SS詳細
奏でる音色はあなたのために
登場人物一覧
アレンは今日も外へ出向いていた。
大好きな姉のために、喜んでもらえるような何かを探しに。
アレンの姉――リリアは外へ出ることが出来ない。
世界は不可解なことに、理不尽なことに、リリアの全てを、存在を否定する。
こんなにも愛おしい双子の片割れなのに、両親ですら彼女の存在を認めないのだ。
あんなにも冷たい世界に、大切なリリアを連れて行くことなんて出来なかったのだ。
ローレットの依頼を通じて、アレンは世界中に足を運ぶ機会が多々ある。
かつて『絶望の青』と呼ばれた場所を訪れた。
深き森に閉ざされた国へ、朝を取り戻しに行ったこともある。
いつだって訪れた場所の話は、必ず愛おしい片割れに語り聞かせているのだ。
本当は、そこにリリアを連れていきたかった。
見上げるほどに高くそびえ立つあの大樹を見せたかった。
逸話が信じられないほどに綺麗な、どこまでも遠く広がる青い海を眺めたかった。
各地のお祭りを二人並んで巡って、ささいなことで笑い合う。
いつも笑顔で話を聞いてくれる彼女と、ささやかな幸せを共有して過ごしたかったのだ。
けれどアレンは、それが叶わないことを知っている。
だって。
彼女を連れ出せば、いつかのように、きっと投げ掛けられる心無い言葉で傷付けてしまうから。
あんなにも美しい彼女が、悲しむ姿なんてもう見たくないのだ。
外出している間、彼女は一人で家にいる。
リリアはいつも笑顔で迎えてくれるけれど、本当は彼女には寂しい思いをさせてしまっているのではないだろうか?
それが気がかりだった。
せめて、その寂しさを慰める何かがないか、と。
だから、気まぐれで立ち寄った店でそれを耳にした時、アレンは思わず足を止めていた。
「ただいま、姉さん」
いつかのように、軽やかな足取りでアレンは家へと戻る。
「おかえりなさい、アレン」
そうすると、アレンとよく似た容姿のその人は、穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれる。
長い髪がさらさらと肩を滑り落ちるのが美しかった。
その手には、先日お土産にと贈った本がある。
「邪魔しちゃったかな?」
手にしたものを隠しながらそう訊ねれば、
「ううん、ちょうど区切りのいいところだから大丈夫よ。ふふふ、今日はどこに行っていたの?」
ブックマークを挟んで本はぱたんと閉じられ、色違いの瞳がまっすぐにアレンへと向けられる。
それが、嬉しかった。
「今日は、幻想に行ってきたんだ。あの国はいろいろなものがあるから」
物流の要所となる国だから、様々なものを見ることが出来るから。
ソファに腰掛けたままのリリアは、アレンが何を話すのだろうと楽しそうにしている。
これならば、きっと喜んでくれるだろう。
「姉さん、これを」
恭しく、お伽話の中で騎士がそうするように膝をついて、手にした小さな箱を捧げ持つ。
見上げる色違いの瞳には期待の色が滲む。
「何かしら?」
丁寧に紙で包まれた箱。
アレンのてのひらに乗る程の大きさのそれを、リリアはそっと受け取って。細い指先が添えられた薔薇を模したリボンをつまみ、やがて包み紙に手を掛ける。
その動作をじっとアレンは見つめていた。
丁寧に納められていたのは、小さな木箱だった。
鳥と花が彫られた蓋を開ければ、
「あら……」
途端に流れ出すのは、懐かしいメロディ。
アレンからの贈り物、それは優しい音色を奏でるオルゴールだった。
「私のために?」
「そうだよ。姉さんのために選んだんだ。気に入ってくれたら嬉しいな」
アレンは彼女の美しい髪を一筋掬い上げて、壊れ物でも扱うような仕草でそっと口付ければ、そこにふわりと小さな薔薇の花が咲く。
自身が持つギフトが咲かせた薔薇から、リリアへと視線を向けて。
「綺麗だよ姉さん」
アレンはいたずらっぽく笑ってそう告げるのだ。
二人はソファに並んで座って、オルゴールが奏でる曲に耳を澄ませていた。
アレンは幻想で見た出来事を。
リリアは、彼の留守中にどう過ごしていたかを二人は語り合っていた。
「姉さんはいつも家にいるでしょう? 寂しくないかなって思っていた時にね」
立ち寄った店でオルゴールをみつけたのだ。
繊細な細工のなされたもの、複雑な仕組みで複数の曲が流れるもの。
様々な品が並ぶ中、アレンが選んだのはてのひらほどの大きさのものだった。
「これならいつでもどこでも、姉さんのそばにいれるでしょ?」
僕のかわりに、いつもそばにいてくれるから。
そんな言葉を飲み込んで。
「これなら、姉さんも寂しくないでしょう?」
甘えるように肩を寄せてそう囁いた。
「もうこどもじゃないんだから。でも嬉しい。アレン、ありがとう」
くすくすと笑って、大好きよとリリアが抱きしめる。
どこまでもこども扱いする手つきにそっと目を伏せて。
「姉さんが喜んでくれて嬉しいよ」
流れる音色を耳にしながら、アレンはそっとそう告げたのだ。
おまけSS『贈られた音色は』
優しい音色が部屋に流れていた。
すやすやと、安らかな寝息を立てている弟が微笑ましくて、リリアはそっと肩に毛布を掛ける。
弟は、アレンは自分が寂しいのではと心配してくれている。 それが嬉しかった。
この生活は楽しかった。アレンが心配するほどではないのだ、本当は。
アレンがいないまま家で過ごすのは少し退屈なだけで。
けれど帰宅した時、彼はたくさんのお土産を持ち帰ってくれる。
それが物であっても話であっても、どちらでも楽しく嬉しいのだ。
次にこのかわいい弟はいったいどんな話を聞かせてくれるだろうか?
近くの椅子に座って、リリアはその音色に耳を傾ける。
遠い国の、恋の歌に。