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クッキーを作ろう!~目分量はダメ・ゼッタイ~
登場人物一覧
「あ、エーミール。エーミール!」
探し人がまたフラフラとどこかへ向かおうとしているのをランドウェラが呼び止めようとした瞬間、これまたいつものように彼が躓き転んだところへと駆け寄る。
「やぁランドウェラさん。こんにちは」
「何事もなかったかのようにあいさつをしてくるんじゃないよエーミール。ケガはない?」
「兄さんに気をとられるのはいつものことですから」
平気です、と小さく笑うエーミールの目は兄の幻影を求めてまだどこかを彷徨っている。エーミールの目の焦点をこちらへ向けるように、ランドウェラは指で彼の額をトンと叩いて今日の要件を口にした。
「エーミール。暇だったら僕にクッキーの作り方を教えてくれないか?」
☆
街で必要だと思われる材料を買い集めた2人は、キッチンへと場所を移してエプロン姿に着替えた。ランドウェラ1人なら余裕のある空間も、大柄なエーミールと並ぶと少々手狭に感じられる。
「星型にウサギ型、ハート型にロリババア型。クッキー型だけはいっぱい用意してきたぞ!」
「頭だけだとウサギとロリババアの型の違いが私にはよくわからないですよ、ランドウェラさん」
料理を始める前にテーブルを綺麗に磨き、用意した材料と道具や小物をひとつずつ確認し並べていく。
「まずは小麦粉、バター、卵、砂糖。前にフロランタンを作った時にも使ったから、最低限必要な材料は僕にもわかる。これでバタークッキーが作れるんだよな、エーミール」
「そう(らしい)ですね!レパートリーを増やしたいってお話でしたので、ココアとチョコレート、それからジャムもいくつか買ってきました。形だけじゃなくて、色んな味が楽しめるのがクッキーの楽しいところだと思うんです」
「なるほどな……よし、バターも常温で柔らかくなってるみたいだ。それじゃ始めるとしようか!」
ボウルに水気が残っていないことを確認し、秤を準備しようとランドウェラが目を離す。するとエーミールは無造作にバターの塊を包装ごと掴みあげ……
「ええとまずはバターがいっぱい必要なんですよね!」
ーー用意してあったバターを丸ごとボウルに移し、ヘラで練り始めてしまった。しかしまだだ、まだ挽回できる。次はバターをふわふわになるまで攪拌しなくてはならない。
「砂糖はたぶんこのくらいでいいでしょう。卵と……小麦粉はこのくらいですかね!」
「は、え、んんん??? エーミール? ちょっとまってエーミール???」
「ああ、ごめんなさいランドウェラさん! 少し材料が飛び散ってしまいました!」
そういうことじゃない、と戻ってきたランドウェラが指摘するにはもう既に遅く、妙にボコボコした生地らしきものが練り上げられていた。
「今日は電動ホイッパーは用意していませんでしたからね。片手じゃ大変でしょうから、混ぜるのは私に任せてください!」
「それはありがたいけど、そうじゃなくて計量はしたのか? お菓子作りは正確な分量が大事だってレシピには」
「大丈夫です! だって兄さんはこうやって作ってましたから! ちょっと混ざりにくくても、こうすればいいって言ってました!」
びたぁん! びたぁん! と、エーミールがボウルから持ち上げた生地の塊を勢いよく作業台に叩きつける音が響く。なお叩くのはパン生地であってクッキーでは断じてない。いよいよ練り込まれた薄力粉がグルテンと化し、空気を含んでそこはかとなくもちもちした生地になってきた。
「ふぅ、これでよし!ですね。初めてにしてはそれらしくできました!」
「初めて!? エーミールはクッキーを作れると聞いたんだが……そうか、お兄さんが作ってくれたのか」
まぁまだ材料は残っている。まずはエーミールの思い出のままに作ってみよう、とランドウェラはこの状況をありのままに受け入れた。もしかしたら自分が知らないだけで意外と上手く焼けるかもしれないじゃないか、と。
さて、出来た生地は本来なら冷蔵庫で休ませなくてはならないが、記憶頼りのお菓子作り、そんな工程はすぽーんと抜け落ちる。2人は念入りに手で捏ねた生温かい生地を棒で伸ばし、完成品をイメージした薄さまで広げていく。
「あとは型でくり抜いて……砕いたチョコとか、ジャムを乗せて、オーブンで焼くだけです。色々やってみましょう!」
「一応200℃で余熱はしておいたが、温度と時間はどのくらいか覚えているかな?」
「――いい色でカリカリになったら焼き上がりです!」
「オーケー、わかった。こまめに確認しながら焼こう」
柔らかすぎて崩れやすい生地に苦労しながら型で成形し、クッキングシートの上に並べていざオーブンへ。
「……溶けてきましたね、ランドウェラさん」
「……見てごらんエーミール。ウサギとロリババアが本当に見分けがつかなくなった」
12分後。溶けて広がった生地が固まったのを確認し、オーブンから取り出されたクッキー(仮)。粗熱が取れたところでその異様に薄く元の形が分からないほど広がった焼き菓子を、まずはランドウェラが恐る恐る抓んで口にした。
「薄いのに固い、な。なるほど、こうなるんだな……」
「おかしいですね……もっとサクサクするはずなのですが」
続けて口にしたエーミールが、申し訳なさそうに1枚、また1枚とクッキーになるはずだったものを喉の奥へ片付けていく。材料は間違っていないため、これはこれで食べられないほどではない。ただ、さすがに失敗した生地の残りを焼こうという気にはならなかった。
★
「ランドウェラさん、ほんっとーにごめんなさい! せっかく頼ってもらったのにこんな結果になってしまって……」
「いやいや、これはこれで楽しかったからね! レシピを探して勉強しておくから、今度は一緒に成功させよう! 次は僕が先生になって教える番ってことで!」
それでもしょげた様子のエーミールに、ランドウェラは意識して軽い調子でつづけた。
「エーミールに手伝ってもらえたらすごく捗るってことがよくわかった。正しい手順でも、片手で作るのはすごく大変だから手伝ってくれるかな?」
「……はい! 任せてください!」
今回は残念な出来だったものの、彼らはこの失敗を教訓に、次こそは美味しいクッキーを作ってみせるだろう。まずは、ちゃんとしたレシピを手に入れるところから。2人はキッチンを後にし、再度街へと出かけて行くのだった。
おまけSS『ココアパウダー』
「そういえばココアも買ってあったけど使わなかったな」
「折角ですしホットココアにして頂きましょうか。お湯を入れるだけでいいやつなんですよ」
「え、ココアパウダーじゃないのか?」
「? パウダーですよ?」
「ちょっとまって。原材料みせて」
・砂糖
・ココアバター23%
・全粉乳
・香料etc.
「これミルクココア!! お菓子作りに使うのはピュアココアパウダー!!!」
わりと間違えやすいから気をつけようね。