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カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
カイト・C・ロストレインの関係者
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 胸いっぱいに息を吸い込み、緩やかに吐き出せば海の香りが広がり、大変気持ちが良い。
 カイト・C・ロストレイン(p3p007200)の趣味は釣りだ。餌をつけた釣糸を川や海の中に落とし込み、絶妙に動かして魚と静かに競り合う時間が贅沢だと感じている。
(このアタリ……大きい!)
 今までにない強いひき、カイトは奥歯を噛み全力で引きあげにかかる! 一瞬にして永遠の勝負だ!
 だが相手もタダではひかない。餌を食いきって逃げる算段に違いなく、ここからは体力がものを言う。
 カイトの左右で違う美しい瞳に勝負師の色気が宿り、腕の筋肉が隆起して血管が浮かぶ。海へ持って行かれそうになる身体を落とした腰と大きく開いた脚で支える。それでもギリギリだ。
 嗚呼、しかし湿気に強い木材を白いペンキで補強しただけの桟橋は経年劣化もあって滑りやすい。
 ましてやカイトはシャツと釣り用のベスト、それにカーゴパンツ、サンダルというラフな格好。
 魚が大きく迂回して引っ張りを強くしたのだろう、耐えきれなかったサンダルの底がずるりと横滑りする。
「! しまっ」

どっぽーん!!!

 派手な水飛沫があがり、桃色のざんばら頭から肩、最後に足首が海へ呑み込まれた。
 ネオフロンティアの海は澄みきって美しいが、深い。しかも頭から落ちたものだから水圧が上半身を直撃、全身に衝撃を受ける形となってしまった。
 釣竿が水底へ消え行く様をぼんやりした視界で見送りながら、カイトは身体の向きを変えようと痛む頭を振った。
 そこに大きめの魚たちが集い、カイトの脇下と背中に入り込むとゆっくり水面へと押し上げていく。

