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<怪談手帳>夜に非ず

登場人物一覧

音呂木・ひよの(p3n000167)
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

 希望ヶ浜学園で大学部に進学することを決めた花丸は個人的に請け負える街の仕事に携わり始めた。
 それは少しのアルバイト感覚ではあるが、ひよのの力になりたいという部分が大きかった。
 再現性東京アデプト・トーキョーにすっかり慣れ親しんできた花丸は花丸手帳と名付けたやりたいことリストを纏めては居たが、もう一つスケジュール管理のための手帳を購入した――購入した、と言うよりもひよのが「アルバイトするんでしたら其方のスケジュールが書ける通年のものを用意しては?」と適当に雑貨屋でセレクトしたものであった。
 ひよの自身は夜妖事件などの依頼をカフェ・ローレットでのアルバイトの傍らでイレギュラーズ達へと依頼している。カフェローレットで自習をしている最中にもひよのが掃除屋である廻を始めとした希望ヶ浜の住民達に依頼を分配している様子を花丸はよく眺めていた。
「――ってな訳で、ひよのさんから夜妖の簡単な調査とか、討伐の依頼を引き受けたいんだよね」
「ああ、アルバイトって夜妖退治でしたか。てっきりデリバリーとか、コンビニとかそっちかと思ってたんですが……。
 花丸さんって結構好戦的ですよね。良いと思います。私も夜妖を見ると横面叩きたいときがありますから」
「ひよのさんは結構バイオレンスだよね」
 軽口を叩き合える仲になった事を喜びながら、花丸は頬杖を付いて「何かある?」と問い掛けた。誰かとチームを組んでの作業ではなく、個人的に請け負うことが出来れば依頼料も丸儲けだ。分配せずに済むのだからアルバイトとして成り立つはずである。
「そうですねえ……」
 ううんと唇にペンを当てて悩ましげにリストを眺めるひよのは各地の協力者――例えば、希望ヶ浜学園の外で怪談を集めるなじみのように各地に情報屋のような動きをしているものが居る――達からの情報を整理しながら何れだけの負担であるかを考え倦ねているのだろう。
「ひよのさん、花丸ちゃん此れでも結構腕は立つよ?」
「あら、私が花丸さんを危険な場所に送り出したくないだけですけど。心配じゃないですか」
「ひよのさんって結構過保護?」
「花丸さんが結構無茶したがりさんなだけでは?」
 軽口を交しあって、小さく笑う。イレギュラーズとしてそれなりに研鑽を積んできたはずの花丸に対して1人は危ないのではと告げるのだから彼女は大概に過保護である。
 ひよのがカウンターで軽食を作っている様子を眺めながら花丸は「むー」と呟いた。此の儘、なあなあに流されて仕事が舞い込んでこない可能性が十分に考えられたから。
「今、花丸さんの為の仕事を考えていますからね。
 ほら、例えば私が夏休みにのんびりとした温泉旅行に行きたいから一緒に行くとか。夏休みに花火大会に行きたいとか。あ、秋に動物園に行きたいだとか」
「それって、ひよのさんとのデートだよね。ジョーさんとかなじみさんを誘うかどうかを話し合っちゃうだけの」
「まあ、そうとも言います」
「そういうのじゃなくってさ」
 ――もっと、こう、ひよのさんの役に立つような。こういう……。
 手をぐわっと掲げてからアピールをする花丸を眺めてからひよのはくすくすと笑う。どうやら今回ばかりはそれで『流されては』くれないようだ。
 そうしたお出かけをするためにもアルバイトをしておかねばならない、というのは花丸とひよのの共通の知り合いの話だ。大学生は何かとお金が掛かる。高校制服でなくなった以上は見栄えのする街用の衣服を用意しておくべきなのだ。イレギュラーズとして活動する衣服ではなく、再現性東京で流行のものを選ぶことを考えなくてはならないし、女子である以上はコスメにだって金銭はてしまうのだ。妖怪・お金足りないがやってきそうな気配もひしひしとしている。
「あ、ひよのさんのネイル可愛いね。どこの?」
「ああ、後でサロン教えましょう。可愛いコスメ見付けたのでそれもまた見に行きましょう」
「――って違う! お仕事の話だよ」
 慌てて立ち上がった花丸にひよのはくすくすと笑った。また誤魔化されそうになったからだ。
 ううん、と首を捻ったひよのは「それなら、簡単なお仕事なんですけどね」と提案するように口を開く。ひよののアルバイトの後に音呂木神社に来て欲しい、というのだ。

