PandoraPartyProject

SS詳細

屋台『羽印』Ver4.00

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
武器商人(p3p001107)
闇之雲


 羽印において要とされる屋台は零が混沌時代になけなしのお金をはたいて購入した思い出の品である。
 汗水垂らして敵と戦いフランスパンを売りさばき得た賃金を一瞬にしてとかしてしまうのは少々勇気が必要だったが、それ以上に飢えに怯える人々を一人でも多く救うべく立ち上がった。それが今となっては混沌を支えるパン屋の一人。偉くなったものである。なんてひとり肩を竦めてみるが、羽印を設立した当初よりのモットーは変わらない。お腹をすかせた人を一人でも減らすのだ。と、意気込んでいた。実際それは今でも同じように、零の心のなかに密かに根付いた野望でもある。
 さて、そんな羽印だが。実は大分前に商人ギルド『サヨナキドリ』に迎え入れられ、羽印マートとして幻想に本店を構える大規模な食料品店となったのである。
 屋台の屋号羽印はいつのまにかマートに進化し、各国の人々を支える大規模な店となってしまった。ありがたいやら恥ずかしいやら。
 しかしながら手押しの屋台を捨てきれる筈もなく、戦うパン屋の必需品としてだいじにだいじに共に時を重ねた屋台は、サヨナキドリの備品として登録された、のだが。

「うーん……」

 零にとって屋台とはお客さんのニーズが至近距離で聞ける大切な橋渡しの道具でもある。ので離れるつもりはないと宣言してある。
 とはいえ屋台は結構大きい。あと重い。それなりに成長して体格も以前とは比べ物にならないほど健康的になった。妻の支えもあり食生活から改善されたのだと思う。が、しかし。健康的になれど筋肉量が増えれど屋台が軽くなるわけではないのだ。
「師匠、俺がもっとムキムキになるか俺が腕を増やすかならどれが現実的……?」
「……零、何を悩んでるんだい」
「あ、いや……屋台、重くて。慣れてはいるんだけど、もっと遠くとか道の悪いところにいくなら不便だからさ……どうするべきかなあって」
 至って真剣な零の額をつんとつついた武器商人は、三日月を緩めた。
「屋台を変えれば良いのさ。質量を軽くすれば零でも押せるだろう。第一、元の素材も拘ってあるようだからね、下手に機能を落とすくらいなら改良すればいいのさ」
 器が変わらないのであれば変わるように変化させれば良い。そうやって零の身体にも魔術式を刻んだのだから。
「で、でもその費用はどこから捻出すれば……良い機材には良いものをつけないとだしさ。師匠、もしかして良い仕事知ってたり……?」
 至って真剣。だからこそ鈍い。これでは狙っているのか狙ってないのかも解らない。
「……零、あのねぇ」
「うん?」
「経費で落ちるよ」
「……けーひ?」
「しばらくは経済についての座学をやり直した方がよさそうだねぇ……」
「……」
 こうして、いくつかの座学はやり直しになったものの、部品の購入は必要経費であると学び(直し)、いざ改良案を出してみよう、と考えることになったのだが。
「やっぱり、屋台を浮遊させれば足場の悪い場所とか動きやすいしどこでも行ける……よな?」
「あ、零さん! なにかお悩みごとでも?」
 サヨナキドリ練達支部にて商会と提携を結んでいる商人のひとりが声をかける。彼とは屋台の購入の際からの知り合いだ。
「おお、良いところに! 実は屋台を改良したくて……」
「あー、大分使い込んでますもんね。重さとか減らしたい感じですか?」
「それもあるんだけど、もっと移動とか運搬を楽にしたいな。あとは積み込めるパンの量を増やしたり、鮮度維持とかにも……欲が出る……!」
「いや、必要なことっすよ……! 特に食品はデリケート、下手すりゃ人命にも関わりますもん」
「だよなあ!? でもいざ何を追加しようか、具体的に決めるとなると、俺知識もないからわかんなくてさ……」
「うーん、この辺の車輪は魔力伝達部品の付け替えとかで浮くようにはなりそうっすね。あとは軽量化……なんすけど、そもそも浮かせちまえばまあ軽くなるんじゃいですかね」
「ああ、確かに!」
「いっそのこと自立式で歩いて貰うのもよさげっすけど、屋台じゃなくなりますもんね……」
 苦笑しつつも次に進めようとした彼とは真逆、零の目は輝いていた。外の世界より来た零は、何だかんだ合体ロボとか機械の改造とか追加装甲とか、その手のメカに浪漫を感じるタイプの男なのである。
 ただでさえ改造だの改良だの追加部品だの割りと潤沢にいただけた経費だのに興奮していたのにそれに追い討ちをかけるような燃料が投下されてはもう止まらない。誰にも止められない。燃え上がる炎が鎮火するまでは。あと武器商人。
「その話……」
「うん?」
「その話、詳しく聞かせてくれないかな?!!」
 くわっ、と効果音がつきそうな勢いで反応した零に一瞬気を取られるものの、頷いた青年。元々そういう分野の人間なのだ、同じ志(?)に燃える火があれば同じく引火するに決まっている。
「……お金、かかるっすよ」
「(店が持つから)大丈夫だ!」
「時間もかかるし」
「待つ!」
「あとなんか……だせえかも!」
「気にしない!」
「俺達は今日から兄弟っす……」
「おう!!!」
 がしっと固く交わした男の握手。広げた設計図にはロマンを詰め込んだトランスフォームする屋台(だったなにか)。
 かかる費用はまあ経費で落ちるしいいや、なんて零は請求書に必要な部品の名前を書き込んでいく。ここまでは問題なかったのだ。

