエにニルは「おいしそうに食べている」、とふくふくの笑顔である。
特に異様なのはイクラの量なのであるから、海鮮丼の攻略法として、トキノエは大量のイクラを酒のアテにしながら食べ進めることにした。
トキノエはちびちびと酒を呑みながらイクラを食べる。
ニルはゆっくり食感を口内で楽しむ。
そうして二人同時に
「あ、お米が見えました!」
「ようやく出てきたな……!」
白米とイクラを合わせるように匙で掬う。
ようやくたどり着いた
「っあー!うめぇ!」
今度は思わず、とはいえ店内に迷惑がかからない程度の大きめな声が出るほどであった。
酢を控えめに使っていてそこそこ冷えても美味しい白米、そしてやや濃い味付けのイクラのバランスは極上である。酒も良いが米も良い、腹にどっしり来るこの米の感覚。
「トキノエ様、『おいしい』ですか?」
「ああ、とてもうまい」
にっと笑うトキノエに、ニルはふわりとした笑顔を返した。
「ニルも『おいしい』です!」
丼を食べ進めていく二人。それが空になるころにはお腹はいっぱい。
アルコールで丁度良く酩酊した心地よさと、沢山楽しんだ『おいしい』に包まれる。
「今回もうまかったな」
「はい!」
そうして二人は、幸福感を噛み締めながら店をあとにした。
二人が見つける『おいしい』は、まだまだこれからも、きっとたくさん。