PandoraPartyProject

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かたりたい、その言葉。

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
トキノエの関係者
→ イラスト

 ――その存在は、『悪』である。
 ――その存在は、『罪』である。

 誰かが『ぼく』をそう定めた。
 誰かが『ぼく』をそう言った。

 でも、それを知っている人はここにはいない。
 『お姉ちゃん』だって、知ることはない。



 幻想王国にある、とある孤児院。
 ここでは身寄りのない子供達が数人ほど集まり、院長と共に暮らしていた。
 日々起きる事件やなんやで親が亡くなった子供達は、それはもう、いつも楽しく暮らしている。

 そんな孤児院に1人、また新しい子供がやってきた。
 名は――ライア、としか名乗れない。彼は生まれた時から1人でいたせいか、親の名前も、親族の名前も、全く知らないのだそうだ。

「だから、ぼくは……ずっとひとりで、過ごしてました」
「おぉ……そうか、そうか。では、もうキミは1人ではないよ、ライア」

 院長である老人が優しく、慰めるようにライアを抱きしめて頭を撫でる。
 もう苦しむことはない、もう寂しがることはない。ずっと共に暮らそうと院長はライアに告げた。

 そんな様子を、孤児院の子供達は扉の影から覗いていた。
 新しい仲間が増えることは喜ばしいことで、早く会話をしてみたい、早く遊んでみたいという感情に支配されている。
 そわそわ、うずうずと止まらない身体の鼓動を必死で抑え込んで、院長とライアの会話が終わるのを待っていた。

「おや、子供達が集まってしまっているね。ライア、遊んであげてくれないかな?」
「うん、いいよ。ぼくも皆のことが気になってたんだ」

 緩く、ドアの向こうの子供達に微笑みを向けたライア。
 彼はこの孤児院に到達した時点から幾人の子供達が自分を見ていることには気づいていたようで、ようやく会話が出来ることを喜んでいた。

 院長の声と同時に開かれる扉から、わらわらとやってくる子供達。
 活発そうな男の子や女の子、少し大人しめな男の子、勢いの強い女の子などなど、様々な子供達がこの孤児院にいるようだ。

 ――そんな子供達を、ライアはまるで品定めするような視線で見下ろしている。
 ――誰も気づくことのない悪意の視線が、ゆっくりと、ゆっくりと、『ナニカ』を探している……。

「ねえねえ、お兄ちゃんって呼んでいい!?」
「あっ、ずるい! ボクも呼びたい!」
「うん、いいよ。見たところ、ぼくは皆よりお兄ちゃんみたいだ。だから、皆気兼ねなくお兄ちゃんって呼んでほしいな」
「「やったぁー!」」

 子供達の喜びの声が院内に響く。
 新たに増えた『お兄ちゃん』の存在は、子供達にとって遊び相手と話し相手が増えたようなものだ。

 けれど、そんなライアの存在に嫉妬してしまっている子供が1人。
 その子供の名は、ヴェリテ。ライアが来るまではこの孤児院で一番のお姉ちゃんとなっていた子供。
 ライアが来たことで『お兄ちゃん』が増えることは嬉しい。けれど、ヴェリテの中ではまた別の感情が浮かび上がっていた。

 ――彼は、それを見逃さなかった。
 ――彼女が次の、目標だ。



 挨拶も終わり、幼い子供達は皆勉強の時間となった。
 ライアとヴェリテの2人は既に勉強を終わらせているということで、別室でのんびりと過ごしていた。

 ……ただ、ヴェリテはとても居心地が悪そうな顔をしている。
 やってきた『お兄ちゃん』とどんな話をすればよいのかわからないからだ。

「ねえ、きみ」
「え?」

 ライアは優しく、ヴェリテに声をかける。
 何かを悩んでいるようなら、話を聞くよと言葉を添えて。

 ヴェリテは悩んだ。嫉妬している相手に対して、自分の胸中を語ってよいのかどうか。
 語れば語るほど、どこか深い闇の底に落ちる気がしてならなくて。

 ……でも子供の心は止められない。
 とにかく、語りたかった。
 この孤児院でお姉ちゃんとして生きてきた今までを崩したくなくて。

「じゃあ、ぼくはきみを『お姉ちゃん』と呼べば、いいのかな?」
「えっ……」

 突然突きつけられた話に、ヴェリテは驚いた。
 年齢的にも同じぐらいの男の子にそう言われるとは思わなかったから。
 もし、彼が弟とであるならば、孤児院での『お姉ちゃん』のポジションは変わらない。それはヴェリテにとって、願ってもないことだった。

