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珱家の花は見頃なり

登場人物一覧

珱・琉珂(p3n000246)
里長
ニルの関係者
→ イラスト

「琉維、琉維や」
 桃色の髪を結わえた亜竜種の背を追掛けるのは珱・瑠貴その人であった。幼くも見える外見をしているが里長代理として随分と長い時間を過ごしてきた淑女である。
 亜竜集落フリアノンでは里長の家系である珱家の直系ではない瑠貴は現里長の珠珀の補佐を行っている。瑠貴から見れば親戚の、更に少しだけ遠い可愛らしい少年であった男も今や自身から見れば曾孫やそのあたりにまで位置してしまうような家系図の下方に位置する親戚筋の娘と結婚したのだ。
 その親戚筋の娘――里長、珠珀の妻である琉維は巨大な裁ち鋏を背負い、花籠一杯に食用の花を詰め込んで楽しげな足取りで歩いていた。
「はあい」
 穏やかな声音に、ふんわりとした態度が可愛らしい彼女は丸い瞳をきょろりと向けてから「どうなさいました、瑠貴ばあさま」と微笑む。珠珀の優しげな翡翠の瞳とは違った、胡桃色の眸は可愛らしい。桃色の髪を結わえ上げた彼女は花籠を持っていれば寓話の姫君のような様子なのだ。
「琉珂は何処にやったのかの?」
「琉珂ですか。琉珂なら里おじさまがいらっしゃっていたのでお任せしてますよ。
 食用花を持っていってクレスとザビーネに夕食の下拵えを手伝って頂こうと思っていたのでアウラと里おじさまと遊んでいるのではないでしょうか」
 ふむ、と瑠貴は呟いた。里おじさまと呼ばれているのはベルゼーと名乗る亜竜種だった。冒険家であると名乗った彼は瑠貴と同じようにうんと長生きである。
 幼い頃から外見の変化のない彼を瑠貴も慕っては居た。わざわざ一人で危険な領域に進み、どうしたことか幾人かの亜竜種を保護して帰ってくる。
 里に少しばかり滞在する亜竜種たちは怖いもの知らずなのか、それとも冒険家の助手であるつもりなのだろうかベルゼーと共に里から出立していくのを繰り返していた。
 珠珀や琉維もベルゼーを慕い、彼は代々『里おじさま』と呼ばれていた。特に琉維の一人娘である琉珂は彼によく懐いている。
 彼が連れてくる亜竜種のクレスやザビーネ、アウラと遊んでいる時はとても幸せそうに見えるほどなのだ。
「クレスやザビーネに声を掛けてきてやろう」
「有り難うございます。瑠貴ばあさま」
 丁度、久方振りに『里おじさま』の側に行きたいという気持ちもあった。幼少期には彼の膝の上で絵本を読んで貰ったこともあるのだ。それが長寿の特権だと瑠貴は感じている。
 最近は亜竜種を近づけないようになったベルゼーも慣れ親しんだ相手にはある程度の交流の場を開いてくれる。里長代行ともなれば話すことが多くあるとも感じていたからだ。
 巨竜の骨フリアノンから少しだけ顔を出す。地上はワイバーンの危険性もあるが、するすると進む瑠貴はベルゼーが此処なら安全だと告げて居た辺りにこじんまりとした花畑が存在している事を知っていた。
「やはり此処であったか。クレス、ザビーネ。琉維が手伝って欲しいと言って居った。アウラは子守かの」
「本が読みたいのだが」
「変わろう。琉珂、里おじさまから何か教えて貰ったか?」
 アウラと呼ばれた少女の膝の上で読書の邪魔をしていた幼い少女――それが一人娘の琉珂だ――は顔を上げ「瑠貴ばあさま」と手を振った。
 アウラの傍ではベルゼーが立っており瑠貴の姿を認めてから気易い態度で手を振ってくれる。「ああ、瑠貴」と呼びかける声音も存外に優しいのだ。
「ああ。里おじさま、健在でなにより」
「いやあ、最近は草臥れますな。何せ、夏が近い。陽射しが照りつけてばかりだと老体には応えるもんです」
「そうとは言うが外見も変わっておらんであろうに」
 瑠貴が幼い頃から彼は老けた雰囲気を持っていた。その当時の亜竜種達は「里おじさまっておじさまだね」と揶揄ったものである。
 勿論、彼が老け顔を気にしているわけではなく、彼が気にしていたのは亜竜種達から見て己が異質な存在に見えたことであったのだろう。この時の瑠貴は其れにも気づけず、案外心が繊細な男なのだと感じていたものである。
「いやいや、流石に答えますな。琉珂は水分補給をなさい」
「はあい」
 足をぶらぶらとさせる琉珂に水筒を差し出すベルゼーはそうしてみれば立派なベビーシッターだ。細かな気遣いと幼い琉珂への愛情が瑠貴にとっては非常に心地の良いものであった。
 里おじさまは誰にでも優しいが、琉珂を存外に甘やかしている。名付けの場にも琉維と珠珀の希望で立ち会っていた。娘のように可愛がっていた琉維の出産を褒め称えた彼は孫であるかのように琉珂を愛でていたのだ。その様子をアウラは「莫迦みたいな顔をしていた」とも揶揄していたが、瑠貴にもそのように見えていた。
 蕩けるように小さな赤子を眺めていたベルゼーの愛情は深い。だからこそ、彼は冒険家として各地を旅して亜竜種のためになる情報を収集することを目的にしてくれたのだろう。
 そんな自己犠牲のような動きに敬意を持っている瑠貴はゆっくりと琉珂の隣に腰掛けた。その膝にぽすりと座った小さな琉珂の後ろ姿は母である琉維にそっくりである。
 長く伸びてきた桃色の髪を指先で梳いてからサイドバックに入れておいた髪飾りで結わえてやる。「瑠貴ばあさまは琉珂を可愛くしてくれるの」と彼女は嬉しそうに微笑むものだった。
「いやはや、女子の子守は女子に任せるべきですなあ。瑠貴は琉珂の好みを良く分かっている」
「里おじさまは分からぬのかな」
「ええ。髪の毛を結わえて欲しいと言われたんですがな……外よりリボンを持ってきては見たが、こりゃ難しい。結わえることさえできやしないんですから」
 ほら、と差し出されたのはエメラルドグリーンの上質なリボンであった。琉珂の若葉色の眸には良く似合う可愛らしいリボンではあるが、結わえ方が分からぬと言うならば問題だ。
 そういえば、と瑠貴はふと思い出した。瑠貴の持っていた鋏にも同じリボンが巻かれていたではないか。あれもベルゼーから琉維へのプレゼントであったのだろう。
「オジサマのリボン、かわいいのにかわいく髪の毛できないの」
「瑠貴ばあさまがやってやろう」
「やったあ」
 うふふ、と頬を抑えて微笑んだ琉珂の髪を一度解き、櫛で丁寧に梳く。ベルゼーが持ち込んだリボンを使用して編み込んでやればこの小さなプリンセスも喜んでくれるだろうか。
 オジサマのリボンは素敵だと嬉しそうに笑った琉珂はベルゼーの事を好いている。その好意は瑠貴や里の者達にも惜しげもなく注がれるのだから、里長代行として赤子の頃から彼女を身詰め続けていた瑠貴は琉珂が可愛らしくて堪らなかった。
「ほら、琉珂。こんなのでどうか」
「瑠貴ばあさまも同じにして。オジサマも」
「いやいや、琉珂。オジサマには無理ですなあ。その髪型が似合うのは瑠貴や琉維、琉珂のような可愛いお嬢さんでしょうに」
「おとうさんは?」
「珠珀も……厳しくはありませんかなあ」
 からからと笑ったベルゼーに珠珀がリボンを編み込んでいる様子を思い浮かべてから瑠貴も思わず吹き出した。桃色の髪をしては居るが、其れなりにしっかりとした男性に育った珠珀が愛娘と同じ髪型になっている様子が容易に想像できてしまったのだ。
「珠珀ならば琉珂がねだればしてくれるのではないかの」
「ああ、珠珀ならしそうですなあ。里おじさまと呼んでいた頃の珠珀はそれはそれは可愛くて素直でしたからなあ……」
「里長になった日に『これからはベルゼーと呼ばせて貰おう!』とふんぞり返って二言目には『里おじさま』と呼びかけて赤面して居った日が懐かしい」
「ああ、頑張ってベルゼーベルゼーと練習しておりましたものなあ」
 二人揃ってくすくすと笑っていれば琉珂が「おとうさんっておもしろいの?」と首を傾げて問い掛ける。勿論だと返した二人は顔を見合わせてからやはり可笑しいのだと笑ったのだった。
 里おじさま――ベルゼーは少しの時間が経てば里を離れてしまう。だが、里おじさまと呼ばれている彼は亜竜種を愛し、亜竜種のために死地に赴いて情報を集めてきてくれるのだ。
 その献身を彼を知る者は誰もが知っていた。彼が居たからこそ里を存続できていると告げる者も居る程なのだ。

 だからこそ――
 瑠貴は酷く戸惑った。瑠貴だけではない。里長代行達は誰もがそうだった。
 深緑での一件を聞いた瑠貴はテーブルを叩く。今は亡き琉維や珠珀になんと申し訳を立てようか。
 彼等の大切な一人娘であった琉珂の心境を思い浮かべるや、瑠貴は悔しくて堪らない。自身とて里おじさまと呼ばれていたベルゼーには親愛の情があった。
 彼は亜竜集落に対して心の底からの愛情を注いでいてくれたのだ。フリアノンだけではない。他集落でも彼の姿を見たことのある里長代行達は誰もが彼を信用していただろう。

 ――真似をするものがでてはなりませんからな。私の存在は内密にしてくださいませんと。

 時折、コート姿の亜竜種を見かけた者は居ただろう。それが話に漏れ聞く『里おじさま』であると知る子供達も居たかも知れない。
 だが、彼が。ベルゼー・グラトニオスが『冠位魔種』であったなど、誰が想像できようか!
「……恨むぞ、ベルゼー。……里の子らがどれ程慕っていたか」
 己とてそうだった。長くは携わらぬように、意図的に己の能力を出来る限り抑えてきた男が亜竜種達を反転に誘わぬようにと気配ってくれていたことは確かだった。
 その優しさに気付いてしまうからこそ、恨めない。里を護ってきてくれたと感じてくれるからこそ、恨めない。
 それでも、恨まねばならぬと言うのだから。なんと、なんと酷い事であるか。
 瑠貴は帰還した琉珂を真っ先に抱き締めた。泣き崩れる彼女の背を撫で、里長代行達の許へと誘えば、誰もが彼女を気遣った。
 早くに亡くなった珠珀と琉維の代わりであった男が恨むべき存在であったことを識った彼女の苦しさを、誰も言葉に出来ず。瑠貴はただ、琉珂を一頻り抱き締めていた。

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