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三人仲良く酒に溺れるまで
登場人物一覧
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まず述べておくと、グレモリー・グレモリーは特段酒に強いという訳ではない。
「……」
「えへへぇ……このお酒、美味しい、ですねぇ……甘くてチョコレートみたいな、味がします」
「グレモリー、聞いてるか!? 俺はなぁ! お前の絵が本当に評価される日を夢に……夢見て……! 俺の青を褒めてくれたお前には感謝してるんだよ!」
「……うん」
特段酒に強いという訳ではなかったが、だから、誰かに絡まれる前に潰れる事が多かった。
――絡まれるってこんな気持ちなんだ。ストレスフルな感じだね。
“酒に特別弱い”二人に挟まれて、誰かの口癖を真似ながらグレモリーはそっと遠くを見た。
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話は一時間ほど前に遡る。
グレモリーはベルナルドに、飲みに行かないかと誘われた。
正直この時点で悪い予感はしていたが、グレモリーは頷いた。悪い予感はあったけれども、特別酒に弱い事をベルナルドは自覚していたし、だからこそノンアルコールカクテルでやり過ごすだろうと思っていたのだ。
そしてグレモリーは丁度通りがかったもう一人の友人を見て、どうせなら一緒にどうか、と誘いをかけた。其れが閠である。彼は見目と喋り方の所為で幼く見られがちだが、年齢的にはきちんと成人している。何より、酒に逃げようとしたのを止めた事がある。
どうせ呑めるなら、楽しい席で呑んだ方が良いだろう。
そうして誘いを掛けたら、嬉しそうに頷かれた。ベルナルドの方も勿論構わないと言ってくれたので、では、と。
「5時に菜の花通りのバーに集合で」
グレモリーのこの一声で、彼の運命は決まってしまったのである。
最初は良かった。
バーカウンターに3人で並んで座って、それぞれ注文をして。それぞれドライフルーツや乾物などのおつまみを頼んで。
「グレモリーさん」
「何だい、閠」
「今日は、楽しい席……ですから、呑んでも良い、ですよね?」
「うん、大丈夫だよ。でもベルナルドにお酒を勧めないでね」
「俺は俺で呑むからな。閠も遠慮なく自分の好きなものを頼むと良いさ」
……かわす口上が妙に手慣れてるなあ。
グレモリーはベルナルドがしれりと述べるのを聞きながら、彼の為に“ベルナルドが酒に恐ろしいほど弱い事”をそっと伏せて置いたのだった。
閠は甘いお酒が好きなので、カルアミルクを。
グレモリーは最近暑いからとソルティドッグ。
ベルナルドはしゅわしゅわのシャーリーテンプル。
「じゃあ……乾杯の前口上はどうする? 今日も俺達が元気な事?」
「ふふ、良い天気だったから、とかでも、良いと思いますけど」
「そうだね、まあ取り敢えず、今日が良い日だからで良いと思う」
「はは! じゃあ、今日という良い日に乾杯!」
ベルナルドが(通常シャーリーテンプルというものは愛らしいグラスに注がれるのだが、バーのマスターが気を使ってくれたのだろう)やや武骨なグラスを掲げて。
閠とグレモリーもそれぞれグラスを掲げ、縁をちりんちりんと鳴らす。
――こういうやりとりも悪くはない。リアリティを求めて始めた情報屋だったけれど、友人とただ飲みに行くというのも、存外。
そう思いながら、グレモリーはアルコールに唇をつけた。
「……わ、これ、甘くて美味しい……チョコミルクみたいな味が、します。でも、後味が少しアルコールっぽくて、……不思議ですね……」
「閠は感想を言うのが巧いな? 他のカクテルも呑んでみると良い。おすすめは……アー、グレモリーに聞いてみるのが良いかな」
「そうだね。閠は苦手なものはあるかな」
「うーん……言うなら、香りのきついものは、苦手……です」
「成る程。じゃあ、ハーブ系ではない甘い物かな」
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「えへへぇ……グレモリーさん、この甘いの、美味しいですよぉ」
「其れ何杯目?」
「わかりませぇん」
閠に教えるべきだった。甘くて呑みやすいカクテルは往々にして、何杯もおかわりしちゃって酔いやすいのだと。
「閠は酔うと可愛いんだなあ。白くて綺麗な見目に、チョコ色のカクテルか……良いな! 紙があれば今すぐにでもラフを描くんだけどなぁ! グレモリー呑んでるか!?」
ばっしばっしばっし。
