PandoraPartyProject

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I can eat this.

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
トキノエの関係者
→ イラスト

●とある天使あくまの供述
 死んでしまう、という状態に陥った時、人はどうするのだろう。
 誰からのものかわからない施しを、受け取るのだろうか。
 ぼくはそれを知りたいと思った。だから、実験をしてみることにしたんだ。


「お腹がすいた……」
「ちょっと待ってろ、兄ちゃんがなんとかしてやるからな……」
 少年がいた。名前など無い。識別のためにこの物語においては『兄』と『弟』のように表記しようと思う。
 『兄』と『弟』の間に明確な血縁があるかは定かではない。思い返せば、血縁なんて無かったかのようにも思う。
 奴隷商の檻の中でぼろぼろと泣いていた『弟』の頭を撫でた。それだけ。『弟』は彼を兄と定め、不審火で逃げ出してからは共にいる。ただ、それだけ。
 与えれられていた名前タグを引きちぎり、ガラス片で足裏を裂かれて。それでも走り続けた。
「兄ちゃん」
「何!」
「ぼく、もう動けない……」
 振り返ればずたずたになった足があって。そんなことにすらも気付けなかった自分に嫌気が差して。だから、足を止めて。路地裏で息を潜めて、夜が明けるのを待ったのだ。
 
 
 ゴミ箱を漁るのは嫌いじゃない。
 食べ物を探している瞬間は宝探しのようだし、時折金貨なんかが出てきたときは最高に嬉しくなる。だから、嫌いじゃない。
 宝探しよりも問題なのは、其れを見る人々の眼差しがあんまりにも無責任に厳しいことだ。ゴミを投げ、罵詈雑言を放ち、目を向けようものならば慄いて。
(……サイテーだ)
 二人よりもずっと健康で、恵まれていて。だから、幸せだろう筈なのに。手を上げたって敵いっこないのに、どうしてそんなにも化け物を見るような目で見るのだろうか。
 不愉快で、不愉快で。たまらなかった。

 だから。
 それは、まるで神様がくれた祝福のようだと思った。
 不幸ばっかりの人生を変えてくれるような転機にほかならないのだと。

「みつけた」

 風が誘った天使の声。
 あぁ、と笑った白髪の少年。薄い暗がりの路地裏へと踏み込んで、手を差し伸べた。

「おかあさま、おとうさま。この子たちではいけませんか?」

 母、父と呼ばれた大人は値踏みをするような目で見つめる。が、ふ、と笑うと頷いた。

「貴方達。私達の子供になりませんか?」

 足の悪い『弟』。いつだって飢えも、死もそばにある。だからどうしたって不安感は免れない。
 だけど、この手を取れば俺達は変わることが出来る。
 それが悪魔の誘いであったとしても、頷かずには居られなかったのだ。


「『弟』は足がひどいみたいで。だから、少しだけ病院に行ってもらうことにしました」
 新しい家族は、温かくて。柔らかなベッド、温かい食事、こころからの声。嗚呼、これが人の優しさなのだと初めて知った。
 ひとつき。ふたつき。そうやって、過ごしていく。だけど『弟』が帰ってくる様子はない。
「なぁ、『弟』は何してるんだ?」
「まだ、病院で治療中なの。リハビリって言ってね、治るようにするのよ」
 幻想では珍しい研究職に出資を行っているのだという両親は子宝に恵まれることがなく、『天使』を拾ったのだという。
 『天使』は何をやらせても完璧で。それを見習って、自分もそうなれるようにと努力する瞬間は少しだけ楽しい。『弟』が帰ってきたら、自分が兄としてしっかり教えてやるんだという気持ちもあって。

