PandoraPartyProject

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昨日は雨の日、今日は晴れ

登場人物一覧

リサ・ディーラング(p3p008016)
蒸気迫撃
リサ・ディーラングの関係者
→ イラスト

 たまに、なんで生きてるかわからなくなる時がある。
 明るいところにいる人はいつも嬉しそうにしていてバンザイって手を上げたり、やったーって言っている。そんな人たちのそばには私と同じぐらいの子もいて、楽しそうにしていて、頭を撫でられている。
 羨ましいと思う気持ちはもうない。
 何かを望む気持ちももうない。
 なら私は何で生きてるんだろう。必死に、酷い目にあわないように大人から逃げるように隠れて。同じ子供たちの中では小さくて力もないから馬鹿にされて小突かれる。
 今だって一生懸命抱えられるだけの鉄くずを抱えて歩いているけれど他の子が持ってくる量よりどうしても少ないから、ご飯はいつも少しだけ。
 お腹いっぱいってなんだっけ。
 安心ってなんだっけ。
 生きるって……。

 ポツ、ポツ、ポツ。

 珍しく考えごとをしていたリサの目の前に雫が落ちた。涙ではない。いくつもいくつも地面を濡らしてそれは落ちて来た。
「雨……」
 今日は天気も良かったのに、いつの間に曇ったのか。どんよりとした雲は曇り切ったリサの心のようだったが、ポカンと見上げた口の中に入る雨はあまりおいしくない。当然だ、あちらこちらの工場や工房から流れる煙を含んでいるのだから。四の五の言っていられない時なら違うが、今は飲み水には困っていない。それよりも今はずぶぬれになって風邪をひいてしまう方が困る。だからリサはかさばる鉄くずを抱えたまま走り出した。

 ポツポツ、ザァァ。

 雨がだんだん強くなる。表の通りに出たらスラムまでは近いけれど、どうしても人通りの多いところは通りだくなかった。
 スラムの子だと囁かれ、それまで笑顔だった人が汚いものを見る目になるのが嫌だった。追い払おうと暴力を振るってくるのが怖かった。
 だから狭い裏道を遠回りと知っていても走る。しかし濡れた服が目を隠すように伸ばした髪が濡れてあちこちに張り付いてくる。……これ以上は本当に濡れネズミになってしまう。
 困ったリサの目に飛び込んできたのはどこか寂れた様子の工房だった。


 俺は、何をしていたんだろうなぁ。
 仕事だ、役に立つんだって言われて作ってたんだ。その結果がこれだ。
 何の役に立った? そりゃ国は勝ったさ。負けなかったのはめでてぇだろうよ。だが俺の作ったものはそのために何千何万の人を殺す手伝いをしていたんだ。
 周りのやつらは違うって言うがよ、俺は間接的な人殺しだ。俺があんなの作らなきゃ死ななかった人だって親を失わずに済んだ子だっていただろうよ。
 今日も酒は酔わしちゃくれねぇ。せめて眠りたいんだがな。

「ん……?」
 ピチャッと水を跳ね上げるような音に男は窓の外を見やった。
 いつの間にか降り出した雨は大きな音を立てて屋根を叩いている。おまけにすっかり来客のなくなった工房の外に小さな白い影が見えた。
 重い腰を上げたのは何の気まぐれだったのだろう。ただその気まぐれで開けた工房の扉がただの戦争孤児だったリサと後に彼女に師匠と慕われ『ザ・ハンマー』と呼ばれることになる男との出会いだった。


 ギィッと重い音を立てて工房のそばの扉が開いた。何か言われるのだろうかとリサの顔が上がる。見えたのはどこかやつれた男性だった。お酒の匂いが漂ってきて髪に隠れた眉を顰める。
「ガキか、こんなところで何やってんだ」
「……雨宿り、です。邪魔なら出ていきます」
「待て待て、んなこと言ってないだろ」
 立ち上がったリサを男性――リチャードは止めた。顔はこちらを見ているがその奥に隠れた瞳はこちらを見ていない。スラムでまともに人と関わってくることができなかった、それどころか人に酷い目にしか合わされていないのであろうことを窺わせた。人を信じていない、他人に怯える態度だ。
 彼の知る子供とは親や友人たちと一緒に仲良くはしゃぎまわるものだ。そうだと思っている、そうであるべきだと。だというのに目の前の少女からはそんな様子を一切感じない。表情を見せぬ口元も纏う雰囲気も子供というにはほど遠い。
 これが戦闘の傷跡か。痛感せずにはいられない。
「はぁ……仕方ねぇ、入れ」
「え?」
「いいから家に入れ、ずぶ濡れじゃねぇか」
 言葉を投げかけるたびに一瞬びくりとする態度がリチャードは気に入らなかった。有無を言わせずリサの手を掴む。その手は見ていた想像以上に小さく、冷たく、細かった。
「ガキならもうちょっと笑うなりはしゃぐなりするもんだ。そんな顔されてりゃこっちも参っちまう」
「でも……わかり、ました。好きにしてください」
 一方で突然の提案に迷ったリサは頭の中で子供らしからぬ計算をしていた。このまま逃げ出してスラムへと戻ったところで普段と変わらない酷い生活にしかならない。彼が何のつもりで自分を入れようとしているかわからないが、自分を売ろうにも感情のままに殴られようとも少なくとも今の状況よりはマシなように思えた。マシでなければどうせ死ぬだけなのだから。
 だから、リサは促されるまま開かれた扉の中へ足を進め、そして――。



