PandoraPartyProject

SS詳細

おもひでⅠ

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 夜も深まる刻限に澄原 晴陽は一人、院長室のパソコンと睨めっこを続けて居た。多忙さを極めるばかりであるのはR.O.Oの一件が終了しても、その余波のように希望ヶ浜住民達の心的な負荷が大きかった事に起因しているのだろう。その後、ドラゴンまで襲来したのだ。怪我をした住民だけではなく、その後遺障害に悩まされる者も多く居た。
 デスクの端には見慣れてしまったシンプルな紙袋。其処には馴染みになってしまった店名が躍っている。気付けば店主とも顔なじみになり常連客と呼ばれるようになってしまった晴陽の夜食として従妹がよく注文する軽食セットだ。小さめのチキンナゲットやサンドイッチが詰め込まれたバスケットとアイスコーヒーのタンブラーが入っている。
(……そういえば、此れを持ってきたのは天川さんでしたか)
 何時もならばお小言をセットにした従妹が持ってくる軽食セットだが、今日という日は違っていた。医者と患者といった間柄で出会ったローレットのイレギュラーズ、國定 天川が仕事で訪れた地で土産物を購入してやってきたのだ。基本的に多忙を極めている晴陽だ。アポイントをとる事は難しく、日中夜間問わず院長室での業務以外に外来に出る事もある。天川が軽食セットを持ってやって来たのは従妹の入れ知恵であろうし、土産物を渡してさらっと帰って行く彼への信頼でもあったのだろう。
 紙袋の傍に置かれていた土産を一瞥してから、そういえばと晴陽は院長室の中に賑わいを与え始めた品々を眺め遣った。

「――はい?」
 その日、晴陽は珍しく困惑を表情に浮かべていた。その日の外来を終えカルテを確認しながら軽食でも食べるかと考えていた最中に来客の一報が入ったのだ。
 院長室から出る事が面倒で備え付けたエスプレッソマシーンを動かしながら来客――天川の顔をまじまじと見詰める。
「先生!」と快活に笑った彼はぱっと見る限りはカウンセリングを必要としている御仁には見えない。それは自身も同じかと晴陽が内心で彼に『自分と似ている人だ』という印象を抱いたのは彼とある程度、会話を積み重ねてからのことである。年齢を重ねれば重ねるだけ、弱さと呼ぶべき要素を見せることが出来なくなる。晴陽も、天川も何方も弱みを見せず日常生活を謳歌しているのだ。
「この間、覇竜領域に仕事で行って来たんだがよ! 先生が好きそうなの置物があったから土産に買ってきたぜ!」
「お土産、ですか?」
「ああ。前に渡した『犬さん』も気に入ってたろ? 此れを見たとき、どうしても先生が浮かんでな。
 仕事もワイバーンレースってやつに出場する仕事だったんだが、今度顔出した時にでもその話も聞いてくれ。今日はコレとみゃーこのヤツから『軽食セット』を預ったから私に来ただけだ」
 忙しくしてるのだろうと気遣うような天川が差し出した紙袋を眺めてから、中から木彫りのワイバーンの置物を取りだして晴陽はぱちりと瞬いた。
 何処か間の抜けたような顔をしたワイバーンは確かに可愛らしく心を惹く。こうした何とも言えない造形の存在を好ましく思って居る事は確かで、表情に滲み出ていることも自覚している。
「あの、お土産を頂戴するような事は……」
「話を聞いてくれただろ? まあ、俺もこんなに充実した毎日を送って良いのかって悩むときもあるんだ。
 そうした話をタダで聞いてくれってのもわるいだろ。まあ、その手間賃だと思ってくれ。不要ならみゃーこにでも……」
「いえ、可愛らしいので飾らせて頂きますが……その、有り難うございます」
「おう」
 にい、と三日月の形に変化した唇。その笑みを見てから晴陽は返答を間違えていなかったかとほっと胸を撫で下ろした。
 ビジネスパートナーと呼ぶにはまだ希薄な関係性ではあるが、カウンセリングの最中に感じた親近感から晴陽にとってもある程度は話しやすい相手であるという認識があった。
 年齢的な事もあるが本心を曝け出す必要のない関係は心地良い。己を律し、弱みを見せることなかれと教育されてきた晴陽にとって友人関係と呼ぶべき存在はほぼ存在していなかった。学生時代に出来た数少ない友人とも疎遠や死別を経験している。故に、どのように彼に返事をするべきかを晴陽は頭を悩ませたのだが――
「じゃあまたな! あんまり根詰めて仕事するんじゃないぜ?」
 彼が笑っているからには一先ず正解だったのだろう。木彫りのワイバーンは一先ず、棚にでも飾っておこう。丁度、良いアクセントになりそうだ。

