PandoraPartyProject

SS詳細

冷躰

登場人物一覧

ナイジェル=シン(p3p003705)
謎めいた牧師
ナイジェル=シンの関係者
→ イラスト

●意図せぬ孵卵
「珍しいですね。牧師様がされるとは」
 本日、エダはギルドの個室に招かれ、今回の受注した討伐依頼の依頼主と都合をつける段取りとなっていた。被害や事情等、詳しくは依頼主から直接との申し出で、そういう事も珍しくない。そんなわけでエダは指定された時刻通り、個室に向かった。出迎えたのは――見知った顔。
「常日頃呑んでいるわけではないよ。こう見えても敬虔な信徒でね。……早速だが本題に入ろう、エダ。今日の私たちは『依頼主』と『冒険者【賊喰らい】』だ」
「友情価格にしましょうか? 内容によりますが」
 いつもの調子を崩さないエダに、ナイジェルも構わず続ける。お互いの表面うわっつらは、多少なりとも知る仲ゆえに。
「内容は……張り紙を見ただろう、討伐依頼だ。私が懇意にしている教会に墓荒らしが出てね……遺体が消えているのだよ。共に入れた装飾品等に手が付けられていない事から、金銭目的ではないようだが。なんとも罰当たりな」
「遺体だけが……?」
「私も調査をしたところ、同時期に複数の墓地で同様の事件が起きている。近隣を根城にしている盗賊団のメンバーが遺体らしき大きさのものを運んでいたという目撃情報もあった。教会に報告をしたらね、彼らは祈りと癒しの専門家だが荒事には向いていない自覚がある。個人の墓荒らしならともかく、盗賊団による組織的犯行ならを雇うべきだと結論が出た。そこで私からキミを推薦させてもらったよ」
「そういう事でしたか……謎が多い、というより賊の意図が分からないですね。遺体だけを持ち去るなんてなんの得が?」
 最初から出された茶がぬるくなり漸く飲める頃、つつつと喉を潤しながらエダの問いには答えないナイジェル。その姿は何処かまだ隠しているような気がしたが……そもそもこの牧師自体が謎の塊のようなもの。藪蛇はご免だ。
盗賊団彼奴等が遺体を集めている理由は不明だが、遺体を奪還し、再発防止の為に賊を排除するのが教会からの依頼内容だ。可能ならば、だが」
がありますか?」
 きっぱりと告げるエダの意思は固い。ナイジェルも座っていた足を組みなおし、相変わらずの胡散臭い笑みで頷いた。
「キミならそう言うだろうと思っていたよ、エダ。私は遺体を運搬するための馬車と棺の手配ができ次第、現地に向かう。キミには先に現地入りしての偵察を頼みたい。勿論、行けると判断したなら先に“初めて”しまっても構わんがね」
 地図を用意し、先に調べた賊の出入り時刻を組み合わせて先行する時間を決めた。善は急げ、賊は直ちに首を刎ねよとエダの血が騒ぐ。この先に何が待っていようと、全て、すべて、斬り伏せる。
 斬っても切れぬ者がこの世には存在すると知っていても、立ち止まってはいられない。切っても斬れぬ縁があるように。


