SS詳細
Duty for weaker/応酬代行
登場人物一覧
コヒナタ・セイ 21歳男 自称凄腕スナイパー。
彼が特異運命座標として新たに混沌に召喚されてから数えて早三日の朝。
初日は唐突な召喚に訳もわからぬまま空中神殿を経由して混沌各地の様子を見て回らされ。二日目はラサのサンドバザールで生来の真面目さから怪しげな露天商に騙されかけ。と散々な出来事続きだったのだが、今日も今朝から泊まった宿に朝食がついていないというアクシデントに見舞われてしまった。昼から夜にかけての大捕物で蓄積した疲労が、宿を取る際のコヒナタの思考能力を鈍らせたのだろう。というわけで現在、コヒナタは食料を求めネフェルストを絶賛彷徨い歩き中。
「そこの髪の毛ボッサボサのおにーさん!こっちこっち!」
「ンー……?」
「うちのおかーさんの作るサンドウィッチ、おひとついかがですかー!」
割と遠慮のない女の子の声と美味しそうな匂いにつられ、コヒナタが辿り着いたのは新鮮野菜のサンドウィッチ屋。おすすめ一つと頼んだら、女の子は奥の母親らしき女性へ注文を伝えたが、振り返ってコヒナタへ矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「おにーさんおにーさん!そのおっっきな荷物ってなぁに?」
「コレはスナイパーライフルっていう武器サ」
「どこで攻撃するの?剣みたいに刃なんてついてないよ?」
「コノ先っぽから矢みたいなのがバシューンって飛び出すんですヨー」
「じゃあさじゃあさ、おにーさんってすっごーく強いの?」
「エエ、ボクは凄腕スナイパーですからネ!どんな相手もお茶のコサイサイですヨ!」
「わぁ、すっごーい! あ、もうできたみたい! とってくるね!」
女の子は母から受け取ったサンドウィッチを戻ってきた勢いそのまま元気よくコヒナタにスマイルと共に手渡した。
「ご注文の日替わりサンドウィッチ、どうぞ!」
「ありがとネー。また来るヨー」
「あはは、変な喋り方のお兄さん! また来てねーっ!」
手を振る女の子が見えなくなったところで、裏通りに足を踏み入れたコヒナタはサンドウィッチを一口。瑞々しい葉物と赤茄子、乾酪に焼けたベーコンの味が口の中に広がった。そのまま腹を満たしたコヒナタは再びネフェルストの散策に戻った。暗い裏通りは、暑いラサの中でも何処か冷んやりとしていた。
特に厄介事に巻き込まれることもなく、昼下がり。コヒナタは地区を一回りし、再びサンドウィッチ屋の辺りまで戻ってきた。しかし、何か店の方が騒がしい。気になったコヒナタは集う人混みに紛れその理由を聞いた。
「うちのサーヴィがお使いからまだ帰ってこないのよ! 誰か見てないかしら!?」
店の奥にいた母親によると、サーヴィ――朝に店頭にいた女の子が、配達に出かけたっきり行方不明になってしまったという。誰に頼まれた訳でもないが、『また来てね』と言われたからには。
「探さない訳にはいきませんね」
店に背を向けて、コヒナタは聞こえた配達先を辿った。一軒目、二軒目と回っていると……周りを気にする怪しい男達を見つけた。物陰に紛れ、内容を盗み聞きする。
「おい 誰もいないな?」
「あぁ、勿論だ。誰にも尾けられては居ねえ」
そう言って小さく笑う二人だが、勿論獲物を取り出し潜むコヒナタには気づいていない。
「しっかしチョロい仕事だったな、ええ?」
「だな。ちょっと『道を教えて欲しいんだが』と聞くだけで誘い込めたぜ」
「クククッ……傷は付けてねえよな?大事な商品だ、傷がついたら価値が下がっちまう」
「当然だ、俺たちはプロだからな…クハハッ」
「店頭の女の子が可愛いから自分のものにしたいたぁ傲慢な依頼だったな」
