SS詳細
湯煙に秋旅
登場人物一覧
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森の木の葉が、燃ゆる炎の色へと衣替えをしてきた、今日この頃。
冬の身支度にと、『浄謐たるセルリアン・ブルー』如月 ユウ(p3p000205)が『治癒士』セシリア・アーデット(p3p002242)と『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)と一緒に、幻想の商店街で冬服の下調べをしていた時だった。
偶々立ち寄ったお店でタピオカジュースを3つ買い、数百ゴールド以上のタピオカドリンクお買い上げでくじ引きが引ける!! ――とのことで、ユウがどきどきで引いてみると……、ステータスのクリティカルの数字がいい感じに回り、そして当たったのがなんと。
森の中にある温泉の宿泊券。
折角だし。
これも縁だし、と。
旅行鞄を揃え、休日も示し合わせてやってきた―――という経緯。
で。
「考えてみると、恐ろしいくらいによく出来た流れよね。仕組まれてない? カメラどこ?」
「さっすがユウ! ね、ティアさん? 折角の旅行券だもの使わないのは損よね!」
「うんうん。きっと日ごろの行いがいいんだよ、たぶん」
なんて実りは無いが暇つぶしにはなっていく――女性たち特有の会話が延々と繰り広げられつつ、三人は部屋の鍵をフロントで受け取り、個室へと向かった。
幻想の国にしては珍しく、異国――いや、異世界風の温泉旅館であった。
これを世に聞く和室というのだが、そういった文化はまだ幻想には根強くはないだろう。
解説すると、床はフローリングだが、歩く度に軋む音が何処か心地が良く。
硝子張りの窓が続いていく廊下から見える景色は、赴きがある。
和一色で、日本庭園を模したというのだが、ユウたちにしてみれば、それは一体どこの世界の文化なのか気になってしまうものだ。
ティアが部屋の鍵を開けて、外開きの扉から中へと入る。
部屋は、畳であった。
椅子やテーブルでは無く、机と座布団というものが中央にあり、掛け軸と生け花がそえられている。
落ち着きのある空間で、王級チックで上品に飾られた金と銀の部屋よりは、癒しに重点を置いているデザインなのだろう。ユウは入るなり、部屋を見回して立ち止まった。そのユウの背中から顔を出すように、ティアとセシリアがいる。
「はー、いいわね、思っていたよりも落ち着けそうだわ」
ユウは部屋の隅に荷物を置いてから、二人を見た。まずは荷物整理なのだ、遊ぶにしてもまず準備は必要なのだ。
しかし。
「って」
ティアとセシリアは既に、畳の上に寝転んで移動の疲れを癒し始めていた。
ぺったりと背中を畳みにくっつけているティアと、横向きにゴロンと寝ころびながら背筋を伸ばしているセシリアを見下ろしながら、ユウは腕を組む。
「もー、二人ったら」
「あーこのまま寝れちゃうかもしれない」
「そうね、すっごく床がいい匂いがする、なんだろうねこれ!」
旅行という事で、いつもよりもテンションが上がっているセシリアは、隣で羽を畳みの上に乱れさせて寝始めているティアの隣ではしゃいでいた。ユウはそんな二人を好きにさせつつ、自分の荷物を整理していく。そして、荷物を置こうと棚を開けたところで、そこに置いてあったのはふかふかなタオルであった。
「何々?」
「何があった?」
「えっと」
再びユウの後ろから覗くように、棚の中身を食い入るように見る二人であった。
ユウは、恐らく旅館の雰囲気に合わせて茶色を基調とした色のタオルを取り、振り向く。
「まだ来たばかりだから、寝たら勿体ないわね。ほら、早速温泉。いこ?」
「温泉! いく! ティアさんも一緒にいくよね!」
「もちろーん」
という事でやってきたのが、温泉。
屋内のお風呂はヒノキの香りがする浴場で、外へいくと岩風呂になっており、ひとつで二度おいしいような形。
早速ユウとティアは温泉の湯船へと歩き出――す前に。
「お待ちください!」
セシリアはふふりと鼻を鳴らした。
セシリアがいうには、温泉にはちゃんと入り方というものがあるらしい。まずは身体の汚れを落として、綺麗にしてから浸からないといけない。
「って更衣室のポスターに書いてありました!」
語っているセシリアの瞳に、星が散らすように輝いていた。
「な、なるほど」