「零」
「はい」
「なんで呼び出されたか、心当たりは?」
「ないです」
「零」
「はい」
「ほんとに? ほんとにない?」
「ないです」
「そっかあ……というのは置いといて。内部監査課から零の請求書について確認するように言われたから見たんだけどね。零は……ゴーレムでも作るつもりなのかい」
「え……?」
「ほら、この小型魔術回路は心臓の役割を果たすだろう。こっちの神経回路は全体に魔力を回す血管といったところだね。屋台を肉付けするなら悪くはないけど、素材にはもう少し柔らかみがほしいところだね」
 恐らくは善意だ。何故ならば言葉の節々からとげを感じることはないからだ。けれどその優しさが、みるみる零の脳味噌を冷ましていく。
 クールダウン。からの現状把握。
 みるみる理解していく己がしでかした現実。
「……ご、ごめんなさい……」
 どうせなら人の役に立てるように、という零の志を武器商人が知らない筈もなく、今回はちょっぴりそれが斜めを向いてしまっただけなのだ。
「人形改造に怒っている訳じゃあないけど、が調査に引っかかった以上は……ねぇ。我(アタシ)個人としては見てみたくもあるんだよ?」
「いや、でも……俺がなんかやだ……!!!」
「ヒヒヒ、そうかい。それなら、まぁ使い方を考えてみることだね。道具(ヒント)はいつだって、近くにあるものだからさ」
 ふらりと消えていく。瞬けば武器商人の貌(かたち)は夜闇にとけるように『なくなった』。
 完成した羽印マートマンver.2.3feat.零は結構悪くなかったと思うけどやり直しになった。せめてもの記念にツーショットは撮っておいた。
 あとで聞いた話だと練達のあいつは親父さんにこっぴどく怒られたらしい。今度飲みに行こうって約束した。


「さて、零」
「はい」
「今回はちゃんとやったんだろうね」
「はい」
「……この請求書は?」
 三日月は狂わない。諭すように告げる。『本物を出せ』。
「今回は! 師匠を驚かせたくて内部監査課のひとに協力して貰ったんだ、だから多分……大丈夫……!」
 完璧(だと思いたい)な計算と綿密(だと思う)な戦略。そして練達の兄弟との熱い相談など、など、など。
 時間も費用もそりゃたっぷりとかけました。だけれども完成品はきっとぴかいち!
(うー、緊張する……!)
 宝物を大切な人にはじめて見せるような心地。実際は上司に新作を発表するギロチンとキスするかもわからない瀬戸際なのだが。
「屋台『羽印』Ver4.00、です!」
 魔法付与による簡易の飛行はもちろん騎乗して戦闘を行うことも可能な最強の屋台。衛生面はガラスケースと二重の収納ケースでばっちり、水回りも水魔法でかなり慎重に。消毒液とマスク、ビニールの手袋で衛生面も完璧、紙袋などなどを捨てることも考えゴミ箱は常設。ついでにトングとトレーもあってなんか上手く魔力を流し込んだらパンゾーンを展開できるらしい。
 近くになんか鮫がいたとかなんとかで鮫のストラップがついてゆらゆらしてる。でも羽印なんだけどな。もしかして捕食されてない?
 何はともあれ紹介しないことにははじまらない。彼女を紹介するようなひやひや感は混沌では体験することが出来なかったけど屋台のおかげ(いや、せいか?)で出来た。なんたることだ。
「ど、どうですか!」
「へえ……面白いね」
 面白い。
 その言葉が持つ意味は、極めて重大だ。武器商人から放たれるともなればなおさらに。つまるところ高評価かつ好評価。刻み込んだ魔術回路やら素材との相性やらを確認してはなるほどね、と楽しげに頷いている。
「うん、いいじゃないか」
「よっしゃ……!」
 ただしヒヤヒヤするから騙すのはやめて、とデコピンされるのだが。
「素材同士も同じ庭から来たようだね。上手くやったじゃないか」
「その辺はよくわからないけど、食べ物はデリケートだから……!」
「ま、そうさね。ヒヒヒ、これでサヨナキドリを奥地まで知らしめることが出来る。期待しているよ、零」
「……もちろん!」
 かくして零の屋台は無事に進化を遂げ、改良の一途を辿ったのであった。めでたしめでたし。

  • 屋台『羽印』Ver4.00完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月27日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・武器商人(p3p001107

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