PandoraPartyProject

SS詳細

お嬢様の敗北

登場人物一覧

スザンナ・ウィンストン(p3p010592)
特異運命座標

●都合の悪い醜態Abominationに蓋をして
 よくある話、よくある依頼、よくある敵に、よくいる黒幕。そんな簡単な事、スザンナ・ウィンストンは片手間に出来ると思っていた。特異運命座標イレギュラーズに選ばれた自分は世界に祝福されていて、敗北などありえないと。どんな窮地に陥っても必ずや誰かが、何かが助けてくれると。何故なら『わたくしは生まれついての高貴な者』で、そのスザンナを放置するわけがない――そんな夢物語は脆くも崩れ去る。

●話が通じない相手
 実際はどうだか、誰も助けになんて来てくれない。面倒ごとは大嫌い! 理屈っぽいことも複雑なことも全部すっ飛ばして、他の冒険者が手に入れた情報を堂々と横取り、黒幕の根城へと乗り込んだ。本人曰く、正々堂々。悪は正義にひれ伏すべき。ええ、勿論わたくしが正義ですとも。正確にはスザンナがついた側が『正義』だと信じている。
「商人リデ・ジノー! あなたの正体は既に理解わかってましてよ! 奴隷売買・麻薬密売・金銭偽造……証拠は揃っているのよ。さぁ、をしましょう? 今ならまだ罪が軽くなるかもわからないものね」
 豪奢な正面玄関で声高に叫ぶスザンナに、使用人は虚ろな目で重い扉を開いた。雇い主に対して此処まで侮辱ともとれる言葉を叩きつけられても微動だにしない使用人は、若い女性ばかりで薄い生地の体型スタイルがよくわかる服を着ている。下品な趣味がよく出ていると思った。彼女らは脅されているのか、薬の効能か、もしくは催眠の魔術の類かも分からないけど、そういうのは事後処理をする下民がやること。スザンナは華々しく首魁の首を突き出せば良い。

 案内された部屋は客間だろう。スザンナの家も家だけは大きかったし、この家の調度品が一級品なものだと感じる。でも滅多矢鱈に統一感のない配置はセンスがないわね、わたくしなら此処には絵画を、カーテンはもっと明るい色で、そもそも壁の色も気に入らない……香も焚きすぎて髪に薫りがうつりそうと云々。というかわたくしを通していながら何をちんたらしているのかと段々苛だってきた。前置きもなく突然の来客であれば大抵の者はすぐ出られないのだが……生憎とスザンナにその理屈は通らない。スザンナは自分は何よりも優先されるべき存在だと信じて疑わないから。ウィンストンの家の者はみなそうだったのだし、それが彼女にとっての当たり前。
「お待たせした、ローレットの方」
「本当に。飽きてこの陰気臭い部屋の模様替えでもして差し上げようかと思ったところよ」
 ローレットの使者、とは名乗っていない。そもそもスザンナは自分の身元を明かしていないのだが……そこに気付くことはなかった。この段階で警戒しておけば今後の流れも違ったのかもしれない。それも後の祭り、スザンナは誇らしげに足を組み椅子の背もたれにふんぞり返る。勝利を確信した笑みだ。
「話は使用人から聞いたわね? わたくしはもうあなたの悪事を暴いているの。命が惜しければ出頭なさい。屯所には連れて行って差し上げてよ」
 あれやこれやと口から出てくる言葉は嘘ではないが全て本当というわけではない。この悪徳商人の悪事と根城を暴いたのはスザンナではないし、罪が軽くなるかなどスザンナの権限でどうこう出来るものでもない。唯、此処に真っ先に来たのがスザンナであっただけで、策も何もあったものではない。当のギルドもスザンナの事は最初から頭数に入れていないのか、現在はじっくりと包囲と警戒と証拠の整理をして逃げられない状況を作っている最中。
 リデ・ジノーは薬種商だ。様々な薬を練り歩き、小さな村などでは役立っているとか。都市部には店舗や工場もあって、そこそこ儲かっている――というのが表向きの話。裏の顔はとんでもない悪徳商人で、違法な薬の販売・製造を行っている。そのような違法な薬は高価で、買えるのは大抵ろくでもない貴族。お金が払えない貧乏人相手には女子供をカタに連れ去っていく。金はいくらあっても足りないと、悪銭でさらに悪銭を生む。薬で苦しむ誰かを助ける気など、このリデ・ジノーには毛頭なかった。
「お噂はかねがね伺っていますよ、ウィンストンのご令嬢。噂に違わぬお美しさと気品をお持ちで」
 でっぷりとした体格でソファを占領し、使用人が運んできた紅茶を飲む男。褒められるのは慣れているし、そんな当たり前の事を言われたとてスザンナの心は何も動かない。いや、ちょっと調子に乗ったけど。
わたくしの事はどうでも良いわ。時間の無駄は嫌いよ。ねぇ、わたくしは親切心で物申しているの。貴方も極刑になりたくないでしょう? 証人も証拠もこちらで管理しているわ、逃げ場はないのだから……ケホッ、その肥えた身体を牢で引き締めると良いんじゃない?」
 ジノーは顔をしかめながらごくごくと紅茶を飲みほし、苦い顔をした。舐めまわすような視線は、いやらしさより驚きが勝っているように見える。
「……特異運命座標イレギュラーズには中々効かんか……」
「旦那様、既に10分以上経過しております。もう動けはしないかと」
「おおそうか、では早速『運んで』やれ」
「かしこまりました」
「何をこそこそしているの? 疚しいことが無いならはっきりおっしゃいな」
 使用人と小声で話す姿に明らさまな不満の声をあげるスザンナに、ジノーはニタリと笑みを浮かべる。今度こそ、本当にいやらしい笑みで。
「いえ、ウィンストン嬢。そろそろ足が痺れたのではありませんか? にご案内しますよ」
「は? 何を言っているの。わたくしは別に……―――え?」
 ガタン、と立ち上がろうとしたが足が動かない。足が本当に痺れたように感覚が無く、椅子からそのまま転がり落ちる。何が起こったのか分からない。足を組むなど日常茶飯事で、その程度の作法で鈍るような身体もしていないはずだ。出された紅茶にも手を出していないし、一体何がどうなって……。
「おお、その玉体に余計な傷がついては大変だ! お前達、お連れしろ」
「「はい」」
 二人の使用人がスザンナの両脇を固めて何処かに連れていく。意識がぼぅっとしてくるのに、どうしてこの使用人もジノーも平気な顔をしているのか。嗚呼、頭が重い。考えるのが面倒くさい……。意識はぷつりと途切れた。