 音呂木神社は希望ヶ浜でも由緒正しき歴史を有する場所である。特に直系の血筋であるひよのは巫女として、そして跡取りとして日夜修行に励んでいるらしい。
 彼女は血筋で縛られているが為か、怪異――特に真性怪異と呼ばれた存在――に嫌われる性質があるがそれにも何らかの理由があるとは花丸にぼやいていたことがあった。
「ごめんなさい、昏い時間に神社って怖くないですか?」
「でも、ひよのさんのおうちだからそこまで怖くはないかも。これが肝試しだったらびっくりするかもしれないけど」
 其れよりももっと恐ろしいものを乗り越えてきてしまった花丸をひよのはくすくすと笑いながら誘った。音呂木神社の裏手にある蔵は蔵書整理などで花丸も踏み入れたことがある場所だ。
 その最奥に小さな扉が存在し、ひよのは古びた鍵を差し入れてから姿勢を低くして小部屋の中へと入った。
「埃っぽいですよ」
 窓がないのでと告げるひよのに膝が少し擦れるように歩いてから花丸はけほりと小さく咳払いを漏した。埃被った蔵の最奥の小部屋はあまり掃除に踏み込まれることもない場所であるようだ。
「本当は此処に希望ヶ浜怪異譚があったんですよ。葛籠神璽の書なんかも。ほら、そこに本が置いてあった後があるでしょう。今はごっそりありませんが」
「……ここ?」
「はい。澄原と提携する際に水夜子さんに粗方お渡ししました。と、言ってもなのですけれど。
 本来的に希望ヶ浜怪異譚はも関わっているお話でしたから、澄原病院や阿僧祇霊園に必要以上に情報を提供したくなかったのですよね」
 膝をつき、棚を漁るひよのの背中を見詰めて花丸は首を捻った。希望ヶ浜地区は大きく北と南に別たれる。七つの組織が存在し、それらが存在感を発揮しているのだ。
 南側に位置する音呂木神社は希望ヶ浜学園や佐伯製作所と同列に並んでいる。澄原病院を始め、北側に位置するのは静羅川立神教や阿僧祇霊園、去夢鉄道だ。
 去夢鉄道と言えばへと行く為に乗り込んだ曰く付きである。石神地区では阿僧祇霊園にも大いに困らされたという話を聞いている。
「そういえば、静羅川立神教って余り話を聞かないよね」
「まあ、あの場所も色々と曰く付きですから。教団内部でも結構細かく分類されていて……特にと呼ばれた人達が異質であるとは聞きますね」
「死屍派?」
「ええ。まあ、その辺りはおいおい……。花丸さんもなじみとは仲良しですし、彼女から聞く機会があるとは思いますよ」
 少し誤魔化されたか――それとも、なじみに関連する話だからと彼女が口を噤んだのかは分からない。花丸は「そっかあ」とだけ返してひよのを眺めていた。
「ああ、ありました。これ……私が小さな頃に作ったなのですけども」
「ひよのさんが?」
「ええ。ほら、ここにひよの、と」
 ほら、と指されたネーム欄には確かに文字列が並んでいるが、それは見慣れたひらがなの『ひよの』でなく夜に非ず――との文字列が躍っている。
「あ、私は本来的には名前を漢字で書くとこうなのだそうです。戸籍にはひらがななのですが……。
 此れを譲ってくださった当時の神主は私の事を書き示すときは必ず漢字で書いていましたからね」
 神社内でだけ使用される名前なのだとひよのは言った。一人っ子として生まれたひよのは自身の名付けの際に夜妖を斥ける為に『あさひ』と名付けるか、それとも此方の字を宛がうかで家庭内が険悪であったのだと告げる。
「まあ、私も朝なんて名前、似合いませんから。ひよので良かったと思っているんですが……此処から本題です。
 この怪談手帳。実は本当に存在する夜妖の情報を集めたものなのですよ。学校の怪談や曰く付きのスポットなんか、様々です。
 此処に仕舞ってあったのは、誰かが持ち出して面白半分に広められては困るから。それから――からです」
「巫女が携わったって……ええと、それはひよのさんが影響を及ぼすって事?」
「はい。私はこれでも音呂木の正当なる血筋ですから。何らかの影響を及ぼしたり、夜妖へと信仰心といった餌を与える可能性さえあります。
 ね?」
 少し、聞き慣れない言葉だと花丸はひよのを見詰めた。希望ヶ浜怪異譚を追っていたエッセイスト、文筆家、葛籠神璽がどの様に影響を与えたのかはひよのは頑なに口にしない。
 それは彼女が今は言いたくないだけなのかも知れないと花丸は敢えて踏み込まずにひよののお願い事を待った。
「ただ、今此れを見ても簡単な者が多いと思います。例えば、小学校のピアノおばけだとか、在り来たりな都市伝説や怪談の蒐集をしただけですから。
 花丸さんは此方を調査して、それから対処をしていって欲しいのですよ。希望ヶ浜はそうした都市伝説が深く根付いて居ますし狭苦しい空間にぎゅうぎゅうに存在しているからこそ、目に付きやすいので」
「オーケー。じゃあ、最初のページの小学校のピアノお化けから対処すれば良いかな?」
「はい。まあ、放課後に1人でにピアノが鳴っているなんていう在り来たりなお化けなので、不可視の存在に攻撃を与えたら直ぐに顕現するとかそっち系だと思います」
「凄く情緒がなくなったね」
「ええ、だって簡単な存在ですし……」

