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東南より臨むは源氏星

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

●大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道なり
 神宮寺巽は勤勉、真面目が取り柄な少年であった。
 とある剣術道場の跡取り息子である彼は、道場を継ぐことになるだろう。
 その定められた未来に対して何一つ文句を言うこともなく真面目に取り組んでいた。
 しかして、1914年――大正3年に第一次世界大戦が勃発したのである。
 国家を守るべく剣術武術に長ける少年は陸軍士官学校に招かれることになった。
 父親もその進路には大きく賛成してくれた。国家を守る礎となれ。そう言った父親の顔は誇らしげであったことを覚えている。
 軍士官学校へ送り出された少年は少し大きめの陸軍軍服を支給された。
 成長期に合わせてくれたのだろう。その気遣いをありがたく思う。
 目の前の大日本帝国陸軍軍服は彼の軍人としての未来を暗示するように折り目正しくたたまれている。少年はそれを持ち上げ腕を通そうとしたたその瞬間――。
 
 世界に悔いる女と出会う。
 
 少年は女と話し召喚された世界の理を知った。
 この世界は崩壊を迎えようとしているのだという。その崩壊を止めるがために自分はここに呼ばれたらしい。
 祖国が世界と戦争を起こさんとしていた状況なのだ。正直それどころではない。しかして帰る手段などないという巫山戯た話だ。
 少年は悔いる女に背をむけ帰る手段を探すことにする。
 『練達』という国では元の世界に帰る研究をしているものがいると聞いた。
 ローレットという世界崩壊を止めるために作られたギルドというものがあるそうだが、自分は辞退し練達に向かうことにした。
 もちろんこの世界が崩壊してしまうことは忍びなくは思う。しかし祖国の危機より優先されるものではない。
 一軍人として自分は国の礎にならなくてはいけないのだ。
 
 少年は武術剣術に関しては一家言ある。
 少年の道場において、少年に勝てるものはいなかった。父上ですら超えた少年は天才として讃えられることもあった。
 その能力があればとりあえずの路銀を稼ぐことなど大したことはないと思っていた。
 しかし、しかしだ。
 小さな島国での最強というものは、実は井の中の蛙でしかない。
 そう、少年は大海を知らなかったのだ。
 世の中には自分より強いものはたくさんいた。ローレットに所属する幼き少女が自分より強いなどということはざらにあるのだ。
 そして、少年はその現実に絶望することになる――。
 
●練達、ある街角で
 リゲル=アークライト (p3p000442)はとある古書店に足を踏み入れた。
 異国情緒漂うその書店はなるほど、練達の――多くの異世界の旅人たちがここで暮らすがゆえの多様性が見て取れる。
 横開きの扉には少々手間取ったが、ようやくはいった店内の古書の香りにはなぜか心安らぐものがあった。
 乱雑に並ぶその古書の群れは誰かの宝箱のようで少しワクワクする。
「なにかお探しでしょうか?」
 リゲルが指先で本のタイトルをなでていると落ち着いた声がかけられた。
「ええ、剣技の本などがあればと思いまして」
 その声に振り返れば黒髪の異国の服装の少年――おそらくこの店の店員であろう――が立っていた。服装はたしか着物といっただろうか? ニホンと呼ばれる異世界の国で好まれている装束と仲間の旅人から聞いたことがある。
「剣技……? ですか?」
「ええ、少しでも強くならねばなりませんので」
 少年――神宮寺巽は、そう答えたリゲルをまじまじと見つめる。年の頃は自分と同じくらいか。この世界の純種なのだろう。
 まとう剣気が自分の知る人間とは大きく異ることを感じる。
 ――彼は強者だ。
 そう直感する。
 巽の指先は無意識のうちに腰の愛刀にを触れていた。
「あ、もしかして、君も剣を嗜んでいるのかい?」
 青年は巽の手元の刀に気づきすこし嬉しそうに尋ねる。
 年齢が近く、なおかつ同じ剣の道を歩んでいるだろうことに、親近感をおぼえたのか青年の口調がすこしがくだけたものになった。
「え、あ、はい、まあ大したことはないのですが」
 それは皮肉でも謙遜でもなんでもない。ただの事実だ。巽はこの世界の強者と手合わせをして、敗北し、絶望した。
 自分の武力があればなんとでもなると思っていたのに、この世界の強者は自分のはるか上をいくのだ。
 故に自分は武力で身を立てることもできずに、この練達に身を置き書店のバイトとたまにあるかんたんな護衛の仕事で食いつなぐことしかできないでいるのだ。自分が情けなくなってしまうにも程がある。
 とはいえ、未だもとの世界に帰るという大義は失ってはいないが。
「へえ、得物は?」
「こちらです」
 問われるがままに巽は愛刀を見せる。無銘の刀とはいえそれなりの刀であると自負はしている。
 元の世界からの唯一の相棒がこの刀だ。
「カタナといわれる刃物だね。とても大切に使われているようだ」
「ええ、自分の唯一の相棒ですから……」
 日々の刀の手入れは一日たりとて怠ったことはない。この世界で戦うことに絶望している自分ではあるがそれだけは続けてきた。
「ねえ、君、えっと……」
「神宮寺巽と申します」
「俺はリゲル。リゲル=アークライトだよ。えっとタツミ君。このあと時間はあるかな?」
 リゲル=アークライト――。何処かで耳にしたことのある名前だった。
 たしか先の天義の事変に関わっていた人物。――だったと思う。
 その有名人が自分にどんな用があるのかと巽は首を傾げた。
「えっと、そのちょっと不躾だったかな? その、ありていに言えば君と手合わせをしたいんだ」
「手合わせ、ですか?」
「突然こんなこと言うのは失礼かもだけど、うん、俺はカタナとやりあったことがなくて、ご指南いただけたらって
 君はそれなり以上にできる人だと思ったからね」
「指南など……あなたのような有名な剣士に教えれることなど自分にはありません」
「いいや、そんなことは無いはずだ。君もまた強者を求めている目をしている」
 リゲルの指摘に巽は心臓を跳ね上がらせた。
 その言葉は真実だ。武勲名高き剣士、リゲル=アークライトと剣を交わすことなど願ったりかなったりだ。
「さすがのリゲル=アークライトというところですね……わかりました。自分なんかでよければ」
 心臓が高鳴る。まだ自分は絶望していなかったのだと巽は思う。
 目の前のこの強者に立ち向かいたいと思う心がまだあったのだ。それを見抜かれてしまった。剣士として、男としてその誘いに乗らないわけにはいかない。
 

