SS詳細
好機逸すべからず
登場人物一覧
●軍靴の音は遠ざかり
祖国『鳳圏』は、元は村と呼ぶのが限界といった程度の小さな規模の集落群であったが、集落が村となり、村が街となり、そして
その急成長とも呼べるほどの文化成長は、同時に鳳圏国内の軍事化を促進させ――それは最終的に、鳳圏、鬼楽、伎庸の戦争を引き起こした。
現在、争いは終結し、祖国を始めとした三国――全ての集落は鉄帝によって併呑され『鳳自治区』となり、焼け野原となった荒れ地を復興している最中である。
――チャリ。
ポケットから鳴った金属音に気付いた俺はポケットに手を突っ込み、無造作にそれを掴み上げた。
「……ああ」
飾りっ気のない首飾り。
渡す機会を窺いつつ、渡せずにいつまでも俺と居たお陰で戦火を逃れることが叶った其れ。
(そういえば、ずっと持ったままだったな)
なんて。
見る度に思う。――思うのに、未だに渡せていない。
今日偶然会ったら渡そう。そう思っていると、その日に限って出会わなかったり、あいつ――栄龍が上官と話していてそういう雰囲気じゃなかったりする。俺自身が尻込んでいる訳ではない。ただ、タイミングが悪いだけ。その筈だ。
(――何で栄龍にやろうとしてたんだっけ)
●うぐひすの鳴かぬかぎりはあらじとぞ思ふ
まだ戦をしていた頃、隊の休みが偶然重なった俺と栄龍は
それなのにあいつ、洒落っ気のある物にとんと興味を引かれやしない。婚約者殿にどうだと薦めても、あの男は顔色ひとつ変えやしなかった。こういうちょっとした折での
結局百貨店はすぐに引き上げ、俺達はいつもの市へと向かった。栄龍が生活必需品を求めたからだ。
本当に栄龍は朴念仁だ。頭でっかちのクソ真面目で、買い物だって必要最低限の物しか買わない。確かに贅沢は敵だが、俺達は軍人だ。御国のために命を張って戦っている以上、民間人よりは金銭を得ている。それなのに、だ。ワンランク上の物を薦めれば、逆に俺が叱られる始末。質素倹約の文字が服を着て歩いているような男なのだ。この栄龍と言う男は。
栄龍は、飾りっ気のない抜身の刃の様に純粋で、銃剣の先のナイフの様に鋭く真っ直ぐな男だ。
(稀には飾ればいいのにな)
堅物すぎるが、男らしい好い男だと俺は思っている。遊びが足りないと馬鹿にする奴は見る目がない。
色気のない買い物ばかりをする栄龍を眺めながら適当に市を冷やかして回る――その時だった。其れが目に入り、俺は足を止めた。
(栄龍に似合いそうだな)
金属の首飾り。飾りっ気のないところがあいつらしくていい。
俺はその首飾りに一目で惚れた。そんな言葉
(薦めてみるか)
贅沢だと眉を顰めるかもしれないが、日々の感謝を口にして贈ってやれば栄龍も断りはしないだろう。
「なあ、えいた――」
「なんだ志村、また女性への贈り物か?」
出鼻を挫かれた。
「いつもより飾り気がないが、今回の女性はそういった物が好みなのか?」
おまっ! お前! お前だよ、栄龍!
なんで呆れた顔してくれちゃってんの。お前に似合いそうだと思ったのに。
栄龍の中では、俺が装飾品を買うことは女性への贈り物になるようだ。まあ、大抵はそうなのだが。
「やっぱいいや、やーめた」
「いいのか」
頭の後ろで腕を組み、興味を無くした素振りで装飾品の出店から離れ、俺達はまた買い物へと戻った。
ひと通り市を見て回り、帰ろうかという頃、俺は足を止めた。
矢張り先程の首飾りが気になっている。
「買い忘れをした。先に行っていてくれ」
「すぐそこだろう。俺も着いていくが?」
「いーや。えいたっちゃんは荷物があるじゃない? 一度宿舎に寄ってから、先に店の席でも取っといてよ」
「それもそうか。解った」
飯を食う前に買った物を置いてくるというのは道理に叶っている。ふむと納得して頷いてくれた栄龍に内心安堵を覚えながら、俺は踵を返した。何でこんな事を誤魔化しているんだかと思わなくもないが、急ぎ向かうのは先刻足を止めた装飾品を扱う出店。この時間ならまだ店じまいには間に合うはずだ。
「お姉さん、さっきの貰える?」
夕暮れを背に駆け込んだ俺に、店主の女性が頬を染めて微笑んだ。
この首飾りは飯の時にでもさり気なく栄龍に渡してやろう。
*
*
*
(なぁんて思ってたのに、渡せなかったんだよなぁ、あの夜)
とか何とか考えながら歩いていれば、丁度良いことに栄龍を見つけた。
「おーい、栄龍! えいたっちゃーん! こっちこっち、こっちよー!」
「む。……なんだ、志村か。気色の悪い呼び方をするな」
眉を顰めるくせに、栄龍はなんだどうしたと近寄ってくる。人の好い男だ。
「いや、大した用じゃあないんだがな」
栄龍は首を傾げ、俺の言葉の続きを待っている。
――待てよ。
そこでふと俺の脳が小さく警告を発した。
しかも、栄龍が覚えているかどうかは解らないが、購入してからそこそこの月日が流れている。その間に何度も顔を合わせているし、出掛けた翌日にだって会っている。今更になって渡すのは可怪しいだろう、ふつー。
「どうした、志村」
「あー……いや、」
歯切れの悪い俺を訝しがるように見た栄龍が、ハッと何かを察したような顔をした。
何。お前、こういう時は勘がいいの?
「……此処では話せない内容なんだな? 場所を変えよう」
「あー……あー、うん。そうだなー。そうかも、なー」
……勘は良くなかった。そうじゃない。そうじゃないんだ、栄龍。
しかし俺にとっては渡りに船と言えなくもない。首の皮一枚で繋がっている状態だが、悩む時間を作ることに(偶然だが)成功した。あーもー、もっと前に考えておけよ、俺。そういうの、得意な筈だろ!? 機転が利くのがウリな筈だろ!?
「飯でも食いに行くか」
時間も良い頃合いだしなと栄龍が歩き出し、俺は栄龍の後に続く。
……ああ。今回、俺は渡せるのだろうか。
胸ポケットに収まる金属が、何故だかズシリと重たくなったような気がした。
あーあー。これが可愛い
なのにこいつを前にすると、色々と考えてしまう。俺がどれだけお前の存在に救われているか、大事に思っているか。素直に言えたら楽だろうに、茶化してしか言えない。
――ほんと何やってんだか、俺は。
栄龍が笑う。
俺の気も知らないで。