PandoraPartyProject

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私が僕の中で俺に成る為の儂の様な私ってなんだっけまあいいや

登場人物一覧

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
ロジャーズ=L=ナイアの関係者
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 ずぶりずぶりと靴底が埋まる毛深い絨毯の上を行く。こうまで来ると抜き足も差し足もまるで必要がない。こっそりと忍び込んだ側としては有り難いことこの上ないのだが、何というか、張り合いがないというものだ。
「Nyuhahahahaha! 侵入乱入見事に成功よ。見たかあの宙ぶらりんの観測者め。我輩にこの子に私様に不可能などないわ!! 景気が良いぞもう一度! さあさ皆さんご一緒に!! Nyuhahahahaha!!! おっといかん静かにせねばな!! しーっであるぞ、しーっであるぞ。湧き上がる若いパトスを軽く投げ込んで仕舞い込んで仕舞おうな」
 誰に聞かせる台詞というわけでもなく、彼女はここに一人で居るのだが、一人で忍び込んでいるのだが、興奮を抑えきれぬといった様子で小躍りしながら指先を打鍵でもするかのようにうねうねだらだらさせてそう言った。
 無論、まるでこっそりとは出来ていない。『しーっ』を有声発音していると言えば、その間抜けさも伝わるだろうか。
「ううむ、デシペル量で考えて相対的に絶対的にも反社会的にも如何せんなかなかの騒音猛々しいのではないかと客観的に自分を見つめ直しても居たのだが、誰も出てこないな……こうなると若干不気味だな。おーい、記録物品ー。我輩様であるぞー」
 自分から家主に呼びかけている。もう侵入してるんだか遊びに来てるんだか不明だが、ある種、無理もない。
 ここで一人は、細心極まる。
 彼女――マッド・クレイジー・ウェストが忍び込んだこの屋敷は、そういうものだ。そういうものだ。
 深く靴底が埋まる絨毯は柔らかい毛皮のようでいて、深く深くじゅうぶりと何かの液体に浸されているようにも感じる。先程から靴先が赤いのは何だ。これは何の色だ。
 壁紙は悪趣味にも赤紫色をしていて気持ちが悪い。指先で触れれば、自分が慄いているのを感じる。どくんどくんと、ほら、こんなにも心音が確かだ。違うこれは自分の心音だ。自分の心音だってば。指先に感じるこれが壁から伝わる脈拍だなんて信じないぞ。
 というか赤紫ってこんな色だっけ。明かりもないのにどうして見えているんだっけ。外から見た屋敷はこんなにも広かったっけ。この廊下はどこまで伸びているんだっけ。そういえば私、どうやってここに来たんだっけ。
「……よ、ようし、考えないようにしよう。考えないぞ考えない。人類は思考を止めないことで進歩してきたんだ。つまり逆説考えなければどこにも進まずこの場にずっとヒイなにそれ怖い!! どこかに繋がってよどこかに辿り着いてよてかさっきから壁見えないんだけど道広いんだけど!! これ真っ直ぐ歩いてる!? これどこかに着く!? 落ち着け落ち着けこういう時こそラマーズ法! ひっひっふーひっひっふー同じリズムでセサミセサミオープンセサミ! セサミセサミオープンセサミ!! ひゃあやったぜドアだ! いいのか流星わちきまだ三回唱えてねえだべさ!?」
 多分どこかで誰かがボール集めて呼び出したドラゴン的なあれそれの願いを横取りしたんだと脳内補完することにして、ウェストは急に出てきた扉のノブに手をかけると。がちゃり。
「お、おおおお、おっじゃましまー……中に誰もー、いませんかー? 居てもいいんだよー? 怖くないやつ限定でさー。記録物品とか駄目だあいつ怖い方じゃん。もうやだああ、絨毯のじゅぶじゅぶが靴の中入ってきたあああ。ねっとりしてるもん。アタクシこの粘度よく知ってるもぉん」
