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Become hero's tale/いつかの英雄譚のように

登場人物一覧

コヒナタ・セイ(p3p010738)
挫けぬ魔弾

 昼だというのに空は重く、雨音が延々と耳に届く。それをかき消すように僕は一人、宿屋の一室で同じように重い"相棒"の世話をしていた。どこに行っても変わらない日常に、溜息の一つも吐きたくなる。
「ファンタジーの世界に来てまでコレか」
 ほんの小さい頃、誰かに読み聞かせてもらった物語の世界にこの世界は良く似ている。お城から攫われたお姫様を救う為、世界を旅する勇者様の物語。困った人を見逃せない勇者様は危険知らずだけど最強で、仲間の魔女に騎士、そして聖女の四人でパーティを組みながら訪れた街々の問題を解決して回っていっていた。まさに『勧善懲悪な剣と魔法のファンタジー』! っていう光景に、僕は何処か憧れを抱いていたんだと思う。
 勇者様の様に剣を振るって、魔女の様に魔法で悪人を蹴散らして、騎士の様に人々を守り、聖女の様に皆に有難がられたかった。だって、現実の僕はまだ子供で、何もできない普通の人間だったから。常に危険と隣り合わせの故郷で生きていた僕には、明日生きていられる保証も存在せず。日々銃撃戦の音に怯える日々。もう無くしてしまったけれど、今思えば僕はあの本のお陰で生きる為の希望を持てていたのだと思う。
「けど、コレじゃあなぁ……」
 この『無垢なる混沌』に初めてやってきた時、僕は非常に喜んだ。幻想に降り立った僕の目の前に広がっていたのはファンタジーな街並みに、平然と歩く剣や杖を携えた人達。それは僕の憧れそのものだ。まるで物語の中にそっくりそのまま入り込んでしまったような感覚に陥った僕は、同じように剣を振るい魔法を操る存在になれると思い込んだ。
 けれど、現実はそう上手くいかなかった。僕には憧れになれるような才能は無く、一番手に馴染んだのはこの世界へ共にやってきた"相棒"。即ち、僕が今整備しているこの銃だ。だから僕は、元の世界と同じく一人の"スナイパー"としてローレットに所属することになった。
 もちろん、人の役に立てる事は良い事だ。サンドウィッチ屋の少女を悪徳商人から救い出すことができたし、ローレットから受けた依頼を通して様々な人の悩みや問題を解決することができた。
 けど、結局この手が握れたのは柄ではなくこの引き金だった。この"武器"は簡単に命を奪ってしまえる。それが僕の命を守り、また人を守ることにつながるとしても……あまり、好きではない。
「――っと、危ない危ない」
 つい自己嫌悪に陥って分解の手が止まっていた。コイツの部品の数は少ないけど、こうも空を眺めてばかりだと夜までに終われない。しかし、並べた部品を見ても混沌で関わってきた依頼の事を思い返してまた作業が止まる。薬室に溜まった汚れは僕の放った弾丸の証。バイポッドに付着した土は山中で獣を狩った時の名残り。ストックの微かな凹みはチンピラを殴った時のものだろう。人を助ける為とはいえ、沢山のものを傷つけてしまったものだ。
 ……だけど、こんな僕でもこの世界は受け入れてくれた。今や常連になったサンドウィッチ屋の女の子は僕の事を恩人だと思ってくれているし、狩人のお爺さんには自然の中での活動の心得を学んだ。本当に、ありがたいことだ。たとえ僕が憧れの勇者様になんてなれなくても、関わった誰かを助けられるような存在でありたい。
「……そうであれたら、いいな」
 幸いにも、僕は特異運命座標だ。この混沌を救う存在の一人。そうで在る為のキッカケとは、これから先にも沢山出会えると思う。その一つ一つを見逃してしまわないよう、これからも出会いを大切にしていこう。
「よし、あとはスコープだけだな」
 掃除をして再度組み上げた相棒を脇に置いて、スコープのレンズからゴミを吹き飛ばす。これだけ綺麗にすれば僕が標的を見逃す事は無い。
「なんたって、ボクは凄腕スナイパーですからネ! ……一人で何言ってんだ、僕」
 最後にスコープを取り付け、確認の為相棒を構えて外を見てみる。すると雲はもう何処かに去り、空からはお天道様が顔を見せていた。本当にいい散歩日和だ。こんな大手を振って人々が安全に大通りを歩ける"今"を、僕も大切に守っていきたいな。

  • Become hero's tale/いつかの英雄譚のように完了
  • NM名わけ わかめ
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月05日
  • ・コヒナタ・セイ(p3p010738
    ※ おまけSS『泡沫のような銃/Air-Gun』付き

おまけSS『泡沫のような銃/Air-Gun』

※これはただの妄想銃なので採用するもしないも自由にしてください。銃好きとしては愛銃のようなものを持ってもらいたいのです。

名称:Снайперская винтовка Тишина-42/SVT-42
通称:死の黙示
 コヒナタの元いた世界で製造されている大型のセミオート・スナイパーライフル。長期間の酷使や極地環境下での使用が前提として設計されており、部品数は少なく頑丈で信頼性が非常に高い。その代わりに見た目に違わない重量を持つ。
 俗に改良型と呼ばれる56型が存在しているが、こちらは軽量化・携行性向上の為に銃床に穴が開けられ、銃身の小型化が計られた結果、その目論見は成功したものの狙撃性能は低下している。その為、コヒナタは威力・射程共に優れている42型を愛用している。


モチーフ元:ドラグノフ狙撃銃

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