PandoraPartyProject

SS詳細

2022/07/07

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 aPhoneのスケジュールアプリを一瞥してから天川は07/07『七夕祭り』と書かれている事に気付いた。ウィジェットで予定を知らせてくれるアプリは現代人にとっての必需品だ。
 天川にとってそれがなくてはならない存在だというわけではないが、便利である以上は使用を止めることもない。紙の手帳と同様に使用すれば何方も使い勝手は良いと感じられるものだ。イレギュラーズとして活動する仲間達も再現性東京では其れなりに有用にaPhoneを活用していることだろう。天川も再現性東京での依頼人達とのやりとりは私用のaPhoneを駆使すると決めていた。
 相変わらずの日常が続くのは確かではあるが、本日も遅くまでの仕事が入っている。だからといってどうという訳ではない。彼にとってその日が誕生日と呼ばれる自身の生誕に纏わる日出ある事と、1つ年を取るだけの大して思い入れもない日であるのは確かだ。
 ――そんなことを言うと亡き妻に叱られてしまうだろうか。屹度、彼女ならば「天川君の誕生日ですよ!」と胸を張り満面の笑みで誕生日を祝ってくれることだろう。
 天川はそんな様子を思い浮かべてから咥え煙草を携帯している灰皿へと押し込んだ。癖の様に煙草を咥えてしまうが最近は医者とのやりとりがあるために何となく吸う機会を失い始めた頃合いだ。彼女が肺への悪影響などをとやかく告げるタイプではないとは分かって居るが、移り香のように煙草が彼女から薫ってしまうと申し訳がない。煙草の香りは吸わない人間にとっては鼻につく――勿論、彼女こと澄原病院の院長である晴陽が煙草の香りに眉を顰めることはないがその従妹である水夜子には「銘柄ってなんですか?」とそれとなく煙草の香りが漂っていることを指摘されたことがある。
 頭に浮かぶようになった人間が増えると自身が充実した生活を送っているのだと感じられてエモ言えない感覚には陥った。生きる為に仕事をしているのは確かだが生きる事を精一杯に行う事がどうにも亡き妻や息子に対しての罪悪感に変換されがちなのだ。
 のっぺりとした黒い影のように己から離れないとはよく云ったものだが、平穏なる日常を送ることがどうにも慣れやしない。天川は嘆息しながらも一先ずは探偵としての依頼を熟すことにした。
 特段、誕生日である事に注意を送っていたわけではないために昼過ぎから夜までみっちりと仕事の予定が詰まっている。失せ物探しもそうだが、浮気調査なんていう代物も舞い込んで来るようになったのが再現性東京『らしい』だろうか。雑踏とビルの間を抜けてコンビニで購入したサンドウィッチを囓りながら依頼を熟すだけの日常。頬杖を付いてカフェから眺めたターゲットの動向。男と女の古式奥ゆかしいマイムマイム。莫迦らしいダンスを踊るようなやりとりを俯瞰して眺めるだけの仕事は何と下世話で、何と薄暗いものだろうか。
 現場で叩き上げられていた頃ならばそんなものも重要な仕事の一部であると目を光らせて凝視していたのかも知れないが、長くそうした仕事に携われば天川自身にも飽きが来る。惰性と言えども仕事は仕事。少しでも目を逸らせば――「大丈夫ですよ、天川くん!」なんて、晶のような事が起きるかも知れないのだから。
 茶封筒の中身はいくらかの写真と動向を纏めた資料。依頼人と接見する喫茶店の奥まった席で天川は目の前で涙を湛えた夫人が最後の最後に「そういえば、探偵さんは天川さんと仰るんですね」と世間話を始めたことに驚いた。
「ああ、まあ」
「今日は七夕なので、お名前が……目について」
「誕生日なものでね」
「……そうなんですね。私も春に生まれた娘にはるかと名付けようと思って――」
 それをあの浮気者に、と泣き始めた夫人を宥める事も探偵の仕事だというのか。冷静に「奧さん、落ち着いて」と言葉を重ねた天川は現役時代を思い出して何となく辟易した。探偵業務よりも警官であった時に幾らか告げたことのある言葉がどうにも空しく響いたように聞こえたからだ。
 依頼人の夫人を落ち着かせてからaPhoneを眺めれば時刻は21時を指していた。今日も有意義とは決して言えないが当たり前の日常が終わりを告げようとして――ふと、通知マークに気付く。