「じゃあ、シャワーのところへ行かないとダメね」
ずんずん進んでいくティアとセシリア。しかしユウはどこかぎくしゃくしたような動きでいる。
なんとなく、これは、ユウのなんとなくという第六感であるのだが。何かシャワーで一事件が起きるような気がする。そんな予感にユウの進む一歩がなんだか重い。
いやよく考えてみよう。シャワーも何も横一列だけではない。故にユウはあえてティアやセシリアとは少し離れた場所に行こう――といて。
「そっちじゃないよ」
「そーそー、あっちの場所で確保しておいたよ! ユウ!」
ユウは半ば引きずられるように、結局三人横一列に隣同士で並んだのであった。
「ふたりとも。言っておくけ「お風呂!」
「一人で全部できるから何もしn「ふふお風呂と言えばお約束の洗いあいっこを外したら駄目だよね!」
「……」
ユウの声よりもセシリアのテンションが勝り、全てかき消された。
「ユウ何か言った!?」
「や、別になんでもないわよぅ……」
ユウとしては、きっと悪戯好きの二人に身体を触らせると、色々が色々になる予感がしていた。故に警戒はしているのだが、セシリアの愛らしい笑みに飲まれていく。
そんな二人の、それなりに付き合ってきたからこそ出せるテンポのいい会話を聞きながら、ティアはくすくすと笑っていた。
「二人とも、仲、いいんだね」
「まあ、親友だからね! ここで、ユウのスタイルチェーック!」
「ほらこうなる!!!」
とはいえ、ユウもどこか観念したかのようにセシリアの背中流しを甘んじて受けていた。
「ん、それなら私もユウとセシリアの背中流そうかな……って、あれ?」
そんなとき、ティアは目の前のシャンプーが空であったことに気づいた。これはいけない、近くのものと交換できないだろうか。立ち上がり、背後の空いている場所から代わりのシャンプーを持ってきた。その時、ティアは気づかなかった。胸元の神様は気づいていたがあえてなにも言わなかった。
誰かが使った石鹸が足元につるーんと滑ってきて、ティアはお約束の通りにその石鹸を踏んでしまう。出した足が滑り前方に倒れかかった先には、ユウとセシリアがいた。
ずどーん、という音と共に三人は一斉に重なるように倒れていく。ティアが二人を押し倒し、足が乱れて重なり、思わずセシリアはユウのお腹に手をまわして、ユウは無防備に万歳のかたちで倒れ、ティアの手がユウの胸に触れている。ティアが起き上がり、ユウに触れている手に力が入るとユウの喉から甘い声が漏れ出る。
「わ、わ、ごめん……っ」
思わずティアは飛び上がるように立ち上がった。
「むむっ、今、ラッキーなすけべが見えた気がするっ」
「いたたた……って」
ふとお腹に触れていたセシリアの手が、悪戯をする笑みと一緒にユウの胸に触れた。
「こ、こらっ、どさくさに紛れて変な所触ってるわよ!」
「えへへーバレた?」
「バレバレ、よ!」
ぱっと離れたセシリアの頬をぐににと引っ張ったユウであった。
そんなこんなで身体を綺麗にし、三人は温泉へと浸かる。
「ふう」
色々あったが、やっと休めそうだ。ユウは足先を湯船の水面に触れさせながら、そっと入って行く。水面の波紋を揺らしながら、肩まで浸かったところで再び息を吐いた。
露天風呂に来ているので、この時期は少し肌寒い。しかし肩まで浸かれば顔が冷える程度が丁度良いのだ。
その後ろにティアが続いていく。彼女の羽が水を吸い込みながら、湯の中でゆらゆらと揺れていた。
「広いお風呂っていいよね、体しっかり伸ばせるし」
「ほんとね。家のお風呂だとこうはいかないもの」
機嫌よく瞳を閉じたユウの隣で、ティアは長い髪の毛が落ちないようにまとめ直す。ふと上を見上げたら、紅葉がゆらゆらと風に揺れてから水面へと落ちる。その赤色の葉を手にとったユウは、太陽にそれを透かしている。
落ち着く時間が、流れていく。
――そんな二人をみて、セシリアは自身の胸元に両手をあてた。
「二人とも、スタイルよくていいなあ……」
ちょっぴり女性らしい悩みに、しょんもりな表情をしているセシリア。
ユウとティアは、きっとこれから熟成していくだろうと――似たニュアンスの返答で、優しく笑っている。
でもここで引き下がるのはセシリアでは無い。おてんばな少女は豪快に湯船をゆらして移動してから――。
「またスタイルチェックしちゃうぞー!」
「こ、こらっ、セシリア!」
「わ~」