下手人は彼らだ。コヒナタもそれを認識した。そうと決まれば動きは早い。空マガジンを投げ、二人の意識を逸らす。正反対の落ちた場所で発声された音は、容易くターゲット達を釣った。
「ッ、誰だ!?」
「隠れてるなら出てこい!出ないならこっちから行くぜぇ?」
片方がズカズカと向こうに行ったところを見計らい、コヒナタは物陰から飛び出した。銃身を握り、ストックで油断しきっている後頭部へとスウィング。
「クガッハァ!?」
「おいなんだチキ急に変な声を――ッ!?」
「ハァイチンピラさん、目的地までの道案内をお願いできますカー?」
残されたチンピラの目前で銃口は顎門を広げ、口元をニヒルな三日月にしながらコヒナタは問いかける。
「誰の差し金だ!」
「ンッンー……今はボクが聞く番ですヨ? 急いでいるので、できるだけ早くお願いしマース」
「クソッ、俺らを雇ったのはピーター商会の商会長だよ。場所は──」
自称プロ、とはいえ彼等は日々の命を重視する唯のチンピラだ。利益は依頼よりも重く、命は利益よりも更に重い。脅されればその口は潤滑油が入ったかのように回る。そうしてコヒナタは依頼内容、依頼主、所在地の情報を得た。もうこの場所に用は無い。
「──もういいだろ、帰してくれよ。な?」
「エエ、ありがとうございました。コチラは"お礼"になります。遠慮なく受け取ってくださいネ」
笑って一歩後ずさったチンピラに向かって容赦なく引かれる引き金。飛び出す鎮圧用のゴム弾。額に受けた衝撃で頭を地面に叩きつけられ、結果、チンピラ二人は何方も痛みを伴う睡魔に襲われることになった。
所は変わり、ピーター商会。表向きは善良な顔をしながら、裏では悪どい商売に平気な顔で手を染めているらしい。中庭を偵察中のコヒナタの視界にも、盗賊と商会長による木箱と皮袋のやりとりが映った。
実入りのある取引で気を大きくしている隙を突き、屋根へ登ったコヒナタは、狙撃態勢に入る。狙うは非実在の的、赤い帯の箱。その中身は、爆薬。それこそが、コヒナタに見えた、狙う"べき"もの。スコープを覗き、息を減らし、風を読み。そのトリガーを、引いて。
響く爆音。市街を騒がせるに足りたソレは、匿名のタレコミと並べ騒乱を引き起こした中枢であるピーター商会への現場検証という名のガサ入れの口実を作るに十分だった。夜の酒場で聞いた話では、幾らか取引禁制の品に誘拐された少年少女達は保護、或いは家に帰されたという。
翌朝。ご機嫌な鼻歌まじりで三度目の通りを歩くコヒナタ。何気ない風に装って、女の子の前に立つ。
「またきたヨー」
「お兄さんまた来てくれたんだ! 嬉しいな〜♪ それじゃ早速、ご注文はどうなさいますか!」
「昨日と同じくオススメを一つお願いするネ」
「ふふっ、はーい! おかーさん、日替わり一つ!」
天幕の奥の厨房から返事が聞こえる。そうしたら女の子は振り返って、変わらず柔かに話しかけてくる。
「昨日はありがとうございました、おにーさん!」
「え――昨日ですカー? ボクはただサンドウィッチを頂いただけですヨ?」
突然投げられたお礼に内心たじろぐコヒナタ。幾ら大人の監視をすり抜けても、子供の目は誤魔化せないらしい。
「そうかなー……チラッと見えたあの影、お兄さんだと思ったんだけど……」
「昨日ボクは酒場にいましたし、何があったかなんて知らないですネー。それはきっと、ボクのソックリさんだったんですヨ! アハハッ!」
完成品が届けられるまで不審げな目を向けられたが、コヒナタには笑って誤魔化すことしかできなかった。
「はーいありがとネー、頂いてくヨー」
「またよろしくね、優しいお兄さん!」
「ン、気が向いたら来ますヨー」
手を振って店を離れるコヒナタ。口に広がった味は、昨日よりも芳醇だった。