「ん……ふぁ~。ん!?」
 良く寝た。と一瞬でも思ったが直近の行動を振り返り、現在の状況を把握しようと部屋を見る。石造りの壁に窓はなく、灯りは蝋燭だけ。どうやら地下室だと思われる。この類の部屋は貴族の屋敷には珍しくないが、商人の家が持っているのは珍しい。お金は金庫か銀行に預けていることが殆どだし、多くは懲罰房として使われる。商人の家にそんな部屋が必要だろうか?
「よく眠れましたか?」
 ニタニタと下卑た笑いを浮かべ、ジノーはスザンナに寄ってきた。まだ身体がよく動かないスザンナは詰めたい石畳に直に腰を下ろしていて、そのまま見下ろされ品定めをされる。なんて忌々しい! わたくしが逆の立場ならまだしも、下民から斯様な視線を浴びるなど!
わたくしをどうなさる心算つもりで? 尋問しても何も出ないわよ、証拠はギルドが握っているのだから逃げられないと……」
「その話は本当ですかな? もしそうならば、貴女を単独で此処に送るでしょうか? 本当だとしても何故誰も助けにこないのでしょう?」
「…… ……」
 一人で手柄を立てようと突っ走りました、なんてみっともない台詞を自尊心プライドの高いスザンナが言えるわけもない。沈黙を通すスザンナにジノーは続ける。
「そちらで把握しているかは分かりませんがね、うちでは品種改良も行っているんですよ。勿論薬に使う薬草の……ね。しかしまぁ、ちょっとしたもおりまして。こちらなど実は非常に良い活力剤になるのですが、活きが良すぎましてね。毎日使用人と『遊ばせて』おります。よく動くほど実が強力な素材になりますので」
 棘のついた蔓は薔薇の鞭のようにも見える。それはまだ蕾をつけている状態で実がなるまで時間がかかるのだろう。とはいえこの茨は鋭い。遊ぶ、の意味も気になる。スザンナは硝子ガラスの蓋に覆われた鉢植えをじっと見つめた。ジノーの声に反応するように、蔓がうねうねと動いて硝子ガラスを叩いている。早く出せ、と言っているようだ。
「なんなのよ……このわたくしにそのような仕打ちをして良いと思っているの!? わたくしは気高きウィンストンの娘、下手な事をしたらお父様たちが黙っていなくてよ」
「ハハハッ! 実に面白い。あのウィンストン家の娘! 没落貴族のくせに態度だけはでかいと噂の! 貴女のような甘やかされて育った方には多少の躾が必要なのではありませんか?」
「馬鹿にして……!」
 ふぃー、と葉巻から紫煙を吐き出し、石畳にそのまま捨てて踏みにじる。まるでスザンナの尊厳まで踏みつぶされたようで悔しいのに、身体が動かず逃げることも出来ない。ジノーは茨の蔓がびたんびたんと動く鉢をスザンナの前に置き、躊躇なく硝子ガラスの蓋を開けた。
 蔓は真っ直ぐに眼前のスザンナ目掛け絡みつき、あらゆる方向から引っ張る。胴体に巻き付いた蔓はスザンナの身体を持ち上げ、腕に巻き付いた蔓は後ろに引っ張り、足首にもギュウギュウと棘が食いつく。
「いっ……ちょっと! いい加減にしなさい! この程度で特異運命座標イレギュラーズであるわたくしが屈するとでも思っているの!?」
「いえいえ、そんな事は決して。むしろ貴女には感謝しているのですよ、ウィンストン嬢」
「は……?」
「普通の人間よりは頑丈だと聞きますからね、特異運命座標イレギュラーズは。この子と『遊ぶ』と大抵の人間は数回で死んでしまうのですが……貴女でしたらこの子も充分に満足して良い実を実らせるでしょう」
 ジノーにとってあくまでも、他人は全て金蔓か商品でしかないのだ。スザンナはまんまと飛び込んできた極上の果実といったところで、何の罪悪感もなく、むしろ喜ばしい事だとすら思っている。反吐が出るような性格だと思っても、この状況で口を出しても状況が好転することはない。そうしている間にも身体に巻きついていない蔓がスザンナの身体を棘でわざとらしく鞭打つ。
「痛ッ……苦し……」
 首が、腹部が、腕が締まる。息が出来なくて苦しくていっそ気絶してしまえたら楽なのに、痛みでそれも出来ない。本当にムカつく、どうしてわたくしがこのような目に? わたくしは気高い貴族として、俗物を助けてあげようとしただけなのに! ローレットも何をモタモタしているの? このわたくし危機ピンチなのよ、早く助けに来なさいよ!
 考えが纏まらない。思えばずっと、客間に通された時と同じ香りが漂っている。ふわふわした意識を強制的に引き戻す痛みが憎い。スザンナの色白で玉のような美しい肌に傷がつき、血が滴る。それも致死量でなく、あくまで血が滲む・少し流れる程度。この植物は加減している。それだけの知性を持っている。
「ウィンストン嬢、お美しいですよ。存分に遊んであげて下さい」
「いい、加減にッ……!」
「鉢はまだありますので、頑張ってくださいね」
「は?」
 目を凝らせば、地下室の棚には同じように硝子ガラスの蓋で覆われた植物が、蔓でびたびたと蓋を叩き己の番を待っていた。これで終わりではないなんて――スザンナは青ざめた。

