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面妖
登場人物一覧
置き去りにしてしまった何者かの貌が永久、脳裡に刻み込まれている。巨大な芋虫の唾が頬を融かしていた。これは痛くない。痒くもない。何とも思えない。想いたくもない。賽の河原で遭遇した鬼の金棒を容赦なく揮っていく――つまり僕は気絶したいんだ。噫、※※、こんぺいとう食べる? 切らすまいとしていたのに……。
175程度の背に甘美の欠片がくっつく。
のたうつ虹彩、刺された気分に陥ったのは、暗い々い現実から逃避したいと思ったが故だ。惰性の儘に片目をつむり、片目をひらくの繰り返しで紅白と実に灰らしいダンラリ性、精々、自嘲するくらいの気力が残っていれば良かったものを。這い這いと頷くのは混迷極まっている最悪、現実、おぼろげな脳味噌程度。これは贋作ではなかったのか、と、ある人の声がコダマしている。やけを起こして身投げでもしてやろうか、ワーム・ホール、尾を呑むように、もしかしたら真実に精神を移せるかもしれない。結局は知る事も出来ない、天才、神の領域なのだ。名も無き書物曰く、私は数多の方法を模索したが、彼方側に戻る事は赦されなかった――吐き捨てた痰のシミが掌をまさぐる、醜い、ああ、こんなにも視難いのは何時振りだろうか。絡み憑いた喉笛をようやく昂開する、誰がまったく、後悔したと謂うのか。総ては凡て、人の為にすら成れやしない――幾つかのペンを握り締める、ゆるいゆるい、力の皆無な妄言。少し期待を持ってしまったのが間違いだった。僅かでも、藁に縋ってしまったのが間違いだった。僕は頭の中身を空にして、大きなお皿として、コンペイトウを転がす。からから、からから、啼いているがらんどうの絵面……。
ああ、よくある話さ。アンタ、旅人だろう。アンタ、ウォーカーだろう。なら、新しい出会いでも見つけるんだな。俺も同じなんだけどな、帰れた奴は一人も居ねぇんだってよ。反響している誰かさんの諦観が波のような吐き気を齎してくれている。汚物を睥睨するような天蓋がぐにぐにと歪んでいるかのザマだった。面倒臭がり屋のクセして追いかけていたから『そう』なるのさ。楽しくないのが嫌だってんならとっとと脳味噌を叩き付ければ良かったんだ。イヤリングと称された壁を完全に乗り越えてボソボソ、治せないほどの耳鳴りに窮屈な回転性。これはやはり幻聴なのだろうか。佛草と騒々しい蜷局がカレイド・スコープよりも拙い模様を反芻した。なあ、おい、編み込まれた言語を改めるなんて莫迦らしい。聳え立つ時計塔を取り囲んだ摩天楼、暴力的な質感の、いい加減な人間性――音を頼りにしてはいけない。まだ、諦めたくないと傍らの刀身がギラついていた。しまって終おう。いつの間にかこぼれていた殺意とやらを鞘におさめて終おう。今度はもっと『真面じゃない』人に訊ねてみよう。もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。
それで、苛々と頭皮を掻き毟るのがオマエの仕事だと、呵々、虚空が鉛の如くに全身を潰してくる。狂った輩の妄言なんぞもうたくさんだとズレた色彩感覚が絶望していた。ズキズキと無理矢理押し付けられた痛みが我慢ならないほどの苦悶を注いでいる、これならもう、意識を手放した方がマシなのではないか、正気なのではないか、と、受け入れたくなってしまう。わかろうとしていた事柄が天国からも地獄からも存在しなくなり、空虚だけが精神を支配している。ダメだ、僕はもうダメなんだ。忍耐強いと世間から呼ばれようとも、ここまで蝕まれたなら立ち上がる事だって出来やしない。二度目か三度目かの横たわりが待っている。柔らかい、あたたかい、もたれる、ソファ――。
戸口の彼方側で何者かが、やかましく、どちゃどちゃと音を立てている。幸せを悉く蹂躙したいと、凶暴性、狂暴性を誇示しているかの如く。逸脱とした貌を、輪郭を、晒したくて々したくてたまらないご様子だ。或いは、オマエの存在を脳天から爪先まで暴きたいご様子か。嗚呼、嗚呼、頭が痛いんだ。そんなにも叩いたって、僕は墓場にいないんだよ。名状し難い臭いが鼻腔を貫く。筆舌に尽くし難い音が膨れ、破裂し、あふれる――はみだしていた脳漿が戸口の隙間、真下からどろぐちゃと視えていて……途轍もなく、黒い、闇い……。
オマエの右腕、真っ黒との再解で在った。虚ろな眼球をこぼす事も出来ずに、只、呆然と幸福のケーキをデコピンした。まだ眠い、まだまだ寝足りないと謂うのに、このかわいた笑みとやらを見せつけてやろう。矛盾している現実に、ロゴスに、何もかもに額をぶつける。痛くない。まったく、如何して痛いと勘違いしていたのか。
――僕には、右腕よりも、痛いものはないのだ。
テキトウな指示に従ってパパママの手を繋いでいくと好い。気になる事があったんだ。調べるべき事があったんだ。あった筈なんだ。そんなものは無いから捲る必要はないんだ。振盪する儘に寝返りし、泥状、栞を挟まない……。