SS詳細
尊く在れ、醜く在れ
登場人物一覧
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「様子を、見に行ってもらえませんか?」
――白亜の病室で、声をかけられた。
眼前には寝台に横たわる一人の少女。部屋の色彩と同じく真白の髪と肌色を有する彼女は、だからこそこの部屋に溶け込むように消えていってしまいそうで。
「……それは」
だからこそ、『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は少女の言葉に対して逡巡する。
今この時も、寝台から覗く彼女の手を握ったまま、離すことが出来ずにいる彼は、軈て伏し目がちに言葉を零した。
「……村の復興処理は、『ローレット』の支援が入ると聞いています。それでも?」
「はい。クラリウス様の目で、耳で見聞きしたことを、わたくしに教えて欲しいのです」
会話の内容は、二人が以前参加したとある依頼についてであった。
対象に寄生しては無尽の再生能力を有するモンスターの被害に遭った村。シャルティエと傍らの少女を含めた者たちが、その討伐にあたった村。
依頼を経た後、其処が現在どうなっているのかを教えて欲しいと語る少女に対して、シャルティエの表情は暗い。
「僕たちは、村の住民を総て助けられたわけではありません」
「……はい」
「向けられるのは、感謝の言葉だけではないかもしれませんよ」
「構わないのです。それでも」
俯くシャルティエと、微笑む少女。
沈黙は数秒か、或いは数時間か。果たしてその後に首肯のみを返した彼へと、少女は小さく「有難うございます」と言った。
病室を発ち、治療院の廊下へと出たシャルティエは、そのまま歩き出すことは無く、近くの壁へと背を預けて俯きがちに呟く。
「……構わないわけ、無いでしょう」
脳裏に残るのは、つい先ほど別れた少女の姿。
――件のモンスターを討伐するために、己の下肢を焼きつくした、その痛ましい『勲章』だった。
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村を訪れたシャルティエが見た光景は、想像していたものより活気づいたものであった。
モンスター、或いはそれに侵された者たちによって倒壊した家屋や水田などの施設。それを村が総出で忙しく復興している様子を、青髪の騎士は僅かな間、ただ黙って見続けていて。
「……もし。其処の方」
そこで、唐突に声をかけられた。
背後から聞こえたそれにシャルティエが振り返れば、そこには擦り切れた長着を着た初老の男性が佇んでいて。
「嗚呼、やはりあの日に助けてくれた方でしたか」
「貴方は――」
「村の長……の代理を務めている者です。
彼の化生によって、嘗ての村長は亡くなってしまったので」
ぎし、と心が軋む音がする。
幾らか影を落とした表情に気づいた男性は、慌てた様子で言葉を続けた。
「無論、貴方様がたの所為ではありません。元より村そのものが滅ぼされてもおかしくはなかった。
寧ろ、これほど多くの村民を救ってくれた貴方様がたには感謝しか無い」
「……そう言ってもらえると、仲間たちも報われると思います」
『仲間』。その言葉に、今度は男性の方が気勢を衰えさせる。
あの依頼に於いて、参加した特異運命座標達が失ったものも、村人たちに比べて少なくない。それを理解していた男性は、おずおずとシャルティエに問うた。
「お仲間様の、様子は……っ?」
「?」
発しかけた言葉を収めて、突如シャルティエの身体を引っ張る男性。
何事かと彼が思うより早く、何かの風切り音が先ほどまで立っていたところから聞こえてくる。
「……帰れよ!」
次いで、幼い声音。
果たして声の先には、幾つかの石を拾っては投げる、一人の少年が立っていた。
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――先ほども言いましたが、仕様の無いことです。貴方様方は最善を尽くしてくださった。
村の田園地帯を抜けかけた場所で、シャルティエが逃げる少年の背を追う。
――彼の化生に殺された村民の中でも、あの子はとりわけ不幸なことに、両親と兄妹を皆失ってしまったのです。
――残されたあの子は「何故もっと早く来てくれなかったのか」「もっと多くを助けてくれなかったのか」と言っておりました。先の件もそうした身勝手な怒りを貴方様に向けてしまったが故のこと。どうかご寛恕いただけませんか。
一頻りの小石を投げては逃げ出した少年へと漸く追いついたシャルティエは、少年の片腕を掴む。
「放せよ、ちくしょう!」
「落ち着いてくれ、話を――」
「話!? アンタがおれに何を話すって言うんだよ!」
手を離さないシャルティエの肌に、もう片方の手で爪を立てる少年。
少年を掴む腕に赤い痕を浮かばせながらも、シャルティエはその手を離すことはしない。
「『いれぎゅらあず』なんだろ、世界を救う勇者なんだろ!?
