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Parents don't know
登場人物一覧
青い芝の広がる光景がある。
幻想の主要都市部。そこから少し外れた、柵で四面を囲んだ人工広場だ。ここは、運動や訓練をこなす為に提供される、イレギュラーズも良く使う場所である
そこに、葵は立っていた。
動きやすくラフな格好で、腕を組み、目の前で案山子相手にノービスソードを振り回す青年を見ている。
「……なんだか、っスね」
変な感覚があると、葵は思う。
見ている青年は今日初めて会う相手だ。ごく最近、戦士として集められた彼は、余りにも動きが悪い。
それを最低限、使える様にして欲しいと、指南を請われて葵は居る。
「確かに動きは悪いっスけどねぇ……」
へっぴり腰、とまでは行かないが、動きの固さが目立つ。しかし、筋が悪いとは思わない。
何かがその動きを悪くしていると、そう思い、そしてそこに違和感を感じていた。
「……いや」
違和感、とも違う。どういう単語が適切かと考えたとき、まず浮かんだのは、既視感という言葉だ。
だが自分は、誰かを教える経験はそこまで多くない。それに、そんなことなら覚えている筈だし、すぐに思い出すだろう。
「っ……、うっ!」
考え込む葵に、青年は遠慮がちな動きを懸命に見せている。
ちら、ちら、と窺う視線は、どことなく居心地の悪さを感じさせた。
……というより、回りくどいっス。
何が彼をそうさせるのか。要因はなんだろう。ただビクついている訳ではない筈だ。
そう探りを入れた時、葵は一つの可能性に行き当たる。
「怖いん……スかね」
合っているのか、間違っているのか。
自分の行動がそのどちらなのかを、青年は重視しているのではないだろうか。
そしてそれに気付いた時、強烈な既視感は蓋をしていた記憶映像をフラッシュバックさせる。
「そりゃ、直ぐに気付かないわけだ」
なぜなら、視点が違っていたのだ。
今、自分が見ている光景ではない。それは在りし日、葵が青年と同じ立場だった、ここではない世界の話。
その日、葵少年は、目の前を走る白黒カラーのボールを追っていた。
加速しきれない走りで迫り、左右どちらの足を使うかの決定を遅らせながら、ポムッとゴムが跳ねる音を鳴らして蹴る。
「ちっ……」
苛立ちの舌打ちを一つ。
白いゴールポストを揺らしたボールの行方を目で追って、葵はスパイクで地面を蹴った。
反省点はいくつもある。ただそれを素直に認めるのは、幼心には腹立たしく恥ずかしいと思うものだった。
「ぷっ」
「……なにわらってんだよ」
それを見透かしたように、吹き出した声がある。
葵はそれをチラリと見て、苛立ちが増したのを自覚した。
なにせ、そいつは笑っている。
ゴールを守るポジションに居ながら、外れると解ったシュートを見送った男だ。
やたらとデカイ体躯で、シャツをはち切れさせる筋肉の主張は鬱陶しいし、顎に蓄えたヒゲなんかなにを気取ってるのかと問いたくなる。
何より、コイツはいつも、自分の動きを馬鹿にした様に笑うのだ。
赤の他人でも腹立たしいのに、それが血の繋がった父親だというのだからたまらない。
外でも家でも顔を合わせるのだから、思い出す屈辱は四六時中だ。
「カッカッカ! 葵よぉ、お前わかってんのかぁ~?」
ムカつく。
この父は、わかっているけど認めたくない、そういう部分を見透かした上で言ってくる。
「失敗にビビって動かねぇより、失敗くらい覚悟の上で動きな! この下手くそ!」
「うるさいな、言われなくてもやってやるよ!」
ムカつくと、少年は憤りを抱く。
転がっていったボールを広い、定位置に戻って向き直り、そして──。
「はぁ……」
葵は頭を振る。
思い返して気分の良いものではない、拙かった自分を見る嫌な回想だ。
忌まわしい、と、そう言い換えてもいい位に。
「あ、あの……?」
「ん、ああ、なんでもないっスよ」
顔に出ていたらしい。
窺う視線の声掛けに、葵は吹っ切る様に軽く笑う。
「ちょっと考え事を。気にせず続けていいっスよ」
ちら、ちら、と横目で見ながら案山子へ向き直る背中を見届け、ふぅ、と一息。
「そういえば……なんだったかな、あの後まだ、何か……もう一言、言われたような……」
記憶の片隅、その更に奥。
思い返さなかった何かがこびりついている、そんな感覚がある。
気のせいだ。そう思うが、やはり違和感はあって、しかし思い出そうとして思い出せるものでもないらしい。
もう一度、頭を振る。
今は仕事の時間なのだ。
考えを切り替え、見る先、動きのぎこちない青年がいる。
「……攻めてる筈が、守りに入ってるっスねぇ」
ノービスソードは、軽く、初心者が扱いやすい刃渡りを意識して作られている。
それを使ってなお剣先がブレるのは、マイナスの想像ばかりが先行しているからだ。
もしかしたら、相手の方が速い攻撃をしてくるかもしれない、だとか。
もしかしたら、避けられ、回り込まれるかもしれない、だとか。
そういうもしかしたらを、架空の敵に当て嵌めて、自分の動きを信じられなくなっている。
だから迷うし、だから不安なのだ。
「新入り君」
嫌な汗と、不安定な動きから来る荒い息遣いの青年へ歩み寄った葵は、その背に手を当てる。
いいか、と目線を合わせる様に顔を寄せ、
「ミスを気にして動かねぇより、ミスくらい承知の上で動くっスよ。イチイチ気にしてたらキリがねぇぞ」
無意識に、いつかの日、言われ続けた言葉を送っていた。
いいっスか? と、再度の前置きを入れ、視線を会わせて青年が傾聴するのを確認。
「成功は自信、失敗は経験に繋がるっス。後はアンタ次第だ。俺が見てるっスから、とりあえずまずはやってみな」
たどたどしくも、力強く頷いた青年を見て、葵は一歩を下がってその経過を見守った。
●
親として、人として、何を残せるだろうと、考えた男が居た。
自分は、言葉をうまく扱えない。
不器用な方だと、自負もある。
それでも、成長していく息子に、伝えられるものを何か、と。
共通するものはサッカーというスポーツだ。しかし二人を繋いでいるのはその一本の線だけ。
考えた。
考えた末に、その一本を太くする事を、父親は選んだのだ。
失敗を考えるあまりに、動きが悪くなった事をからかいを混ぜて励ますと、息子は憎らし気な視線をぶつけてくる。
「上手くいけば自信、ダメなら次に活かす経験だ! 後は……お前次第だがな?」
だからいつも、不敵な笑みで受け止めて、そう繰り返し告げるのだ。
これから先、自分の知らない場所でも、動きが悪くならない様に。