「よぉ! 先生!」
 二度目の土産物はと言えば、希望ヶ浜で購入してきたものなのだそうだ。コツメカワウソのキーホルダーの材質は確かに再現性都市でもよく見かけるものである。
「今回は地元の依頼だったんで、土産話は用意してないし土産も買わないつもりだったんだがな……ちょっと帰りに妙に目に付くやつがあったから買って来たぜ」
「これは……」
「コツメカワウソ? って生き物らしい。良かったら使ってくれ」
 可愛らしいだろうと差し出されたキーホルダーを手にして晴陽は「どこで」と問い掛けてから口を噤んだ。最初に渡されたワイバーンの木彫りの置物に関しての思い出はその後、『前人未踏と呼ばれた覇竜領域』についての情報収集を兼ねて彼から聞いた。練達ではお目に掛かることのないようなファンタジー生物、ワイバーンでのレースというのも如何にも混沌世界らしい在り方だと晴陽は関心したものだ。
 だが、今回は希望ヶ浜での仕事であり詳細は口にされない。晴陽は「可愛らしいですね」とだけ礼を言ってからキーホルダーをそっとデスクの引き出しへと仕舞い込んだ。
 三度目の土産物の際には水夜子より内線で「ちょっとすごいものが来ました」と連絡が来るほどだった。笑いを堪えた彼女に一体なにが来たのだと晴陽は困惑しながらも――天川からの土産だというならば少し楽しみになってきた自分がいることに気付いて居た。
 と、言うのも『二度目』の土産はどうやら祓い屋が関連していたのだ。晴陽と燈堂 暁月の関係性を上辺だけでも理解している天川は敢えて彼のことを口には為ず、土産だけでもと渡してくれたのだろう。晴陽にとってはその気遣いはある意味で有り難い。暁月が悪いわけではないが、どうにも切り離せぬ過去がちらついて平静を保てる自信がないからだ。
(……今回は何処に行ったのでしょうね。『すごいもの』だそうですし……)
 院長室をノックする音が聞こえて晴陽は「はい」と告げてから面食らった。開かれた扉一杯にぎゅむぎゅむと巨大な何かが詰め込まれたからだ。
「先生! 海洋土産を持って来たぜ! 今回のはちょっとデカイ! 流石にでかすぎるかと不安だったが、つい買っちまった……! 寝袋にもできるらしいぜ!」
「天川さんですよね?」
「ああ。すまない。でかすぎたな」
「いえ、凄く……その、それは私の自宅に運びましょうか。持ってきて頂いたのに悪いのですが……」
「いや、構わない。先生の自宅って近くのマンションだったか?」
 拠点として間借りしているマンションに一先ず運び込もうと晴陽は天川に頷いた。寝袋にもなるというジンベイザメのぬいぐるみもなんとも可愛らしい顔をしている。そのテイストも実に晴陽好みだ。
 暇をしていた病院事務の手を借りながらジンベイザメを運びながら晴陽は「海洋王国に行かれたのですか?」と問い掛けた。
「ああ。依頼は密林での考古学者さんの安否確認だったんだが、現地部族に言葉は通じねぇわ道中30cmはあるダンゴムシを同僚が投げて遊びだすわで中々大変だった……と、まぁ土産話はいずれゆっくりと聞いてくれ」
「それは……私の知っている海洋の印象とは大きく変化しそうですね」
「運ぶ手間を掛けちまった。今度の土産を持ってくる時には差し入れを用意しておくから楽しみにしていてくれ」
 水夜子から晴陽の気に入っている軽食の店を聞いておくと笑った天川に晴陽は有り難うございますと告げてから部屋に安置されたジンベイザメを眺めたのであった。