 メッセージをやりとりするために希望ヶ浜ではよく利用されるアプリを開いてから、天川はおや、と眉を吊り上げた。メッセージの通知には澄原 晴陽の名が躍っている。
「先生?」
 多忙を極めている彼女からのメッセージとは珍しい。急ぎの用事であろうかと開けば「本日のお仕事は終わられましたか?」と簡素なだけのメッセージが躍っている。
 今終わったが、何か用事であっただろうか。そう問い掛けるように返答を返せば、10分程度の間を開けて「少し宜しいでしょうか」とだけまたもメッセージの送付がなされた。
 のんびりとした応答であったことからそれ程切羽詰まった事ではないのだろう。天川はaPhoneの通話ボタンを押してからいくらかのコールを晴陽へと飛ばす。出なければ其れで構わない。彼女も病院勤務だ。院長室や携帯電話での通話が可能なエリアならまだしも、そうでは無い場合は院内で使用されるPHSでなくては反応をしないだろう。
『はい』
 幾つかのコールの後、淡々とした声音が返される。「ああ」と天川は晴陽の声に反応を示し、「何か用事だっただろうか?」と問い掛けた。
『いいえ、19時頃に此方の業務が終了したので……その、たまたま気付いただけなので余計であったなら申し訳ないのですが』
「ああ」
『天川さん、本日がお誕生日であったでしょう。以前、カウンセリングに来られていた際のカルテに記載されていましたので。
 個人情報を勝手に確認してしまい誠に申し訳ありません。その――……おめでとうございます。大人になってから祝うというのは何とも擽ったいですね』
「……ああ、有り難う。そうだな、誕生日に対して余り興味を懐いている訳ではなかったが、祝って貰えることは素直に喜ばしい。
 先生も忙しい中、連絡を有り難う。今日も仕事を詰め込んでたんだろう? 遅い時間だから、そろそろ業務は終いにした方が良い」
 つい口許に笑みを浮かべた天川の笑みが晴陽にも伝わったのか電話口でほっとしたような吐息が聞こえた。カルテをたまたま確認して――などと言うが、彼女がその様な仕草をするのも何となく可笑しい気もする。カルテで確認したことを記憶していたのだろう。なんだかんだで小忠実な彼女だ。一度見てしまったからと義務的に認識でもしていただろうか。
『はい。本日は私も此れでお終いです。仕事に根を詰めて居たのは確かですが人と話すと集中力も悲鳴を上げる頃合いだと気付かされますね』
「はは、其れは良かった。電話をしなけりゃ先生は院長室で仮眠でも取ってそうだからな」
『……否定は出来ません。お仕事が終わられたという事はこれから事務所ですか?』
「騒がしかったか。いや、外だ。依頼人に資料を渡してこれから帰るところだが――」
 街の喧騒でも響いただろうかと問うた天川に晴陽は祭り囃子が少し、とだけ呟いた。通りかかった小さな神社の前には七夕祭りの看板が掲げられいくらかの屋台が出ている。
 子供達の燥ぐ声が電話口に入り込んだのだろう。外を歩いている最中に長電話をする事が申し訳ないとでも彼女が気を配ったのか天川が思い当たったと同時に『姉さん、もう帰りますよね!』と聞き慣れた声が聞こえた。
「なんだ、先生? みゃーこも居残りか?」
『水夜子はこれから夜勤ですね。病院に何方かが居た方が良いだろうと考えて高校卒業後はナースの真似事もして頂いています』
『と、言いながらも大体はナースの皆さんを見つつ夜間にいらっしゃる夜妖関連患者さんの情報集積だけなんですけどね!
 天川さん、姉さんのこと連れて帰ってくれませんか? 私のことを心配して病院にこっそり残るんですよ。夜間通用口の警備員さんには伝えておきますので!』
『水夜子、あまり迷惑を掛けては』
『迷惑ですか!?』
 え、迷惑なんですか。そんな大袈裟に驚いたような声を出して揶揄うように笑うのだ。迷惑などと告げるわけがないと知っているからこそなのだろう。
「……なら、迎えに行くか。待っていてくれ」
『――え、いえ、天川さんにその様な迷惑は……!』
『姉さん、ついでにお誕生日プレゼントをお渡しすれば良いじゃないですか。サクラさんとか、お誕生日を個別に教えて下さっていた方には用意していたでしょう』
 ぐ、と息を呑んだ晴陽は『お願いします』と呟いた。どうにも人にそうした甘えを見せることが苦手な彼女だ。苦心の末である事が滲んでいて天川は思わず『みゃーこ、あまり先生を困らすなよ』と笑うのだった。