――――魚がこのような行動を取るなど、全くもって聞いたことがない。

 驚いて固まっているうちに新鮮な空気が急に入ってきて、ゲホゲホと咳き込む。魚たちが移動し、腕を桟橋の方へ誘導してカイトが反射的に掴めば役目は終わりと海の中へ帰って行く。
 落ちた前髪をかきあげながら、世にも不思議な魚たちを見つめる。
「今のは一体……」
「私のギフトですわ」
 なんだったのだろう、と呟いたところで女性の声がすぐ後ろから聞こえた。ちょうど桟橋の上に乗り上げてシャツを絞っていたところだったので、驚いてしまった。
 振り返った先には夕陽が夜に溶け込むような不思議な髪を水面に遊ばせ、琥珀色の瞳を茶目っ気たっぷりに耀かせる美女がカイトの釣竿を持っていた。
「これ、貴方のものでしょう?」
 礼を言って差し出されたそれを受け取り、桟橋の手摺に立て掛けさせる。絞ったシャツとベストを脇に置いて、彼女のためにスペースを空ける。
「ありがとう、すまない。竿はもうダメだと思ってた」
 良いのです、と言いながら桟橋へ腰掛けた彼女の下半身はシャチに良く似たそれであった。
 太陽光を乱反射させるアメジストの如き鱗は光り、尾ビレは上質なサテンのよう、そこに絡まるパールはゴールドでより一層の気品を演出していた。
「怪我はないでしょうか? うちの子たち、やんちゃですから」
 不思議で美しい髪を耳へ掛け直して、美女は驚いて固まるカイトをよそに話し掛ける。 はっ、と我に帰ったカイトが慌てて返事する。
「大丈夫。ねえ、それよりあなたは?」
「私はルナライト。ルナライト・アジュア。ご覧の通り、人魚です」
 にっこりと笑った美女、ルナライトはよろしくお願いしますねと手を差し出す。シルクのように清く華奢な手だった。カイトもそれに倣って自己紹介をして握手に応じた。
「少し、時間はある? 話を聞きたいな」
 カイトが申し出れば是非とルナライトが応じる。
 思い出したように海からあがって大丈夫なのかと問えば、尾ビレが浸かっているので大丈夫ですよと返される。
「さっきあなたは、うちの子たちと言ったけど……」
君はこの海に詳しいのかい、と聞けばとルナライトが頷く。琥珀の瞳に憂いが混ざる。
「私は先祖代々、この海で冒険者が絶望の青へ向かいたがるので止める役目をしています。海の守り人といったところですね」
 ああ、とその憂いを理解した。冒険者はどこまで行っても冒険者だ。
 己の命よりも見果てぬ夢と好奇心から危険な地帯へ望んで行く。たとえ、守り祈る者が行くなと止めても腕を振り払ってしまう。
「それは辛いね……。君は何も悪くないのに」
 ネオフロンティアは遠くに地平線を見渡す清浄の海と果てすら分からないほど高い空が特徴の青の綺麗な国ではあるが、海賊に空賊にと頭の痛い問題を抱える国でもあった。
 その中で海の安全と美しさを守り祈る一族がルナライトなのだろう。
「ええ、皆様なかなか聞いてはくれませんから……。ですが海の守り人として訴え続けなれば」
 言い終えてルナライトはあの絹のように滑らかな手を合わせて祈る。私にできることはこれしかないと、一言こぼして。
 あまりも哀しいじゃないか、とカイトは思った。思ったが口には出来なかった。
 祈りとは、届かないものである。
 たとえば喉が潰えるほど叫んでも、たとえば千切れるほど手を伸ばしても、たとえば脚が壊死するほど走っても、
 奇蹟は簡単ではない。
「……君は強いんだね。優しくて強いんだね…………」
 俯いて呟くように言えば、ルナライトは目を伏せて小さく首を降る。
 そんなことはない、そんなことでは、ないのだ。優しさではない。強さでもない。
 ただただ、ひたすらに強固なのだ。帰りを待ちたい、それだけの想いが強固なのだ。
「冒険が悪いことだとは言いません。ただ、おかえりなさいと言って楽しかった話を聞きたいだけなのです」
 真摯で些細な願いはいつだって誰にも聞こえない。聞こえても誰もが当たり前と笑って通り過ぎていく。
 それから気付くのだ、些事だと思って過ぎた日常こそが尊ぶべきものだったと。
 日々を丁寧に優しく、朗らかに生きることの難しさを知るのだ。
「……ねえルナライト、僕は騎士なんだ。誰よりも勇敢に前で戦う者なんだ」
 遥か昔を写し取ったかのような色を持つルナライトの瞳がカイトの瞳を見つめる。
 カイトは深い森からそのまま取り出した緑と、そこに昇り見守る夕陽の赤を瞳に持っていた。
 それらは穏やかで繊細で、けれども危うい過激さも孕む騎士だった。
「ルナライトみたいな人を哀しませてしまうだろう。その身を憂いに落とす悪だろう」
 カイトの白っぽいわりに骨張って柔らかな筋肉のついた指が、ルナライトの白くまろみを帯びた頬を優しく包む。
 生まれて初めて赤子を抱く子どものような手つきだとルナライトは思った。
「それでも、戦場のせいで傷つき泣く誰かがいなくなるまでは止まれないんだ。だからこそ」
 笑っておこうとは、思うんだ。笑ってただいまと言いたいから。ゆっくりそう告げれば、ルナライトも仕方なさそうに眉をさげて笑う。
「ルナライト、君のおかえりなさいは。きっと誰かの力になってるよ」

――――僕のギフトは、正義の執行だから。ひとりぼっちの正義だから

 だからこそ、誰かに迎えて欲しい。おかえりなさい、と一言だけで良い。小さな温もりのある笑顔だけで良い。
 無事を喜び、笑い会う日常を。僕らのために迎えてくれ。

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