PandoraPartyProject

SS詳細

星に手を

登場人物一覧

クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

 書庫に向かったのは気まぐれだった。書庫に向かう影を先ほど見つけていたから、暇つぶしを兼ねて声をかけようと思ったのだ。
 ドアをそっと開くと、そこにいた住人がすっと顔を上げた。

「ああ、クウハ。どうしたの」
「よォ、ルーク。その本面白いか?」

 ルークは、記憶をなくした幽霊だ。自分の名前も分からず、自分の辿った道のりも分からず、誰かの真似をして、人の生き方をなぞっていたひとだった。名前が無ければ呼ぶときに困るからルークという名前をつけたのだが、彼はそれを随分と気に入っているらしい。名前を呼ぶと、静かに表情を柔らかくするのだ。

「どうだろう。文字を辿ってはいるんだけど、内容はさっぱりで」

 彼は上品に椅子に腰かけて、分厚い本の真ん中を開いていた。透き通るような指先が文字列に触れているが、本当にそれだけらしい。

「ちなみに何の本なんだィ?」

 本の表紙を見させてもらうと、政治やら経済について書かれていると分かる。なるほど、確かに難しそうだ。

 ここに置いてある本のほとんどは、元々住んでいた貴族が置いていったものだったはずだ。その本を内容も分からないまま、読むポーズだけとっているということは、彼はどうも、貴族の真似をしようとしているらしい。

「あー、オマエさん」

 クウハが言わんとしていることを、彼は察したようだった。困ったように笑って、ゆっくりと本を閉じた。誰も触れていない本が独りでに浮き上がって、本棚に戻されていく。

「そうだね。君に名前を貰ったから、僕は僕らしいことをしてもいいんだろうね」

 だけど、と彼は言葉を濁らせた。長く細い息を吐き出して、ルークは静かに言葉を選び始めた。

「自分だけの生き方を見つけるのが、やっぱり難しいんだ」

 曰く。もう誰かの人生をなぞる必要がないと分かってはいる。だけど今までそうやって日々を過ごしてきてしまったから、自分のやりたいことも、何をどうするべきというのも、見本がないと決めるのが難しいという。

「なるほどなァ」

 クウハは首を捻った。ルークの言いたいことは分かる。クウハが見本で良いのなら、自分をなぞればいいと言ってしまえるのだが、彼はこれ以上の模倣を望んでいないはずだ。名前を貰えてこれほど喜んでいるのだから、自分自身というものに憧れているのだろう。

「よし、ルーク。俺様の暇つぶしに付き合ってくれよ」

 オマエさんがやりたいことがあるならそれでもいいけどなァ。そう言うと、彼は曖昧に微笑んだ。

「クウハのやりたいこと、教えてよ」
「ん。じゃあ、まずボードゲームでもすっかァ」

 ニヤリと笑ってみせると、ルークもつられて口の端を吊り上げた。

 ボードゲームが置いてある部屋で、まずはオセロを広げた。クウハの黒色の石に、彼の白色の石が返されていく。

「あー、負けちゃった」
「でもいい勝負だったぞ」
「そうかな? もう一回やっていい?」

 ぱちぱちと石を返しあって、負けた勝ったとはしゃいだ。オセロに飽きたら今度はチェスで、こちらも時には真剣に、ときにはふざけ合いながら駒を動かした。

「ふう、楽しかったな」
「うん。楽しかった」

 騒ぎ疲れたから、今日はお開き。でもこの疲れは決して不快ではないから、また今度遊ぼうなんて約束をした。
 次は負けないよ、というルークの表情は、クウハの真似にしては、別の人らしさが滲んでいた。



「クウハ、何してるの?」

 キッチンでスイーツを作っていると、するりとルークが入ってきた。その表情にオセロがしたいと書いてあるように見えて、思わず苦笑した。

「後でな、後で」
「うん。後で」

 約束を取り付けたら満足したらしく、ルークはそのままキッチンを出て行こうとする。その姿が廊下の奥に消える前に、思い立って声をかけた。

「かき氷のシロップを作っているんだが、一緒にどうだ?」

 いいのかい。そう言うように、ルークの目が開かれた。

「作ったことないよ、シロップなんて」
「いんや、俺もこの前教わったばっかりさ」

 鍋に材料を入れて火をつけると、ルークが近くに寄ってくる。

「ああ、そうか。この前お店の手伝いに行ったんだっけ」
「そうさァ。そこで教わったシロップなんだ、これは」

 その時の出来事をルークに話している間、彼はずっと楽しそうな表情を浮かべていた。時折相槌を打って、時折驚いて、クウハの話に耳を傾けてくれた。

「お前もかき氷が食えたら良かったんだけどなァ」
「まあね。でも、おいしそうなものを見ているって、結構楽しいよ」

 作ったかき氷を差し出せば、彼はおいしそうだねなんて言って、食べるふりまでしてくれるのだろう。生きている人間のふりをしているのを、幽霊でも何か食べている気持ちになりたいからなんて言って誤魔化すのだ。
 シロップ作りに誘ったのは自分とはいえ、さすがにそれは悪い気がする。彼だって、作ったものを普通に味わいたいだろうに。

「せめて味が分かればなァ」
「じゃあクウハ、食べた感想教えてね」

 そうきたか。予想していなかった答えに、思わず口の中で呟いた。何か別のことをしてやろうと考えていたけれど、その必要は無さそうだった。

「オマエ、少し変わったか?」
「そう? 自分だとわかんないなあ」

 ルークがいたずらっぽく笑う。
 彼の笑い方といえば、困ったようなものだったり、微笑と言うのに相応しいものだったりした気がする。こんな笑い方をしたことがあっただろうか。