●意図した腐乱
 なんとも初歩的・定番とでも言うべきか。盗賊団の根城は近隣の洞窟だった。一応入り口は草木で隠されているようだが、やはり人手がはいれば足跡そくせきが残る。夕暮れ時が賊が出入りする刻限だ。それ以降は闇を照らす灯りで目立ってしまうから。
 最後の賊が洞窟に入ったのを見届けると、辺りは夕闇から夜闇へ変わり、入り口は奥からの光でぼんやりと照らされるだけとなる。それでも慣れているエダには十分な光源だ。極限まで近づくと一応見張りが二人立っている……が、隙だらけで逆に心配になりそうだ。雇われの粗暴者チンピラでももう少しマシだろうに。
 しかし賊に与した以上情けは無用。エダは容赦なく剣で喉を突き刺し、心臓に風穴を開ける。致命傷だ、治癒に長けた者が複数集まり、即座に奇跡でも起こさない限りはもう動けまい。――通常ならば。
『ガ……ウ、アー』
『ウウ、オ、ァ……アー……』
 その傷口から血は出ず、痛みも感じていないように動く姿。何処かで聞いたことがある……東方の噂だったか、牧師様の話だったかは忘れたが、屍を操る術が存在すると。既に死して、痛みを恐れぬ戦士は厄介だ。何も失うものもなく、苦痛もないのだから。適当に振るわれた剣を弾き、腕を切り落としてももう片腕を振りかぶってくる。
「……これは……! っ、でも……」
 異常事態だ。それこそ教会の者が言っていたようにエダはではない。あくまでエダは生きた人間を絶つ者。殺す以外の術は持たない。既に死んでいる者への対応は後から来るナイジェルの方が信頼できる。だがこの様子を見るに時間はなさそうだ。遺体をこんなに粗雑に扱うならば、他の遺体もまた……。
 ほんの少し考え、躊躇い。先へ、奥へ、アジトへと突入する。このような死者への冒涜は、到底許されるものではない!

 アジトの奥に進むにつれて、どんどんと増えていく生ける屍。肉体が現存しているくらいだ、死後それほど経過していない。となれば自然、腐敗臭も濃くなり鼻が曲がりそう。顔を顰めながらも広間のような処に行きつく。此処が行き止まり。作りは唯の広間というより、祭壇。その奥の寝台に、下卑た笑みを浮かべる男が一人。同じ寝台には一糸纏わぬ姿のまま、死者の色白さをした娘や女性たちが寄り添っている。それを守るように配置された男の遺体たち。
『おやぁ、こりゃまた上玉が来たもんだ』
「……あなたが主導者ね。遺体を運ばせたのは雇い人かしら」
『頭も回るときた! ああ良い……その通り。最初の数体を盗ませてしまえばあとはがやってくれる。生きた人間は口答えもするし、すぐ裏切る。その点、あいつらは良かったよ。それ、さっきの人間も今は私の正式な仲間さ』
 男が指をさす方向を、エダは剣を構えたまま視線だけ動かす。……最後にこの洞窟に入った者だ。顔は分からないが、衣服が全く同じ。
「随分となおもてなしなのね」
『アッハッハ、だってねぇ。男は労働力に、女は侍らせて“楽しむこと”もできる。毒で殺せば綺麗なままを保てるし、お気に入りをとっかえひっかえひたって誰も文句を言ったりしない。噫、快適快適!』
 面白可笑しく笑う男は、心底愉快と言った態度だ。エダが此処まで来た間に何体もの遺体と遭遇したが、その数すら覚えていなさそう。覚えておく必要もないのだろう。陽が沈んでしまえば、最低限の手駒で新しい遺体を回収しに行けるのだから。
「あなたのような者を虫唾が走る外道と言うのでしょうね」
『なんとでも言い給え。すぐにお前もそんな口を叩けなくなる。このもねぇ、お気に入りなんだけど……時間が経つとどうしても臭うから丁度乗り換え時かなって。このと交代で仲間にしてあげるよ。僕が存分に可愛がってあげる。……お前達、れ。なるべく傷はつけるなよ、特に顔には絶対だ』
 盗まれた遺体たちは若きは少年、屈強な男まで様々。どれも誰かに看取られ、丁寧に埋葬された者だろうにこの男は何とも思っていない。替えのきく道具以下だ。彼らの魂は既にこの世から離れてしまったけれど、その墓に眠る彼らを想う者はまだ居る。誰一人として代替品は存在しないのに。
「いいわ、遊びましょう。死なない相手というのも中々珍しい敵だわ」
『そうだろうとも!! なにせもうからね!! アハハハハ!!』