●その後
「スザンナさん! あのままだと本当に大変なことになっていたんですよ!!」
 ギルドの職員がぷんぷんと怒りを隠さずスザンナに迫る。うんざりした顔でスザンナは横目で対応。
「ああもう、その話は聞き飽きたわ。耳にタコが出来そうよ」
「何度でも何回でも言います!! 本当に……苗床にならずによかったです……」
「なえどこ?」
「はい、あの植物は違法な品種改良です。実はすりつぶすと強力な腰痛の薬になるんですが中毒性があり……いえそれは良いんですけど」
「よくないわよ!!」
 こほん、と仕切り直す職員は続ける。
「交配は同種同士では出来ないんですね。なので、数を増やすには他の生き物に種を寄生させる必要があるんです。人間は格好の的ですよ、生命力がありますし身体も大きいですからね。徐々に生命力を奪って宿主は干からびて……スザンナさん?」
「……あなたたち……」
「?」
 拳を握りしめ震えるスザンナは叫んだ。
「そういう危険なことは!! 先に言いなさいよ!! わたくしの命の危機だったじゃないの!!」
「先行したのはスザンナさんじゃないですかぁー!」
 理不尽なスザンナの怒りに、ほとほと溜息と呆れしか出ないギルド職員だったとさ。あの植物はその後全て燃やし尽くされた。あれから作られた薬で本当に助かっていた者もいたかもしれないが、副作用などがあるかもわからぬ薬。悪徳商人リデ・ジノーも然るべき罰を受けたそうだ。

 ――どちらも因果応報。ということで、このエピソードはお終い。

  • お嬢様の敗北完了
  • NM名まなづる牡丹
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月28日
  • ・スザンナ・ウィンストン(p3p010592

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