ばしゃばしゃと温泉の湯を揺らしながら、もう一波乱あった。
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湯から上がり、三人はロビーで瓶牛乳や珈琲牛乳を持ちながら体重計の手前でけん制しあっている中。
セシリアは両手を合わせて、ふん、とそっぽを向いたユウの手前で手を擦った。
「まあまあ、ごめんってー! 夕食のおかずひとつあげるからさー、いててててて!」
ユウはセシリアの頬を再び抓っていく、さっきよりも少しだけ強く。
「ま、まあ、旅行なんだからハプニングはよくあるよ」
ティアはくすくす笑いながら、空き瓶三つを片付けていく。
「そーそー! イデテテテ!! さっきよりも力強いいいい」
「どんな旅行よ!」
ギブギブ、とセシリアがユウの腕をぺちぺちと叩いた瞬間、ユウの手はセシリアの頬から離れた。
怒っているものの、そこまで怒髪天ではないようで。いつもの戯れの延長線と思えば――吐息をひとつ吐けば他愛もないこと。ユウとセシリアの間に入るように、ティアが申し訳無さそうに両手の指をつんつんしている。
「えっと、ごめんね、ユウ……ん、気をつけるね、なるべく」
「なるべくって不安だわ!! んもう、気をつけてよね」
「はあいっ、ユウありがとっ」
ユウの身体に抱き着いたセシリアは満面の笑みであった。
そんなこんなで部屋に戻って来た三人。
場所に慣れて、来た時より大人しくなったセシリアとティアは荷物整理しながら、ちらちらと部屋の中央を見た。
和室の中央にちょこんと立っている足の低いテーブルの上に料理が揃っていくのだ。着物を着た女性がてきぱきと動きながら、懐石料理のように色とりどりな食べ物が宝石のように光っている。
やがて着物の女性たちは笑顔かつ、正座の三つ指で床に手を置き頭を下げてからすすす……と部屋から消えていった。
「結構格式高いご旅館でした?」
「そうかも!!」
「まあ、いいじゃない。二人が大暴れするからもうお腹ペコペコだわ」
早く座りなさい? と手で誘導するユウに、ティアとセシリアは同時に頷いてから、一旦整理の手を止めて座布団の上に座った。
恐らく最高の食材が使われているであろう料理は、どれも出来立てで湯気立っている。
ひとつひとつの量は多くはないものの、三〇品目――いや、それ以上に味わう事が出来る自慢の料理たちだ。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます!!」」
静かに手を合わせたユウに続いて、二人はパンッと手を叩いてから軽い会釈のように腰が曲がった。
「ええ~、どれから食べたらいいんだろう! メイン? いや、でもこっちのデザートみたいなのが既に気になるよ! ユウ~!」
「す、好きなのから食べたらいいわよ」
「じゃあデザートから! ユウ、まだちょっとおこ? あーんしてあげようか?」
「自分で食べられるわよ」
ユウの発言を気にせず、セシリアはくずもちをスプーンで一口サイズ掬う。それをユウの口元に近づければ、ユウは最初は躊躇ったがセシリアのあーんを受けた。
「ま、まあ終わったことは、仕方ないわね……! 機嫌を直すからちゃんと自分で食べさせて」
「と言いつつ、あーんがちょっと嬉しい?」
ティアがここぞと言ってみると、ユウは少し顔を赤らめながら、ぷいっとそっぽを向いた。
「ティアちゃーん、折角ご機嫌なおったところだったのに~!」
「えへへ、ごめん」
「だーから、もうっ、怒ってないわよ!」
「「本当かなー?」」
「もっかい怒るわよぉ!」
冗談をユウが言ってみると、ワンテンポ置いてから三人は笑い合った。
いやしかし見事な食事だ。秋の季節らしい料理だが、マツタケの土瓶蒸しなど大人の味わいがする。その見た目もどこか愛らしい入れ物で、セシリアは料理に箸をつけるごとに笑みのテンションが上がっていく。
すっかり先程の波乱が嘘のように、ユウもメインのお肉料理を口に運んで顔が綻んでいた。なるほど、肉が舌の上で蕩けるというのは、こう言う事をいうのだろうか。
ティアはサラダを食べながら、ジュレのようなドレッシングが気に入っていた。
「あ」
その時、セシリアが食べていたマツタケが箸から滑って床へと転がった。よよよ……と涙を流したセシリアを見て、ふうと息を吐いたユウは自分の土瓶からマツタケをつまんでセシリアの口元に寄せる。
「え……」