 エダは敵だらけの広間で、剣を鞘に納めて拳で応戦した。今回の任務は『討伐依頼』であり、対象は賊。しかして実態は賊は唯一人祭壇でくつろぎ女たちと戯れる男のみで、あとは持ち去られた遺体だけだ。この遺体はエダのものではないし、回収も任務に含まれている。二度と動けないように細切れにすることも、単調な動きの彼ら相手に出来ない事はないが……それは任務の放棄だ。なにより、この遺体たちには何の落ち度もないというのにそのような仕打ちはあんまりだ。
『逃げてばかりで勝てるのかな? それとも本当に遊んでるのかい? いいよ~、ほらほらもっと頑張って!』
 数の暴力に対して一人で応戦するには限度がある。如何にエモノを使わない戦闘の心得があったとてしんどいものはしんどい。主に肉体が。拳で倒した相手は踉めくだけだし、蹴って転ばせた相手もすぐに起き上がるし。しかし精神面ではこの窮地に対して驚異的な冷静さを失わずにいた。
 ――あの男はおそらく、私を殺すとしてもすぐには殺さない。ええ、この手の手合いは死ぬほど殺すほど見てきたもの。
 ――牧師様が到着する確実な時間はわからないけれど、そう遅くはならないはず。私にこの依頼を持ちかけた段階で、あの人ならきっと手配は終えている。あとは用意の時間だけ。
 ――あとは、それまで私が時間を稼ぐ。私が死なない程度に、遺体を壊さない程度に、賊に怪しまれない程度に。
 ――なるべく早いと良いけど。なんて、【賊喰らい】が誰かに頼るかと笑われるかしら。

 壁際に追いやられたエダはまず手足を拘束された。頭突きをしても良かったが、相手の顔面の損傷が気になる。既に死んだ身だとしても、身内の顔がボロボロになって戻ってきたら家族や大切な人は悲しむだろう。ぐっと堪えていると、衣服を乱雑にはぎとられそうになる。
『お前達、乱暴するなよ。折角の素材を活かさないとな』
「……あなた、可哀そうね」
『なんだって?』
 拘束されたまま、蹂躙する腕にも動じず首謀者の男にエダは話し煽りかける。
「口答えしないお人形相手としか遊べない、可哀そうな人だと言ったの」
『おまえ……!』
「久しぶりに生きた人間とお喋りしたんでしょう。人形相手と同じ、態度が大きいのが証拠」
『うるっさいなぁ……あーもう、うるさいうるさいうるさい!! だからナマモノは嫌いなんだ!! お前達、この女の口を封じろ!』
 遺体たちは命令されるがまま、剥ぎ取ったエダの衣服を口に詰め込む。息が詰まり、呼吸が乱れ、意識が遠のいていく。その間も冷たい手が体中を這いずり回り、主たる男に見せつけるようにエダの様子を差し出した。顔と肢体をじろじろと厭らしい視線が泳ぐ。男はじっくり見ては頷いた。
『あ~いいねぇ。よし、そのくらいでいいぞ。それ以上すると顔が歪んじゃうからな』
 命令に従い、遺体が口の中から衣服の欠片を引き抜いた。ゲホっと咳き込むエダに、男はニタニタと笑みを浮かべ良からぬ妄想の悦に浸っている様子。
「……ッハァ、ぐっ……」
『うーん、苦痛に歪む顔も悪くないかもしれない』
「……なら、今度はあなたが味わいなさい」
『あ?』
 眩い聖光が通路から濁流の如く溢れ込んでくる。その前から聞こえていた僅かな足音を、エダは朦朧とした意識の中で捉えていた。此処までくればもう負ける要素はない。牧師様あの人のだ。
 光を浴びた遺体は力なく頽れ、既に物言わぬ屍。元通り、もう蘇り動き出す事はない。想定外の事態に男は怒りを抑えず叫んだ。
『なんだよこれ!! クソクソクソッ、妖術じゃない、魔術とも違う、これは、異界の――』
「お喋りはおしまい」
『あ』
 ザクっと。エダはまず容赦なく肘を剣で貫いた。叫ぶ声も気にせず、今度は反対の腕を。血走った目が術を口走りそうだったので、次は肺を。ゴポっと血を吐き、呼吸が出来ず声にならない口が動いている。血と涙と脂汗と鼻水と、あらゆる液体でぐしゃぐしゃになった男へ、最後の罰を与える前に一言。
「苦痛に歪む顔の良さ、私には分からないわ」
 喉から脳天にかけ、エダの剣が首謀者の男の顔面を切り裂いた。返り血を浴びたエダに、後光を背負ったナイジェルが駆け寄る。ほぼほぼ布切れが掛かっただけのエダに、己の服を渡し。
「キミねぇ、若い女性がそんな恰好で……」
「心配するところ其処なんですか?」
 最低限の損壊で済んだ遺体。よくよく調べればこの部屋の奥にはまだ数々の遺体が隠されており、余罪は十分にありそうだ。その裁きを肉体は十分に受けたかもしれないが、魂こそ永遠に煮え湯と辛酸を浴び続けて欲しいと願うばかり。