「やあ、まっていたよ」
 リゲルは指定した広場で随分前から待っていたようだ。時間つぶしをしていればいいものを馬鹿正直にずっとここで待っていたのだろう。やっとの自分の登場に無邪気に楽しげに声をかけてくる。
「すみません、おまたせしてしまって」
 バイト明けの巽を頭をさげ、遅くなったことを詫びる。
「いや、もとは俺のわがままだし。断られてもしかたなかったけど、来てくれて嬉しいよ」
 言ってリゲルは右手をだした。欧米人がよくやる握手というものだろう。おずおずと巽も手をだせば、ぎゅっと強く握られる。
 熱く険しいその手は今までどれだけの修羅場をくぐってきたのだろうかと思わせるものだった。
 その巌のような拳に、ふつふつと巽の闘志が胸の奥から湧き上がっていく。
「怪我をさせないようには努力します」
「言ってくれたね」
 好戦的な笑みを浮かべる巽にリゲルもまた笑む。
「ルールは降参したほうが負け、でいいかな」
「承知」

 男二人は間合いをあけてお互いの得物を構える。
 巽が礼をするのに合わせてリゲルも礼をする。
 刹那。
 剣とカタナが鋭い金属音をあげた。
 一合、二合、三合と金属が打ち合わされる。
 リゲルを凌駕する素早さで打ち込まれるその刀先は鋭く、当たればただでは済まない。
 随分と謙遜はしていたが巽はこの世界にきてからも常に己を研鑽していたのだろう、その剣筋に衰えなどは微塵も感じさせることはない。
 常にリゲルの喉元や急所を狙う剣筋は尋常ではないほどに研ぎ澄まされている。
 しかし、その分巽に隙が多いことは見て取れる。読みやすい真っ直ぐな剣――言ってみればこの剣は彼本人の人柄を表しているようにみえてリゲルは巽に好感を覚えた。
 リゲルであれば、その、致命的とも言える隙を突けばすぐに勝利はできるだろう。
 けれども。
 けれども、だ。
 この手合わせが楽しくてしかたないのだ。
 彼の国の剣技の特徴なのだろうか? 素早い身のこなしの一撃必殺の技。だというのに回避はおぼつかないというアンバランスさ。
 それは当時の日本の国民性を表すものであったのだが、リゲルにはそれはわからない。
 ひりつくような死と隣り合わせのその緊張感に一筋の汗が流れる。
 何度打ち合いをしただろうか?
 リゲルが防御する都度にその剣先の鋭さは増していく。
 それはこの少年がこの瞬間ごとに成長していっているという証左。
 恐ろしい少年だな、とリゲルは思う。
 その思いがリゲルに隙を生んだ。
 