 夜間通用口を通り抜けて少しばかり歩く。慣れた様子でエレベーター前に進んだ天川は小さな紙袋を手に俯き加減で立っていた晴陽に気付いた。
「よお、先生。お疲れ様」
「お疲れ様です。コーヒー、お飲みになりますか?」
 ブラックの缶コーヒーを手にしている晴陽に天川は礼を言う。水夜子が自販機で飲み物を購入していったのであろうか。晴陽の立ち位置はベンチのやや右側であったことから先程まで明るい従妹が其処に座っていたことが容易に見て取れた。
「水夜子は患者対応へと行きました。天川さんに『おめでとうございます!』との事です」
「それ以上に何か言ってただろ?」
「『いやー、私のお父様レベルの年齢差なので、祝うと何だか不思議ですね』と……」
 失礼を申し上げましたねと告げた晴陽に「いやいや」と天川は手を振った。確かに18歳になった水夜子とは随分と年齢差が存在している。目の前の晴陽とも年の差はあるが――あまり年齢差を感じた事が無いのは彼女が落ち着き払っているからであろうか。
「さて、先生を送っていけば良かったんだったか」
「申し訳ありません、その前にコンビニで朝食だけ購入しても良いですか?」
「先生、自炊はしないのか」
「あまり。時間もとれませんから……。そうした細かな部分も水夜子にお任せしている場合が多いですね。
 料理が出来ないわけではないですが時間を掛けることがあまり有意義に感じられず」
 水夜子などは晴陽に栄養のある食事をと考えてくれるのだと告げる晴陽に天川は「やりそうだな」と笑いかけた。
 コンビニでサラダやヨーグルトを購入する晴陽は帰宅するタイミングが分からないために材料を購入し辛いのだと言いながら「これ、美味しいですよ」とやや不細工なウサギとのコラボスイーツを天川へと差し出した。かごへと投入されたスイーツを眺めながら「先生はそういうのが好きだな」と告げれば晴陽は一瞬だけ笑い「ええ」と頷いたのだった。
 珍しいものを見たと晴陽が電子マネーで決済をし、袋に詰め込まれた商品をがさがさと探りながらマンションへと向かう背を眺めていればくるりと彼女は振り返る。
「お誕生日おめでとう御座います。申し訳ありません、こんな夜更けですのでコンビニのケーキですが。味は保証します。美味しかったです」
「……チーズケーキか、この兎は」
「はい。中のベリーソースも美味しかったです。水夜子が脳髄だと言って居ました」
「みゃーこ……」
 揶揄う様子が頭に浮かんで天川は思わず笑う。晴陽はほっとしたようにスイーツを天川に手渡してから「それから」と緊張したように携えていた紙袋を差し出した。
「こちらも。誕生日に何が宜しいかと悩んだのですが……いつもお世話になっておりますので」
 手渡すと共に晴陽はそろそろと後退する。気恥ずかしいのか「此処までで結構です。おやすみなさい」とマンションのエントランスへとさっさと走り去って行く。
 呆気にとられながらも天川はふ、と笑った。
「……誕生日、な」
 胸ポケットに手を伸ばしてから、天川は煙草を無意識に探していたことに気付く。
 誕生日プレゼントだと渡された品はネクタイピンであった。彼女の趣味――だとすれば、不細工なキャラクターが添えられていそうだ。違うだろう――からは外れているのだろうが年齢相応である品だ。
 そうやって祝福されて、平穏を過ごしていて良いものか。充実した毎日を送る事に対して感じた罪悪感を払除けてくれる晶の笑い声もない。
 指を掛けた煙草を其の儘、仕舞い込んでから天川はやれやれと嘆息した。どうにも、まだこの日常には慣れやしないのだ。

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