 そんなある日。
「『兄』。きみの種族がわかったみたいだよ」
「なんだ?」
「狼の獣種みたい。食べると筋肉がつきやすいんじゃないかなあ」
 なんて他人事なんだ。少しずつ知識をつけているから、と。笑って見せる。
「だから今日は、おとうさまとおかあさまが美味しい料理を用意してくれるんだって!」
 なんだろうね、と笑った『天使』。
 あんまりにも純粋だから、つられて笑ってしまう。
 その日の夕食は大きな狼の肉だという。共食いをして、強くなるのだと両親は笑っていた。
 その味はあまり美味しいとは言えなかった。ぶちぶちと千切れていく肉の味。
 これを『弟』に食べさせることができたなら、どれだけ良かっただろう。
 じゅわりと溢れ出る肉汁は、いつかどこかですすった泥のような味がして、でも両親の善意だから、と。ごくり、ごくりと飲み干した。

 ごっくん。

「いつになったら『弟』は帰ってくるんだ……?」
 しびれを切らした。
 入院しているのならお見舞いに行けばいいじゃないか、と。『天使』に言われたのに。両親はもう退院している、と告げる。
 自室でそわそわと待っていたのに。部屋に駆け込んできたのは、涙で目元をうるませた『天使』だった。
「……っ」
「ど、どうしたんだよ。なにがあったんだ……?」
 普段は笑顔ばかりの天使のそんな姿を見たのなら、『兄』だって動揺してしまう。袖の下で笑う口元には気付かない。
「あの日。ぼくがきみに伝えた日の、晩ごはん」
「ああ、あの肉だろう?」
 あんまり美味しくなかった。
 大きいからと期待したけれど、味の方はそこそこだったような。

「あれが、きみの、『弟』だって」

 がっと、頭を殴られたようだった。
 確かに血の繋がりはないけれど。ただしい名前をつけてあげることも、満足な食事を共にすることも出来なかったけれど。
 それでも二人は兄弟だった。『兄』と、『弟』だったのだ。
「誰から聞いたんだ」
「おとうさま、と。おかあさま」
「……『天使』」
 泣きじゃくる『天使』をぎゅっと抱きしめて。背を撫でて。その白だけが、何よりも『弟』に近いものだと思った。
「ここから、逃げろ」
 どうするつもりなのかはもう決まっている。
 復讐だ。
 どうしたらいいのかなんてわからない。だから照明器具を握った。
 ありったけの幸せの象徴を壊して。嘘をついて笑っていた両親を殺して。
 なのに、どうしても満たされない。
 正しさを、別の正しさで覆ってしまったようだった。

「『弟』」

 どんなに泣いても。叫んでも。殺しても。奪っても。『弟』がもどってくることはないのだ。
 その現実を理解しているから。空虚な心を理解しているから。だから、どうしても。壊して、壊して、壊すしか無かったのだ。

「『兄』……? なに、してるの」

 自分の名前を呼ぶ、聞き覚えのある声は。
 『弟』に似ているようで、程遠くて。
「…………」
 手を伸ばしたとて、握ることは出来ない。
「なにしてるの、って、聞いてるんだけど」

 横たわる両親だった誰かの亡骸。
 『弟』は、顔を赤くして、それから。

 ゴッ
 
 照明器具は、今度は自分の頭に降ってきた。
 なんども、なんども、執拗に。

 その後ろで。嗚呼。
 『天使』が、笑っている。

「おとうさまとおかあさまは、僕の足が治るようにってお金をたくさんかけてくれて」
「『天使』が僕にひっそり勉強を教えてくれてたんだよ。それなのにどうして『兄』はこんなことをするの」
「わるいこは、わるいこは僕がこらしめなきゃ」

 泥のような味がした。
 あの日食べた肉はきっと『弟』だったのだろうと思う。
 俺の『弟』は、こんな人間じゃない。


 薄れていく意識の中。
 『弟』と幸せに過ごせていた、あの路地裏が恋しくなった。
 つんと痛む鼻の奥。それなのにずきずきと頭が痛い。
 どうしたら救われたのだろう。
 きっと『天使』なんて、いやしなかったのだ。

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