「仲直りの、ね? それにそんなに悲しい顔、見たくないし」
「!」
セシリアは飛びつくように、ユウの箸に齧りついた。
「いいなあ……」
そんなやりとりを見て、ティアは己の唇に指をあてる。物欲しそうな、いや、物足りなさそうなジェスチャーを見て、ユウはまたクールに息を吐く。
「どの料理を、あーんしてほしいの?」
「いいの? じゃあ、交換で……!」
ティアはステーキ皿の上に乗っていた海老を指定して、ユウはそれをつまんでティアの口へと運ぶ。なんだか小鳥へのエサやりのようだわーーと思い始めたユウ。
それをきっかけに、三人はあーんをし合いながら、楽しい夕食を過ごしたのであった。
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夕飯を終え、三人はまた温泉や部屋や、夕涼みに外を言ったり来たり。
それが終われば部屋に戻って喋ったり、トランプを使って遊んだりを繰り返していた。
そしたらいつの間にか時刻も、針がてっぺん近くへと回りだしている。
「そろそろ、寝ましょうか。明日もあるし」
ティアはババ抜きの最後のジョーカーを廻って争っている二人に向かって、そう言った。
ユウがセシリアの手からカードを引くと、ペアの数字であったようで、負けたセシリアが悔しそうにトランプを片付け始める。
「丁度キリがいいし、そうしましょうか」
「わーん! もう一戦、くそー!」
「寝るわよ」
「わかったーうおーん!」
片付けを終え、従業員さんが敷いてくれていた布団の上へ行く三人。
ここで困ったことに、誰がどの布団で寝るか考えてなかったことに気づいた。
「どうする? ていうか、……私は端っこでいいわよ。端っこがいいわ」
ユウは温泉での出来事を思い出しつつ、綺麗に横をくっつけて並べられている布団で、一番端のものを引っ張り、いくらか壁に寄せた。しかしすぐに、セシリアが反対を掴んで引き戻す。
「ふふ、ユウ何処に行こうというのかな! ユウの場所はここ! 異論は認めません!」
それは三枚の布団の真ん中である。
「ねーティアさん、折角何だから皆なで寝たいよねー?」
「うん、折角だから一緒に寝たいね。誰かがそばにいた方が安心して眠れるかもだし」
うっ、と喉を鳴らさなかったユウだが、そのような表情になりながら――しかし、ここで抗議してもきっと結果は変わらない予感がした。それにティアもセシリアも、真ん中に寝て欲しいと熱望するような視線がユウに突き刺さってくるのだ。これを断るのは、なんだかいけないような気もする――!
「あぁもう分かったわよ、今日だけよ! 我ながら本当に甘いわね」
と、ユウは真ん中の布団に足を差し入れて入って行くのであった。
右隣にはティアが、左隣にはセシリアが入り。ティアが布団に入る前に、
「じゃあ、おやすみなさい」
と言ってから電気を消した。一気に暗くなった部屋に、物音は外の風が窓を揺らす音だけ。それと木の葉が擦れる音だ。
静寂が落ちる中――三人は目を閉じた。
そうして今日も一日が終わる。少しずつ寝息が増えていくように思える部屋で、ティアは目を閉じた。今日という日を忘れないように。明日もきっと楽しい日が待っている。そしたら楽しかった事を、姉妹に話に行くのだ。
ふと、ティアは夢の中で妹にあっていた。どこかわからない場所で、見つけた妹に抱き着いて、そのぬくもりがなんだかリアルなような――。
その頃、セシリアはユウを見つめていた。すっかり夢の中に入っているであろうユウの横顔。
そしてセシリアはゆっくりを上半身を起こしてから、ユウの布団の中へと入った。すると、既に先客がいたようで、詰まる所、ティアとセシリアでユウを挟む形で抱き着くように寝る形となった。
ティアは夢の産物でもあっただろうが、セシリアはユウに触れたかったのもそうだが――彼女が、変な悪夢をみないようにという願いもあったようだ。
部屋の暖房が設定温度を超えて切れ、布団から出れば肌寒いくらいの気温の中。
三人は固まってぬくもりを分け合いながら眠りへと落ちていく。心が冷えぬように、守り合いながら――。
翌朝。
「ん、んん???」
ユウは身体が動かせないと疑問に思って目をあけたら、左右がセシリアとティアに抱き着かれた形で挟まれていた。一体何が起こったのか、ていうか二人とも寝相が悪すぎでしょうが、というのはユウが朝起きたときの瞬時の感想であったとか。