ベルナルドに背中を叩かれて、グレモリーは逃げるように含んだ酒を吹き出しそうになる。ベルナルド、君、そもそもどうして呑んだの。
其れを見てくすくすと笑う閠は愛らしいが恐ろしい。ふわふわとしているが何をするか判らない恐ろしさがある。
――僕も酔いに逃げてしまいたい。
グレモリーは率直に心中でそう思った。遠慮がない。多分こいつも酔っている。
「ふふ、楽しい、楽しいなぁ。ねえベルナルドさん、グレモリーさん、ボクがお金持ちだったら、お二人のパトロンになって、沢山、絵を描いてもらうのになぁ」
「其れは良いな! そうしたら俺は閠を描き放題だ。閠は真っ白だが、白一色じゃない。色々な白が重なっていて、そうだ、あの絵の顛末はどうなったっけな……前に閠を描かせて貰っただろ?」
「あぁ、そうでした、ねぇ……描かせて欲しいって、言われて、ボク、凄く緊張したんですよぉ」
くすくすと笑う閠。でも、今は緊張しないんです。そう語る。そうだろうね、酔ってるからね。
「沢山、描いて貰いたいなぁ……」
「よぉし! 今からアトリエに行くか!? 閠の絵は仕上がって、アトリエに置いてあるんだ! 我ながら白を重ねて巧く出来たと思うんだよなぁ! なぁグレモリー、お前さんにも見て貰いたいんだ」
「まあまあ、まあまあまあ」
立ち上がったベルナルドを内心必死になって止めるグレモリー。立ち上がりかけた友の肩をそっと押して椅子に座らせる。本当に、いつアルコールを摂ったんだろう。もしかして僕らの呑んでいるアルコールの香りで酔ったとか? いやいや……いや……あり得るかも。
グレモリーも頭の中がふわふわしてきて、上手く判断する事が出来ない。今呑んでいるカクテルは何だっけ? まあいいや、お代わり下さい、とマスターにグラスを差し出す。マスターは困ったような笑いを浮かべて、グラスを受け取った。
「ベルナルド、アトリエはまた今度にしようね。今はほら、閠がフラフラしてキャンバスを倒したら危ないでしょ」
「そういやそうか。いやしかし、巧く出来たと思うんだよなぁ。閠にも見て欲しい! でもなぁ、本物には及ばないんだよなぁ。本当に閠の白は綺麗だ」
これ、後から思い出せたら舌を噛みそうだ。
グレモリーは黙って出された酒を呑む。結構にアルコールが含まれているのが判ったが、寧ろ好都合だった。
「ベルナルドさんは、褒めるのが、上手ですね……! ボク、そんなに綺麗って、言われたの、初めてです」
「そりゃ審美眼のない奴らだなぁ! 閠は真っ白で綺麗だ。翼も、髪も……俺は青が得意だが、其れだけじゃ駄目だ。他の色も描けるようにならないといけない」
「えぇ? でも……ボクはベルナルドさんの青、好き、ですよぉ……ふふ。海も、空も、其のままキャンバスに、飛び込めるんじゃないかってくらい、……綺麗だったなぁ……ねぇ、やっぱりアトリエに」
「まあまあ、まあまあまあ」
閠が立ち上がろうとしたのでグレモリーは矢張り内心必死になりながらそっと肩に手を添えて椅子に戻す。すんなりと座ってくれた閠は、グレモリーさんおかしい、とけらけら笑った。
二人を酔わせて歩かせたことはないけれど、きっと危ない。転んだりしたらいけない。とにかくええと、このまま座らせて、其れで、水を……ええと……
「其れで、閠は」
懸命に酔っ払い二人の面倒を見てきたグレモリーだったが。
彼もそんなに酒に強い方ではない、というのは冒頭で述べたとおりだったので……
――ゴン!!
という音と共に、まるで何かのスイッチを落とすかのように、バーカウンターに頭をぶっつけた。
「閠がパトロンになってくれたら、そうだなぁ……グレモリーも今以上に……グレモリー?」
「グレモリーさん? グレモリーさぁん」
ゆっさゆっさ。
閠とベルナルドが両側からグレモリーを揺さぶるけれど、彼はちっとも起きない。すう、という寝息が返るだけ。
二人は倒れ込んで眠ってしまった彼をじっと見て……
「まったく、仕方ねえなぁ。寝かせておいてやるか」
「ふふふ、グレモリーさんったら、お酒に、弱かったんですね? この前、ボクに、酔いに逃げるのはよくない~、って、言ったのに」
「そんな事言ったのか? 其れなのに酔いつぶれるとか、まったく……ああそうだ、閠に聞いて欲しいんだが、今度は青と白を前面に出した絵を描こうと思うんだよ。グレモリーが褒めてくれた青と、閠が教えてくれた白をな」
そうして会話を始めた二人の声をききながら、薄っすらとしていたグレモリーの意識は引っ張られるように深淵に沈んでいくのだった。
――しかし、残った二人も酔いつぶれてしまうのは時間の問題。
誰が介抱するんでしょうね?