「それできみが嬉しいなら、ぼくはいくらでもきみを『お姉ちゃん』って呼ぶよ」
「ホント……?」
「うん。だって、ぼくときみは、もう家族だもんね」

 ライアのその言葉に、ヴェリテはどこか救われたような、少しだけ軽い気持ちになった。
 これまでの『お姉ちゃん』という地位をそのままに、新しい弟が増えたこと。それだけがヴェリテの心を支配していく。

「じゃあ、お姉ちゃん。ぼく、お昼寝してきていいかな?」
「うん、いいよ。院長先生には後で言っておくね」

 早速呼ばれたことで嬉しそうな反応を見せたヴェリテ。

 けれど、彼女は気づかない。
 このやり取りこそ、この孤児院の終わりの始まりだったということに。



 それから、どれくらい経っただろうか。
 『お姉ちゃん』であるヴェリテは弟妹達の言葉を親身に聞いて、彼らを導いていた。
 と言っても、喧嘩の仲裁が多くてヴェリテの心は擦り切れている。もう、『お姉ちゃん』として頼られるのはやめたいと思うほどに。

 それでも『お姉ちゃん』であり続けたのは、ライアがいたからだ。
 ライアはいつもいつも、彼女のそばにい続けて、彼女を言葉で慰めてくれた。
 いい弟がいてくれたからこそ、彼女は『お姉ちゃん』であり続けた。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ライアは?」
「ぼくは平気。あんまり、無理しちゃダメだからね」
「ありがとう、ライア」

 ああ、いい弟がいてくれるのはいいことだ。
 それに引き換え、あの子たちはどうだろうか。

 ぐるぐる、ぐるぐる、ヴェリテの心の中が濁っていく。
 彼女の様相が変わっていると気づいているのは、ただ1人、いい弟のライアだけ。

 ――まるでこうなることが必然だったというように、彼は小さく微笑む。
 ――これから起こるフィナーレが、とても楽しみだと。


「っ……!!」

 孤児院の扉を開いた院長の言葉が失われる。
 目の前に広がっているのは、ヴェリテを中心に広がる血の海。
 首、首、首、胴体、手足、胴体、足、手が、ごろごろ、ごろごろと転がっている。

 何が起きたのかと院長が問いただすと、ヴェリテは狂ったような、濁ったような瞳を院長に向けて答えた。

「だって、わたしの弟はあの子だけだから」
「こんな子達、わたしの弟妹じゃない」
「知らない、知らない。わたしの弟は、この孤児院の子供は、わたしとあの子だけだから!!」

 叫ぶ、叫ぶ。
 真実véritéを叫ぶ。
 わたしは間違ってないのだと、ヴェリテは叫ぶ。

 ヴェリテのいう『あの子』が誰なのか、院長は聞き出せなかった。
 何故なら、もう、院長は事切れていたのだから。



「ああ、楽しかった」

 孤児院から遠い場所で、ライア=ラ=ヘルは嗤う。
 人の負の感情とは、これほど楽しく色が変わるんだと実感していた。

「ぼくが『お姉ちゃん』って呼ぶだけで、簡単に崩れるなんて。期待通りだったね」
「楽しかったよ、『お姉ちゃん』」
「――また、遊んでね?」


 幻想王国のとある孤児院で起きた、無差別殺傷事件。
 その犯人がヴェリテという少女であること以外の事件背景は、特に見つかることはなく……。

おまけSS『かたりたい、その意味』

 ――ヴェリテは『語りたい』。
 ――ライアは『騙りたい』。

 姉として『語りたい』ヴェリテと、そんな彼女の弟を『騙りたい』ライア。
 2つの思惑が交差して、この悲劇は生まれた。

 小さな人生を崩すのは、世界を壊すよりも簡単だった。

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