 半べそかきながら、部屋の中を覗き込む。本当に明かりのひとつもないのに、視界の所々が不自然に見通せる。おかげで遠近感も掴みにくい。
 そこはひとつのショウケースだけが置かれた部屋だった。
 他に調度品のひとつもない。窓のひとつもない。もうどうやって帰ればいいんだこれ。
 だが、マッド・クレイジー・ウェストの中身に恐怖も忘れて色めきだった。歓喜する。乱舞する。だってそれは、彼女が愛して止まない。
「お肉だあぁああああぁぁぁああぁぁ……!!」
 ウェストは迷うこと無くガラスケースを取り外し、あれ外れない。思いの外硬い。もういいやパンチ。がしゃん。破片が刺さったけど気にしない。中身を持ち上げて顔の前で掲げちゃう。匂いも嗅いじゃう。顔を埋めちゃう。
「ふっはああぁっぁあああぁぁ、何だコレ何だコレ。こんなにもフレッシュなのにマジ腐敗臭やべえし! どっからどう見ても肩ロースの切り落としなのに中でどっくんどっくん言ってるし! ねえ今のわかった!? 中で蹴ったのよ!? はぁあぁあああん、柔らかいのに質感チタンっぽいしいいぃいぃい……!!」
 テンション上がる。上がりすぎて怖かったことも侵入してた事もすっかり忘れている。
「これいい? いいよね? 頂いちゃっていいよね! お肉だもんね! 冷凍保存してない方が悪いんだもんね!! 拙者だって冷蔵庫に入ってたら盗らないけどさあ、こんなとこに入ってたらいいよねえ、いいよねえええ」
「いいおおあ! おんあおおおいおいえうおうああういんあよ! おんなんじゃあおいくがあいあうよ! ないあうよ!!」
「はぁぁああん、喋ったあああ! 何言ってるのかさっぱりだけど鳴き声だあああ嗚呼ぁああぁ。どこどこ、口どこ!? ……あったあぁあぁあ、何か俺ちゃんに似てるううぅうう……!!!」
 テンションが鰻登りに上っていく。何だこのお肉。こんなの見たことがない。
「おあおうだよ! あっておえちゃんはああくしだからね! あえ、あたういがおれあんなのかな!?」
「すごいぃぃいいい私の声だあ! 私の声に似てるううう!! ……え、あれ? 鳴き声じゃない? 凄い、成長してる! 成長してるぞこのお肉!!」
「いあうよう。せい長あないの。同おうなの」
「――――え?」
 ん、今なんて言った? なんて聞こえた? 成長じゃない。どうちょう? 同調?
「そうあよう。同調していうの。私のチャンネうに俺ちゃんが同調していってるの。同じになっているんだよ。俺ちゃんが、私のそれと同じところに」
 もうはっきりと、聞こえる。聞こえている。この肉は、自分の声で私に話しかけている。いいや、今やもう肉とは呼べないかもしれない。表面には眼球が浮かび、鼻が現れ、指が生え、徐々にヒトの形を持ち始めている。
 いいや、いいや。はっきりと言おう。これは私になっていっている。
「あれ? え?」
「うんうん、混乱するよね。でも大丈夫。よおく考えて。私達は今わかり合っている。同じステージに墜落し、同じチャンネルに塞ぎ込んで、私達はわかり合っている」
「……わかり合っている」
「そう、同じものになることが幸せなの。全人類が私であれば私は私でしかない。私は私になれるの。私は私であれば――」
「私は私であれば――」
「「ほら、こんなにもみんな幸せ」」
 声が重なった。
 最早切り落とした肩ロースとヒトとの境目が曖昧になり、私が喋っているのかも、私が喋っているのかも定かではない。
 でもわかっている。わかっている。わかり合えることをわかり合っている。嚥下して、消化して、吸収して。
 そうしてそうして、ええっと、なんだっけ。
 誰かに声をかけられたような気がして、誰かと心が欠けていたような気がして、振り向いた。
 あったのは顔。影ばかりの顔に、三日月が張り付いている。
 どうしてだろう。
 多分私も今、同じ顔をしているのだ。

 了。

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