「決まったぁぁぁぁ!!!!! 第21回、メテオライト地区バトルロボット大会、優勝はスターRだーーー!!!」
 ワァァァァァァ!!!!
 大歓声とともに辺り一帯を紙吹雪が舞う。その歓声を受けるのは蒸気を吹き出し力強く立つ大きなロボット、リサたちの工房が作ったスターRだ。
「やった! やったっす! 私たちのスターRの優勝っす~!!!」
 ぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表現するのはリサだ。小柄なのは変わりはしなかったが、それでも目に見えてわかるほど健康的に育っていた。目を隠すような髪型だけは相変わらずだったが、あの頃の他者に怯えるような様子は欠片もない。
 雨と泥に汚れていたスラムの少女は、今や煤と油に汚れ師匠と呼ぶ信頼できる家族と楽しげに笑っていた。
「へへ……やるじゃねぇか。まぁリサははしゃぎすぎだがな」
 リサの隣には仕方ないなという表情で彼女とロボットを眺めるリチャードがいて、そして二人を囲むように工房に集いスターRの作成に協力してくれた仲間たちが勝利を喜んでいた。
 そう、寂れた工房だったあの場所は今や人々の集うにぎやかな工房へをその姿を変えていた。
 きっかけはもちろんリサの存在だ。結局そのままリサを引き取ったリチャードは彼女から子供らしさを引き出そうと躍起になった時期があった。本人曰く、いつまでもガキらしくもなく死んだ表情されてちゃたまらん、ということらしいが本当のところは誰にもわからない。
 ともかく彼は工房に残っていた兵器の部品、元々は人殺しの道具になっていたそれらを使ってリサを笑わせようとしたのだ。
 ある時は銃口に乱雑に切った紙切れを入れ、彼女の目の前で発射してみたり。またある時はシリンダーにお菓子を詰めて、ランダムに詰められたお菓子が出るようにしてみたり。
 それはゆっくりとだが他者への信頼を無くしていたリサの心を解きほぐすだけではなく、沈み切っていたリチャード自身へもよい影響を与えていた。リサのために考え楽しませようと工夫すればするほど、それは人を楽しませる機械を作るアイディアとして彼の中で輝いたのだ。
 結果として戦争に加担し人殺しだと落ち込み切っていた彼も、人を害さない機械やロボットの作成に光を取り戻し、そのアイディアに引かれた人たちが集まるようになっていた。
「全く、喜んでるだけじゃねぇぞ、リサ。戻ったらメンテだ」
 えーーー、祝勝会はどこっすか?! というリサの不満をスルーして彼は続ける。
「動力部が狭いのは弄ってるから知ってるだろ。勝手も知ってる分、調整はお前が一番適任なんだ。文句はメンテが終わった後で聞いてやる」
 当然といえば当然だろうか。リチャードに引き取られたリサは彼に指導を受けていた。きっかけは何だったのか、彼のいろいろなアイディアを見ていたからかもしれない。ともあれ彼女は今ではリチャードを師匠とし、しごかれながら工房の一員として働いていた。
 育っても結局小柄なままだったリサだったが今では逆にその体型を生かしていた。仕事柄どうしてもガタイのいい男性が集まりがちである工房、その中で入り組んだ細いロボットの内部へ身体を滑り込ませて作業を行えるのはリサの長所だった。昔は何一つ役に立たなかった小柄な身体が生かせることは確かな自信となって彼女の中に息づいている。
 今回のスターR作成にも部品同士を繋ぎ合わせたり、小さな部品の変更や調整を行っていた。大会に出場していた他のバトルロボットに比べてスターRが一回りほど小さく完成され、それでも他のロボットたちより能力を発揮し優勝できたのには彼女の功績が大きい。
「いつも聞くだけじゃないっすか!」
「そういうなって、帰りに美味しいもん買ってやるから」
「じゃあケーキっす! 1ホール食べるっす!」
「そんなに食えんだろ」
「食べられるっす!」
 あははははと仲間たちの笑い声が響く。ぷんぷんと両腕を上下に振るリサにやれやれとリチャードは肩をすくめる。だがすぐに顔を見合わせて笑い出した。
 その笑顔は出会った雨の日の二人にはないもので、そしてあの日から二人で築き上げた師匠と弟子親子の形だった。

「師匠、知ってるっすか」
「何がだ?」
 その日の帰り道。約束通りケーキを買ってもらってウキウキ顔で歩いていたリサが唐突に言った。
「今日は午後から雨だったらしいっす」
「そうか」
 リチャードはそういって空を見た。綺麗な夕日があちこちから昇る蒸気と共にあった。
「降らなかったっすね」
「そうだな。ずぶ濡れにならずに済んでラッキーだ」
「っすね」
 二人は歩いていく。大事な工房、二人の家に。

おまけSS『ケーキの行方』

「食べられないっす~! もうクリームでお腹いっぱいっす!」
 テーブルにリサは突っ伏した。目の前には大きなケーキが『まだまだ元気ですよ?』と存在を主張している。
「だから1ホールにしても小さいのにしろって言ったのに。食べられるって強がるから悪いんだぞ」
「だって食べられると思ったっす~!」
「これに懲りたら強がるのはやめるんだな」
「ぐむ~」
 食べきれなかったケーキは小さく切り分けて優勝祝いにご近所に配られたという。

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