だったら! なんでこんな小さな村の人間くらい助けてくれなかったんだよ! アンタらがもっと頑張ってくれれば、父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんや妹だって生き残ったはずなんだ!」
「……僕たちは、一人一人がそれほど大きな力を持っているわけではないんだ」
子供らしい、理不尽で手前勝手な道理。
それにシャルティエが態々理を以て説き伏せようとするのは、眼前の少年が家族をすべて失ったことで感情を抑えきれないのだと理解しているためだ。
――理解している、ためだった。
「それに……あの依頼で、僕達の仲間も多くのものを失った。だから……」
「何が『失った』だ、死んだわけでもないくせに!」
言葉すべてに噛みついただけだったのだろう。
だが、少年のそれはシャルティエの『根幹』を少なからず揺らし始めた。
「……なら、僕たちの仲間の誰かが死んでいれば、君の怒りは収まったのか?」
ぎっ、と言う音が鳴り、少年が掴まれた腕の痛みに顔をしかめる。
「それとも、僕たちがモンスターだけを倒して、誰も救えてなければよかったと?」
青年の纏う気配が変わった。それに漸く気づいた少年は、先ほどとは違う意味でその場から逃げようとする。
腕を振りほどこうとするたび、より一層強まる力。その目に涙を浮かべた少年へ、しかしシャルティエは止まらない。
救う必要のない者を救うために、片腕を、或いは両足を失った仲間が居た。
そこに至った決意を、言葉だけでも蔑ろにする少年に対して、騎士を志す青年は怒りを抑えきれなかったが為に。
「皆が、自分の力量を超えて村の人たちを救おうとした。その結果自分たちが多くを失うと理解していても。
けれど、救われる君たちにとって、それは『当然のこと』なのか? 守る立場、救う立場に在る者の献身は、君たちにとって慮る必要もないモノなのか?」
「お、おれは……」
「何なら」
年端も無い子供に対して己の胸中を吐露するシャルティエは、一拍を置いた後最も冷たい声音で呟く。
――――――そんな理不尽を言う君たちを見捨てて、僕たちに感謝する人だけを救えば、全ては丸く収まるんだろうか?
「………………ぁ」
遂に、少年は泣き出した。座り込み、身を震わせ、大声を上げて涙を零すその様に、シャルティエが漸く我に返る。
「ご……ごめんなさ、おれ……」
「……違う、ごめん。悪いのは、僕の方だ」
絞り出すように、それだけを呟くシャルティエに、背後から漸く初老の男性が追いついた。
「申し訳ない。若い方々の健脚には敵いませんで。
……? どうか、されましたか」
「この子を、お願いします。僕はこれで」
ごめんね。最後にもう一度そう呟いて、シャルティエは弾かれたようにその場を駆け出した。
――或いは、自らの罪から逃げ出すように。
おまけSS
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誰かの援けになることを志した青年が居た。
艱難を打ち砕き、強敵を打ち倒し、救うべきと信じた人々の笑顔を見届け続けることを喜びと出来る存在を、彼は目指していた。
――けれど、その覚悟は今日、この日を以て揺らぎ始める。
『彼らの笑顔に、果たして守る価値は在るのだろうか』。その命題に、彼は未だに是と返すことが出来ようが。
『彼らにあれほどの醜さを向ける己が、果たして誰か守れるような価値を持っているのだろうか』。
その自問に、彼は最早頷く力を失ってしまったのだ。
――××××さん、戻りましたよ。
白亜の病室へ戻り、少女の元を訪れた青年は、そうして村の復興の様子と村長の感謝の言葉を恙なく話す。
その裏で在った、少年との口論は伏せたまま。
彼はきっと、これからも変わらない。『彼を知る人の前では』。