 キィン!
 高い金属音をあげてリゲルの銀の剣が跳ね上がり、黄昏に染まる赤い世界に煌めく。
 喉元、首の皮一歩手前にもう一つの銀閃。
「えっと、まいった」
 取らせるつもりなどリゲルには毛頭なかった。技術としてはリゲルのほうが僅かに勝っていたはずだ。
「あなた、手加減していましたね?」
「いや、そんなことはないよ」
「いいえ、貴方の動きは二刀を持つものの動きだ。現に試合中何度も剣のない片手に目をやっていました。
 自分をバカにしているんですか?」
 少年の瞳は悔しさ以上に怒りに満ちていた。
「その……」
「あなた方ローレットの戦士は俺なんかより強いんでしょうね。自分程度では勝負にならないと、だから手加減なんてしたんですか?」
「違う!! 違うよ、タツミ聞いてくれ。
 俺は君と公平に――同じように戦いたかったんだ」
 その言葉に巽はなにか言いたそうな顔をするが、それ以上は口をひらかなかった。
 代わりに仏頂面になっている。
 そんなところは子供じみた少年だなとリゲルは少し可笑しくて微笑ましく思う。
「えっと、敗者として提案したいのだけど」
 その言葉に巽は眉をぴくりと動かすが答えはない。
「なにか奢らせてもらえないかな? ほら、真剣勝負の後で喉もかわいたし」
「真剣勝負などとよく言えましたね」
「今度はいつもどおり、二刀流で戦いたいと思う――だから再戦を願う……だめかな?」
 巽の嫌味に怯むこともなくリゲルは次の対戦を乞う。
「次は、絶対に手加減はしないでください」
「もちろんだ。っていうことは次の手合わせをうけてくれるのかい?」
「そういうことです」
「じゃあ、お茶にしよう!
 とはいえ、ここは詳しくないんだけど、タツミ、いいお茶の店はしっているかい?」
 その空気のよめない青年の言葉にツンケンしているのがなんだか馬鹿らしくなって巽はため息をついた。
 
「へえ、ワガシ? マッチャ? このお茶ははじめてだ。すごい! 緑色だ」
 巽の紹介で立ち寄った店は、巽が働く書店とおなじような異国情緒の茶店だった。
 丁寧に点てられた茶碗からは抹茶のいい香りが立ち上っている。和菓子も美しい砂糖細工の練りきりとたっぷりと栗餡を包み込んだまんじゅうで、抹茶との相性は最高だとおもう。
 リゲルにとっては雰囲気も含め初めての店だったようでアチラコチラキョロキョロと眺めては、あれはなんだこれはなんだと巽に尋ねる。
 英雄リゲル=アークライトのそんな無邪気さに巽は毒気を抜かれて逐一丁寧に説明していく。
「うわ、この苦味? がいいね。あまい砂糖菓子がよくあうよ」
「それを渋みといいます。そちらの和菓子はねりきりと言います。花や動物を模して季節を表すなんてこともあります。
 逆に質問ですが、普段はどのような茶を嗜まれているんですか?」
「基本的には甘い紅茶だね。よかったら俺のうちにくるかい? 紅茶を淹れるのには自信があるんだ。
 君は旅人だよね? どんなところにすんでいたんだい?
 このワガシというものの話を聞いてみたい。食事はどんなものがあるんだい?」
「君だけが質問するのはずるい。自分の君のことが知りたい」
 彼らはお互いについて質問をし合う。剣で心を通じ合わせた。次は言葉で心を通じあわせていくのだ。

「じゃあ、また。手合わせの約束を忘れないでね」
 そういって別れたリゲル=アークライトは英雄なんて言われるような人物ではなく年相応の普通のどこにでもいるような青年だと巽は思った。
 百聞は一見にしかず。噂の人物も会ってみないとわからないものだ。
 書店の店主がたしか天儀の騎士にあこがれていると聞いた。リゲルの話をしたら、店主は驚くだろうか? それとも羨ましがるのだろうか。
 とまれ、彼とのなし崩しにした約束は巽本人にとっても大切なものとなった。
 
 彼は深夜下宿先を抜け出し、リゲルとの試合を思いだしながら刀を抜き、壱、弐、参、と数えながら刀を素振りする。一刀ごとに鋭く、精密に、丁寧に。
 次のリゲルとの再戦に向けて、技を磨かなくてはならないのだから。
 
 それにしても。
 ――やはりこの世界は広い。
 魔物に魔種、そして熟練の剣士たち。
 それらがすべて自分より強い。故に自身の技を磨くことを怠れば、瞬く間に自分は淘汰されてしまうのだ。
 自分は死ねない。志半ばにして死ぬわけにはいかない。
 自分には家族がいる。
 門下生たちがいる。
 残してきた者たちと再び会うために。
 そして愛する祖国を守る軍人となるために、自分は生き延びて帰らなくてはならない。
 絶対に、絶対に死ぬわけにはいかないのだ。
 
 少年は愚直に刀を振る。
 空に浮かぶ源氏星を見つめながら。
 今度は文句なく勝利をおさめてやると心に誓いながら。

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