SS詳細
『或る患者の診療に於ける備忘録、第四項』
登場人物一覧
名前:『カルテ参照、このメモに於いては秘匿』
一人称:『「わたくし」。時に「兎」なども。
後者の呼び方は、自らを俯瞰視――或いは、嘲る際などに使うことが多い』
二人称:『「~様」。基本は苗字呼びが多い』
口調:『「です、ます、でしょうか?」等。元は尊敬を込めての呼び方であっただろうそれは、今現在に於いて謙譲を滲ませた印象を覚えた』
特徴:『今回の診療目的である傷は両足。膝の辺りで焼失されたそれらは、現時点に於いて処置は終了している。
それでも、予断は許されない。同様の傷を負い、いまだ懸念の残る『彼女』のように』
設定:
――――――某日、幻想内の診療所にて、とある患者のカルテに張り付けられたメモ書き。
『6/17。患者の容態を記録しておく。
診療する傷は下肢。以前診療した女性と同様、彼女もまた植物型モンスターによる寄生を受け、その支配から脱するために自ら侵食された部位を燃やしたのだという。
右足は腿の部分から無く、左足は膝あたりまで残っているが、火傷の跡は大きく残ってしまっている。
……先にも記述した「同様の被害を負った女性」と比べ、この患者は受けた傷痕が明確に残っていることに加え、依頼終了時も焼失した下肢から皮膚等が形成されることも無く、魔術医による外科手術によって傷の処置が行われたと聞いた。
それは逆説、「傷を独りでに癒すような存在」が患者の中に残っている可能性は無いとも言える。
――そういう意味では、患者は今現在の傷の治療にのみ専念すればいいと言う意味でもあり、喜ばしいことでもある筈なのだが。
件の依頼を経て一ヶ月が経った現在に於いても、彼女の治療は完全に済んだとは言い難い。
寄生したモンスターの影響は勿論ある。かの依頼で短時間の間に皮下組織にまで浸食したそれらの被害は未だ芳しく、下肢の血管や神経系が常人のそれよりも細く、弱くなってしまっているのだ。
このままでは本当の意味で両足を切断せざるを得なくなるのだが――それを避けるための治療へと、時折本人が乗り気ではない姿勢を見せている。
その胸中を、私如き一介の医者が理解できるとは思えない。それが特異運命座標という、巨大な運命をその身に背負った相手であるならば、なおのこと。
……だからこそ、私は彼女に対し、傲慢になろうと思ったのだ。
彼女が何を思おうと、その傷を治せるようにと』
おまけSS
――メモ書き2枚目。
『最初に義肢を勧めたとき、彼女はそれに逡巡していた。
慣れるための訓練や費用。それは確かに要因の一つではあっただろうが。彼女はこうも言ったのだ。
「お医者様。わたくしがそれを着けて、また戦えるようになったなら。
わたくしを知る人は、心配するでしょうか。わたくしがまた、無茶をするのではないかと」
私は、それに答えた。「それは多くの人が抱く想いです」と。
彼女だけではない。危険な生業をするものが大きな怪我をしながらも生き残ったとき、周囲の人間はそれに心を痛め、生業から離れて平穏に暮らしてほしいと願うものだ。
それに応える者も居る。そうではない者も居る。理由も、そこに至った背景も人それぞれで、患者のそれを把握していない私は、だから月並みな言葉しか返せなかった。
――「それでも、戦いたいと願う理由があるのなら。」
――「その人たちを説き伏せなさい。もう心配させないと約束しなさい。それが今、貴方の怪我によって心を痛めた人たちに対する、貴方の責任であり、贖罪です」と』
――メモ書き3枚目。
『「前の記録」から数ヶ月が経った。
義肢を得た彼女は、しかし時々それを外して、車椅子で散歩に行くこともあるらしい。
偶然その時に出会った彼女へ、私が何故かと問えば、向こうはこう返したのだ。
「この方が車いすを押してくれると、同じ歩調で一緒の景色を見られますから」
車いすを押す青髪の青年と微笑みあった彼女の笑顔は、これまで見た中で最も自然なものに見えた』