●意図済みの紛乱
「道士退治、お疲れ様」
「お疲れ様でした、牧師様」
 場所はいつもの飲み屋。今回は仕事の打ち上げを兼ねた飲み会だ。金は教会から……といいたいところだが、今回は内容が内容だけに金銭は受け取らずにポケットマネーで。広告費マージンだけギルドに出して、あとは返金した。教会はいつでも金に困っている。特に今回のように、善良な処は。
「あの男はなんだったんですか。生ける屍自体は遭遇した事はありますが……自然発生ではなく作り出すものなんですか?」
「噫、あれはそういう術だよ。本来はあのような扱いをする術ではないんだが……何でも使いようだろう? ゾンビ、キョンシー、リビングデッド……呼び方は様々だが、共通しているのは既に死んでいる点だ。死霊魔術と少し似ている……いや似ていないか……」
 ごくごくと一仕事終えたあとの一杯は美味しい。あれからお互い拠点に戻り、身を清めたりギルドに報告した。その時ギルドでは『あの【賊喰らい】が人を一人しか……!?』とか『あの子のあんな着込んだ服、珍しいね』とか言われていたが気にせずに。
 そんなこんなで数日経過してしまったが、無事遺体は身元確認もとれ、再び埋葬された。遺体の家族も、友人も、大切な人も、教会の人も感謝していた事をエダに伝えると、少し照れ臭そうにはにかむ。
「しかし、あれが意図的だったとはな。私はてっきり、キミが本当に追い詰められているのかと思ったよ」
「牧師様には私がそんなに弱く見えているんですか? だとしたら少し傷つきますね」
「そう言うのなら、愚痴ばかりでなく自慢話のひとつでもするようにしたまえ。キミが本気で戦うところを直接見るのは、私は今回が初めてだったんだぞ」
「? 牧師様、それは少し違いますよ」
「というと?」
 エダはごくごくと酒を煽る。あ、このペースは愚痴パターン入るぞとナイジェルは予感したが今更止まる訳もなく。
「あれ、全然本気じゃありませんから。今回は依頼内容と牧師様が来ることが分かっていたので、ああいう行動が最善だと判断したまでです。何の制約もなければ一直線に賊……道士、と言うのでしたっけ。あの男を殺していました」
 むぅ、とナイジェルは困ってしまう。ここまで強くなると中々一筋縄ではいかないなと。そしてこの言葉に裏はない。自慢話をしろとナイジェルが言ったからソレっぽく言っているだけで、事実だろう。
「あの男が遺体を操っているとして、操者が居なくなった場合私は対処法を知りませんし。それなら牧師様が来るまで……聞いてますか?」
「聞いているとも。キミは本当に腕が立つというか……恐ろしい程冷静だな。キミも実は生ける屍のように、恐れるものがないのかね」
「まさか」
 首を振って、ジュウジュウと焼き音のするウインナーをスキレットから取り、バリっと香ばしい音と香りを漂わせ答える。
「少なくとも、この時間が無くなるのは怖いと思っていますよ」
 その返答にナイジェルは答えることが出来なかった。裡に渦巻く感情を酒で流し込む事しか、今は――。

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