 ひよのに送り出されてから花丸はひとりでひよのが通っていたという小学校へと訪れた。
 希望ヶ浜県立第一小学校には希望ヶ浜学園の生徒である事を告げれば難なく入ることが出来た。これも希望ヶ浜学園に教育学部が存在しているからこそなのだろうか。
 問題の音楽室に近付けば怪談は幼い子供達の間で周知されているのか面白半分で肝試しをする少年達の姿が見える。ランドセルを背負い声を潜める彼等に「なにしてるの?」と花丸は問い掛けた。
「わあ、おばけだ!」
「違うよ。見学に来ただけのお姉さん……でいいかな?」
 本当はおばけを退治しに来た人だよ、とは言わずに花丸は微笑んだ。ひよの曰く、希望ヶ浜の住民達は何も知らぬ場合がある。この地の住民達は目にも見えない存在を恐れ、ファンタジー世界を恐れ、全てを受け入れられなかった者達だ。
 子供達にピアノお化けの話を聞いている最中――ぽろん、と鍵盤が叩かれた音がした。びくりと肩を上げた子供達に「おばけが出ちゃうよ」と花丸は揶揄うように笑う。
 慌てて走り出していく子供達の背中を見送ってから早速、花丸は音楽室に入った。弾き慣らされたのは耳馴染みの良いクラシックだ。幾ら、腕が良くても夜妖であるならば救いはない。
「ごめんね、これも仕事だから――えいやっ」
 相変わらずと夜妖をやっつける花丸はピアノ妖怪と呼ばれる其れにも何らかの事情があるのだろうかと考えた。否、その辺りまで詳しく調べれば時間が掛かりすぎる。ひよのの怪談手帳はかなりの数のを蒐集しているのだ。
(……それにしても、この手帳自体が怪異のひとつになりそうだよね。此処に書かれているものが全て本当になってしまうみたいな)
 そう考えてから、ひよのが影響を与えると言った言葉がやけに腑に落ちた。トイレの花子さんを始めとした可愛らしい子供の怪談。1日もあれば7つ回りきってしまいそうなそれは幼い頃のひよのがこうして存在を認識して蒐集したが故にその存在を誇示している可能性があるのだろう。
 彼女はそれが存在することを誰かに言えば、その存在を更に認識させて夜妖を顕現させてしまうと考えたか。99頁にも及んだ怪談をひとつひとつ――と、言いながら纏めてえいやっとしてしまえばよさそうだ――倒して行くのは骨が折れるだろうが、花丸1人でも対処できる範囲であればなんとかなりそうだ。
「ひよのさんとも協力すればささっと全部倒せるかなあ。理科室の骸骨とか、トイレの花子さんとか、放送室の幽霊とか……在り来たりな怪談だけど、そういうのも面白いね」
 在り来たりな怪談ばかりが並んでいる手帳を眺めて、ついでだからと花丸は体育倉庫へと向かった。放課後、ダンクシュートの音が聞こえるという。