 と、其処まで思い出してから案外寝心地の良かったジンベイザメの寝袋の利用率が高かったことを思い出す。
 床で雑魚寝がしたいわけではないが、使用してみればふかふかとしていて非日常感を感じて何となく気に入ってしまったのだ。
 デスクの引き出しに仕舞い込んだままのカワウソのキーホルダーも鞄などに付けてやってもいいかもしれない。暁月や祓い屋に関連するからと彼に気遣わせて仕舞ったが、それも苦い過去程度で終わりに出来るだろうか。
 院長室の棚――木彫りのワイバーンの傍で倒したままにしていた写真立てに手を掛けたのは暁月を思い出したからだ。高校時代の写真は詩織や心咲と撮った春の日の思い出だ。その写真を眺めたのも随分と久しぶりだと晴陽は息を吐いた。リフレッシュを兼ねて出掛けようと誘われたシトリンクォーツの水族館で天川が今日の記念にとプレゼントしてくれたウーパールーパーとオオサンショウウオさんを写真立ての傍に飾る。
「……可愛いと思うんですけれど」

 ――先生、わりぃ。少し遅くなっちまったが、水族館に付き合ってくれてありがとうな。
 お蔭で思い出に浸ることが出来たし、色々考えられた。
 オオサンショウウオ? とウーパールーパー? だったか?
 あのぬいぐるみで本当に良かったのか? まぁ嬉しそうなのは見て取れたし、先生が気に入ったならいいんだ。

 その後、天川から届いたメッセージを見て晴陽は「まだまだ天川さんにはこの可愛さを理解して貰えてないのですね」と鼻を鳴らして笑った。
 最初の頃は土産を受け取ることも気を揉んでいたが、今になってはどのような贈り物がやってくるのかと少し期待している部分さえある。晴陽から見て可愛らしいと感じるぬいぐるみやグッズを天川自身もついつい目で追ってしまっていることだろう。
 そうやって自分が好ましく思うものを誰かと共有する経験が晴陽にはあまりなかった。だからだろうか、少しばかりの楽しみを其処に見出してしまっている気さえする。
 勿論、天川の好意での土産だ。晴陽自身も其れを強要するつもりはないが殊更に土産物を断る事もない。

 ――あとな! 黒狼隊の連中と覇竜領域と覇竜桜ってのを見に行ってきたぜ。夜に光って綺麗だった。
 今回は写真を撮って来たが、いつか先生とも一緒に見られるといいんだがな。

 添付ファイルの覇竜桜も美しく、彼がイレギュラーズ達との思い出を増やして言って居ることに安堵を覚える。自分も、彼も、どうにも過去と向き合う事が出来ずに未来に関して臆病だ。似ていると感じている相手だからこそ、そんな彼が前に進む姿を見るのが晴陽にとっても喜ばしい事であった。
「……私も、一緒か」
 その様なときが来るのかは分からない。澄原の家の跡取りとして安全な領域から出ることは控えている。他の国への旅行も自由に行う事が出来れば更に経験を重ねられるのかもしれないが自身に何かあれば弟にいらぬ重責を背負わせるのではないかと気がかりにさえなってしまうのだ。それ故に誰からの誘いであっても多忙や安全面を理由に断ってしまっている。
「その様な時が来ると良いですね……」
 自分と似ている彼が、明るく手を差し伸べてくれるからこそ自分も同じように進むことが出来るのではないか――などと夢を見てしまう。それが夢ではないと言われても、晴陽にとっては淡い夢の一つなのだ。臆病な自分が変わっていかねば、練達の外に出るというのは難しい。それでも、少しずつ変化をしていく自分がいるからこそ「いつか」と口に出来たのかもしれない。
 最初の頃は、カウンセリングでだけ関わっていた相手であったのに自分と似た箇所を見付けて親近感を抱いてから少しずつ歩み寄ることが出来るようにもなったと晴陽は感じている。シトリンクォーツでのんびりと泳ぐ魚を眺めながら、過去をぽつりぽつりと零すだけの空気感が妙に心地よくも感じられたのだ。
 土産物の数が増えるごとに、少し賑わいを増していく院長室で晴陽はうんと小さく伸びをしてからもう一度パソコンに向き直った。今日は早くに仕事を終わらせてジンベイザメの寝袋にごろりと転がって本でも読もうか。「無理をせず、休憩をしろ」と忠告する天川を思い出して「言われなくとも」と晴陽は一人呟いたのだった。

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