「ま、楽しそうで何よりだゼ」

 火加減を調節しながら、クウハも歯をみせるように笑った。なんだか自分も、嬉しかった。



 次第に、ルークが何かを自分からしようとすることが増えてきた。

 書庫にいても、本を読むふりをしている様子は見られなくなった。彼が読みやすいと言っている小説を読みふけっているのを、たびたび見かけるようになった。
 ボードゲームは毎日の楽しみになった。負けっぱなしだった彼は少し成長して、クウハを時折苦戦させる。

「――みたいな味だったんだ、そのお菓子がよォ」
「へえ、おいしそうだね」

 それに、クウハから聞いた話からその味を想像するのも、楽しいらしい。

「でさ、今日は頼み事があって」
「おう、なんだィ」

 一緒に何かをしようという誘いは珍しくなくなったが、頼み事とは珍しい。何かと思い尋ねてみると、星を見に行きたいとのことだった。

「僕一人で行くのは、ちょっと不安でね」
「そんな不安なことがあるか?」

 彼は首を傾げた。明確に言葉にできるような理由は見つからないらしかった。

「ともかく、行く前にちょっと星を調べていこうよ。星座、とかさ」

 それには賛成だ。ずっと星を眺めているだけより、星座を見つけ合うほうがきっと楽しいだろうから。

 その日は書庫に籠ってあれこれと調べものをして、夜になって外に出た。星がよく見える場所までルークを連れて歩いて、それから地べたに寝転がった。

「おお、星がよく見えるなァ」

 雲一つない晴れだった。煌めく星々が空を覆っていて、暗いはずの夜が穏やかな光に照らされている。どこか幻想的な雰囲気の中、ルークが星々に手を伸ばした。

「綺麗だねえ」
「だなァ」

 本で見つけた星座や、よく輝いている星を探しては、どちらが先に見つけられるかを競い合う。二人とも見つけられないものは、あれこれと言い合って、やっと見つけたと歓声を上げた。
 ルークは星に詳しかった。星座にまつわる話も聞かせてくれて、その度に星の光が輝いているように見えた。

「しかし何でまた、星を見ようと思ったんだ」

 思い出せる星座が少なくなった頃、クウハはルークに尋ねた。すると彼は照れ臭そうに頭をかいた。

「だって、僕の名前」
「名前?」

 彼の名前を付けたのは、思いつきに過ぎない。だからそこに意味を込めたつもりなんてないのに。そう首を傾げていると、ルークはやっぱりと声を出した。

「そうだろうと思ってたよぉ」
「はァ? 何だそりゃ」
「いいのいいの。クウハは気にしなくていいの」

 けらけらと笑うルークを小突こうとすると、ひらりと身を躱された。彼はがばりと身体を起こして、その勢いのまま立ち上がった。

「あ、オマエ」
「いいったらいいんだよぉ」

 走り出したルークを追いかけて、クウハも走り回る。星を見ていたはずがいつの間にか別の遊びになってしまったけれど、こうしてはしゃぎ回るのも、悪くはなかった。



「僕さ、決めたよ」

 星を見に行った次の日、ルークはそう切り出した。稀に見る真剣な表情で、彼の目をじっと見つめてしまう。

「星を探すために、いつか旅に出るよ」

 旅、か。そうか、旅か。
 クウハはゆっくりと頷き、それからそっと口を開いた。

「やりたいことが、見つかったんだな」

 うん。ルークは頷いた。その目が細められて、真っすぐにクウハを見つめる。

「僕、自分が何なのか、分かった気がするんだ」

 そうしたら、自然とやりたいことが見つかった。彼はそう歯を見せて笑った。クウハに少し似ているけれど、彼らしい笑い方だった。

「クウハのおかげだよ」

 ありがとう。そう言われて、ぶっきらぼうに返事をしてしまう。照れ臭くて、少し苦くて、でも胸の奥が温かくなっていくような、そんな気持ちだった。

「まだしばらくはここにいるつもり。でもいつか」
「止めないさ。お前にやりたいことがあるんなら、それが一番さァ」

 去るのは、止めない。彼に目的が出来たのなら、喜ばしいことだ。ただ、戻ってきたいと思うのなら、受け入れるつもりだった。遠慮など必要あるまい。

 だって自分たちは、同じ幽霊の仲間で、館に住む家族なのだから。

「クウハは優しいね」
「そうかァ? 褒めても何もでねェぞ」
「そういうところだよ」

 くすくすとルークが笑う。その瞳に宿っている光が、昨日の夜に見かけた星のように思えた。 

  • 星に手を完了
  • NM名花籠しずく
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月01日
  • ・クウハ(p3p010695
    ※ おまけSS『光が差す』付き

おまけSS『光が差す』

 書庫に籠って本を読んでいたとき、偶々見つけたのだ。

 ルークという名の語源を辿ると、光を意味する言葉の関連語にたどり着く。クウハは気が付いていないけれど、きっと彼は「光が差すように」という想いで、この名を与えてくれたのだと思う。

 光に憧れるようになったのは、そのことを知ってからだった。
 幽霊らしく夜に屋敷を出歩いていたら、星明りが目に入った。夜闇を照らすその淡い光がひどく優しく、そして強く見えて、手を伸ばしたくなったのだ。

「ルーク、また星観に行くか?」
「うん、行く」

 ひらひらと手を振るクウハに駆け寄りながら、ルークは笑みを浮かべる。
 ああ、そうだ。光はここにもあった。強くて、眩しくて、とびっきり優しい光が。

「ニヤついてんなァ、オマエ。何考えてたんだ?」
「気のせいだよ」

 首を傾げるクウハに、そうだよと頷く。

 もう、光は差していたのだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM