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鏡合わせの双子
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「なんでわかるんだよ!」
お屋敷の玄関扉を開けてすぐ二階から聞こえた大声に、何事かと帰ってきて荷物もそのままにクウハは顔を覗かせた。
喋り方と声のトーン、
絵画の右側にいる幽霊が右足を一回、左足を二回。左側にいる幽霊が右足を二回、左足を一回踏んだのが見えた。
「ははァん」
これだけで何が起こったのか把握したクウハはにやりと笑うと近づきながら手を伸ばし、左側の幽霊の頭を撫でるように動かす。
「トルエ、その態度はレディに対して褒められたもんじゃねェなァ。エルトもだぞ。まだオマエさんのがマイルドかもしれないけどな」
「なんで僕が言ったって思うんだよ!」
「おや、違ったか? どうなんだ、レディ」
クウハが視線を絵画へ移すと、絵画に描かれた少女は困ったような顔をしている。
「正解よ。急に私のところに来て『どっちがどっち?』って言うから当ててみせたのよ。だいぶ見慣れてたからこうかなって。そしたらきっと偶然だからもう一回、もう一回って付き合ってたらこんなことになっちゃって……」
絵画の少女、レディが答えた。問題を出されて正解を当てていただけなのにこうも言われて訳が分からないといった風だ。そして彼女の言葉から絵画の左側にいるのが(そして大声で叫んでいたのが)トルエ、右側にいるのがエルトだと確定する。
「ほら、合ってるじゃねェか」
ぐむむ、と黙ったトルエに代わってエルトが言う。
「でもさっきの言葉、何も見てないのになんで僕じゃなくてトルエだって思ったのさ」
「あン? そりゃトルエは『そういう性格』だろ」
「性格?」
「そ、性格。わかんねェなら近所迷惑する前に部屋に戻って考えるんだな」
ほれ、行った行ったと手を振れば双子はそろって離れていく。その際にトルエはべぇーと舌を出していくことを忘れない。
「……ああいうところだと思うのだけど」
「気づいてねェんだよなぁ、アイツら。仕草もそうだが性格がかなり違うんだが。それで最初っから見分けられないって言うから面白いんだけどな」
クウハが思い返すのは初めて会った日のこと。クウハにとって双子の第一印象は『魂はそっくりなのに、持つ色は正反対』であった。なぜならその時はトルエが一歩だけ前に出て、エルトを守るように立っていたのだから。恐らくはいつものようににやにや笑いを浮かべるクウハをどう見たものか警戒していたのであろう。
「僕はトルエ、エルトとは双子で兄だよ」
先んじてトルエが名乗り、右手を胸に当てて礼をする。なるほど、前に出ていたのは兄であることの意識からか。
「僕はエルト、トルエとは双子で弟だよ」
続けて一歩前に出てトルエと距離を揃えてからエルトが名乗り、左手を胸に当てて礼をした。
(まるで鏡みたいだな……)
二人の仕草はそっくりで細かい部分まで同じだ。ただ本人たちは気づいているのかいないのか、行動がぴったり左右逆なのである。二人の間に鏡を一枚置いたのならトルエとエルトが二人ずつになるだろうなと確信が持てるほどに。
「多分見分けはつかないと思うけどね」
続けてそう言い、苦笑するエルトへ。
「いや、多分オマエら見分けられるわ。好きなように入れ替わってみな。見ないでおいてやるから」
ある種の自信を持ってクウハは背を向けた。後ろから「何を言っているんだ」と不満げな声が聞こえるが無視。
しばらくして、そこまで言うなら当ててみろよ、と声がした。振り返るとそこには挨拶をした時と同じ場所に立ちっぱなしの二人。
「本当に当てられるの?」
左側の彼が"左手"の人差し指を顎に当てて首を傾げた。不安そう、というよりも信じていないように見える。
「無理だろうさ。生きてる間に大人だって当たられなかったの覚えてるだろう?」
右側の彼が同じように"右手"の人差し指を顎に当てて首をかしげる。こちらは当てられるはずがないと何処か自信を持っているようにも見えた。
片方は左手をよく使い、大人しそうで自信のなさそうな雰囲気。
片方は右手をよく使い、どこか強気で自信のありそうな雰囲気。
二人の"とても分かりやすい情報"から最初のあいさつの時の雰囲気を踏まえてクウハは答えを告げる。
「左がエルト、右がトルエ、だな」
「「えっ、なんでわかったの!?」」
「さァて、なんでだろうなァ」
「誰にも見分けられたことがないのに!」
「きっと偶然だよ。適当に言ったら当たっただけかも」
「ならここにいる間、いくらでも問題を出してみな。当ててやるからよォ」
自信ありげにクウハが笑ってみせれば、悔しかったのだろう双子はぴゅーんと揃ってどこかに飛んでいった。この『どっちがどっちクイズ』はその時からずっと続いているのだ。
「その時からって……まだ教えてあげないの? お兄ちゃんってば相変わらず意地悪ね」
「ヒントは教えてるし、気づかねェ方が悪いのさ。大方、向かい合って相談したり動いたりしてるんだろ。ずっと昔からな。お互い考えてることがわかるのがいけないのか、ただのガキのままなのか俺様にはわからねェが」
災難だったな、と告げてからレディの元を離れて階下へと戻っていく。帰ってきて早々騒動に巻き込まれたが、本来の目的地は二階ではない。
一階の一番奥、ほぼほぼ使われていない物置部屋を目指して歩く。物置部屋と言ってもクウハがそう呼んでいるだけで窓も壁の作りもちゃんとしているから本来は部屋として作られた場所だったのかもしれない。ただ前の住人が物置部屋扱いしていたためか、今でも使われていない家具や道具の入った木箱などがほこりにまみれながら所狭しと置かれている。
ちなみに主に子供霊がおもちゃ扱いして木箱の中身をひっくり返したり飛ばしたり、時にはかくれんぼ大好きな骸骨の子が無理やり家具を押しのけて隠れたりするため、足の踏み場もないほどめちゃくちゃな部屋になっている。
そんな部屋の扉を開け、足の踏み場はポルターガイストでひょいひょいと確保しながら部屋の奥、家具で囲まれた窓の前の小さな空間を目指す。ごちゃごちゃとした周りの中でそこだけが唯一の安全地帯のようにすっきりとしていた。この空間を確保している存在のマメさがわかる。
当然、クウハはこの空間の主を知っていた。双子の弟の方、エルトである。子供霊の遊び場になりがちなこの部屋でいつの間にかこっそりと
ここにエルトがいるのはクウハですら数えるほどしか見ていないが、トルエにも内緒なのかいるときは必ず一人で幸せそうにぬいぐるみの手入れをしていた。
もしかして、と思ったクウハはエルトが一人の時に聞いてみたことがある。ぬいぐるみが好きなのか、と。返事は驚いた顔と(元々青白い霊体姿ではあるが)赤くなった頬、ためらいがちな頷きだった。
元々動物自体好きだったが、その可愛さを集めなおかつ柔らかいぬいぐるみに初めて触れたとき、動物以上にその感触が好きになってしまったのだという。ただ生前では子供っぽい、女の子のすることだ、とトルエも含めてその趣味を認めてもらえなかった。それでも捨てられたりしているぬいぐるみを見ると可哀そうでつい集めてしまい、今現在このようになってしまったらしい。
彼の秘密を知ったのち、トルエにこの場所の話はしない、という約束をする代わりにクウハはこの空間への自由な侵入権を得ていた。(別になくても入ろうと思えば入れたが住人のプライベートを不用意に犯すのは彼の本意ではないのだ)
迷いなくこの空間に足を踏み入れると、ぐるりと周りを見渡して隅っこのほうに置かれた埃のない木箱を見つけて引っ張り出す。木箱の中身はボロボロだったり日に焼けているものも多いが動物のぬいぐるみでいっぱいになっていた。エルトが集め、手入れし、大切に扱っているぬいぐるみたちだ。その中にクウハは買ってきたドラネコ(猫に竜の翼が生えたような覇竜領域で確認された可愛さに全振りした亜竜の一種である)のぬいぐるみを入れてまた元のようにしまっておく。動物が好きな彼へのプレゼントだ。直接渡すとトルエや他の住人達の目があるからこうやって渡すのが通例であった。
こうして用事を済ませて物置部屋を出た後、次に向かうのは今いた部屋があるのとは反対の廊下。いくつかの扉を過ぎてからまだ住人のいない部屋の扉を開ける。ボロボロだがまだ人が住めそうな感じの部屋に一歩入ればどこからともなくシクシクとすすり泣く声が聞こえてきた。
(こういうところは何というかそっくりなんだよなァ)
聞こえないように溜息を吐いて、迷いなくクウハは部屋の中に置かれた大きな本棚のそばに無造作に座り込んだ。
「泣くほど悔しかったのか?」
息を吞むような音がして泣き声が止まった。ややあって本棚の向こう側、壁の中から声が聞こえてくる。
「違うよ。それもあるけど、そんなにわかりやすいなら、なんで父さんも母さんも見分けてくれなかったんだって思ったら、悲しくなってきちゃって」
「さァて、こればかりは俺にもわからねェなァ。なんてことはない、見分ける気がなかったのかもしれねェが……」
シクシクとまた泣きだす声に苦笑してクウハは続ける。
「どっかのところではな、双子は不幸の象徴だっていわれてるんだとさ。場所にはよるが兄を殺さなきゃいけねェ、弟を殺さなきゃいけねェって決まりがあるらしい」
「僕かエルトが殺されてたかもしれないってこと? 僕そんなの嫌だ。エルトとずっと一緒がいい」
「俺はお前の両親じゃないから知らねェが、もしかしたら両親も『そう』だったのかもしれねェぞ」
「そう、って?」
「どちらともずっと一緒がいい、死んでほしくないってことさ。兄を殺さなきゃいけないにしろ弟を殺さないといけないにしろ、どっちかわかりません、って顔してたらごまかせるだろ?」
もちろん詭弁だ。本当のところはクウハにだってわからない。クウハが言ったようなことでごまかそうとしていたのかもしれないし、二人に興味がなかったのかもしれない、観察力不足で見分けがつかなかった可能性だってゼロではない。
ただそれでも、気が少し強いくせにどこか繊細で、嫌なことがあると弟に隠れて一人
「気が晴れたら調理場まで来な。飯作るから手伝いが欲しいんだよなァ」
そういって立ち上がるとパタンと本棚に入っていた数少ない本が何の前触れもなく倒れた。それを了解の合図と受け取ってクウハは部屋を後にする。そんな幽霊屋敷の一日。
トルエとエルトはクウハのことが嫌いだ。いつかクイズでギャフンと言わせて大笑いしてやるんだと思っている。
でも、トルエは自分の気持ちをわかってさりげなく言葉をくれるクウハのことが大好きだ。
エルトも自分の好みを知ったうえで大切にしてくれるクウハのことが大好きだ。
二人一緒だとひねくれる鏡合わせの双子は今日も向かい合って相談する。
「レモンとかオレンジの汁であいつの目を潰すってどう?」
「クイズ以前にそれは卑怯だよ。あと食べ物雑に扱ったら怒られそう」
「確かに、怒られるのはヤだな」
「「うーん」」
こてりと首を同じ方向に傾げる。それが左右違っていることに気づく日は果たして来るのか、来ないのか。