 ドリブルの音が響き渡る体育倉庫の中で壁にボールがだんだんと打ち付けられているが、実力行使だけでは面白くはない。折角の怪異だ。花丸は「ちょっと遊ぼうか」と声を掛けた。
 何もなかったその空間に小さな少年の姿が浮かび上がる。体操服姿の彼はボールを花丸に渡して「シュート」と指差した。夜妖はシュート勝負を申し込んできたのだろう。
「此れが本当の怪談だと負けたら命を奪うとかそう言うのだよね」
「………」
「図星だったら先にルール説明して欲しいかな?」
 子供染みた怪談ではある。さっさと死に直結する辺りが幼い少女が蒐集した怪談である事を滲ませて花丸はくすくすと笑いながらシュートを軽やかに決めた。
 運動神経が悪いわけではない。そもそも、イレギュラーズとして活動してきたのだ。それなりに体を動かすことに離れているはずである。
 流石は怪異。シュートを外すことはなさそうだが――何度投げたか分からぬ頃に花丸の腕が怠さを叫び始める。首を捻った花丸は「最後の一発にしようか」と声を掛けた。
 息を整えシュートを決める。ここから先は疲労で照準も定まらないかも知れない。怪異の様子を見ていると――たん、たんとボールは外れた。
 最後の一球がどうしても入らない。そんな未練が怪異を作った、というお決まりの怪談なのだろうか。花丸は「ナイスシュート!」と手を叩き「頑張ったね」と彼を褒め称えた。
「良いのかな」
「良いよ。全部シュートが決まる事なんてないんだからさ。また遊ぼうね」
 笑いかければボールがてん、てんと地を転がりその場から少年が消える。こうして平和的に解決できる事例もこの怪談手帳には入っているのだろうか。
 aPhoneの着信を告げる音がしてメッセージアプリを開いた花丸はふ、と笑った。

 ――何かにちょっかいかけていませんか? 無理をするでしょうから、お願いしたことが終わったら帰ってきてください。

 既読が着いたメッセージアプリは次に食卓の風景が送られてくる。素麺と焼き魚、夏野菜の焼き浸しが並んだ食卓の写真に添えられたのは「麺が美味しくなくなります」という簡便なメッセージだ。
 帰宅を促しているのだろう。今日の事を教えて欲しいと言っていたひよのは夕食準備までして花丸の帰りを待っているのか。
 そう思うとどこか愉快な気がして「今から帰ります」とだけメッセージを送付した。

  • <怪談手帳>夜に非ず完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月30日
  • ・笹木 花丸(p3p008689
    ・音呂木・ひよの(p3n000167

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