PandoraPartyProject

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心の戻る場所

登場人物一覧

エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
エドワード・S・アリゼの関係者
→ イラスト
エア(p3p010085)
白虹の少女

 流れる雲に誘われて、幻想から乗り合い馬車にのんびり揺られること約半日。
 短い旅の仲間たちに別れを告げた少年と少女は穏やかな木漏れ日の森を歩いていく。
 ほどなくして若草色の草原と爽風、そして森の中にひっそりと佇むように建てられた家が訪問者たちを出迎えた。
 緑の蔓がリボンのように絡まった壁と三角屋根は瀟洒な造りの純喫茶を思わせる。焼きたてのブラウニーにも見えるアプリコット色の煉瓦と二階の白漆喰の壁を彩るダークブラウンの木組みは、まるで精巧な陶器のミニチュアを巨大化させたようだ。
「ここがオレたちの新しい拠点、かぁ~~っ」
 エドワード・S・アリゼは希望溢れた瞳をめいっぱい開いた。透き通ったハナビシソウを思わせる美しいオレンジの瞳が森や草原、そして新しい拠点となる場所を映しとる。
「王都から馬車でちょっとなのも良いよなっ」
「少し街から離れるだけでこんなにも景色が違うものなんですね」
 透き通った少女の声が小鳥のように軽やかに草原を駆け抜ける。
 赤い雛ワイバーンの蒼天の瞳が見上げた先には月下の湖色を宿した少女、風竜の加護を受けた者が微笑んでいる。風に流れる銀糸を帽子のなかに収めながら、水面に煌めく湖光のようにエアは目を細めた。
「ね、コトちゃんもそう思うよねー?」
「ピッ!」
 気取った声で翼を広げ、亜竜の子供は広々とした景色の中を歩いていく。大きな二本の足と尻尾でバランスを取りながら時々思い出したように翼を動かしていた。コトの中ではきっと優雅に羽ばたいているのであろう。
 得意げに歩くコトの両脇をすくいあげると、エドワードは手慣れたように自分の頭上に置いた。乗せられた側も手慣れたように肩に足を置き、エドワードの頭に帽子のように乗っかった。
「裏口も見てみようぜっ」
「はいっ」
 家の周りを囲む、微かに残った象牙色の細道を小走りで辿っていく。走る必要は無かったが自然と足が走り出していたのだ。
「な、見てみろよエア、湖だ!!」
「わぁっ、綺麗ですねぇ!」
 この場所は少し小高い丘にあるようだ。
 膝丈ほどの柵の向こう側には手入れのされていない草の茂った段々畑が広がっている。羽根を広げるように左右に視線を巡らせれば、いくつかの果樹が纏めて植えてある畑もあった。
「釣りとかできっかな~?」
 エドワードは更に視線を下へと向けた。
 眼下に広がる青い湖は清涼な水を湛えている。白や茶色の小さな点たちは野生の水鳥だろうか。どうやら森の中の格好の遊び場兼水飲み場になっているようだ。
 白いペンキの剥げかけた小さな桟橋は、目の前の緩やかな下り坂をおりていけば直ぐに辿りつく距離にある。
 水辺の涼しい風がエアの頬を優しく撫でて通り過ぎて行った。
「それにあっちには花畑もあるぜっ」
「どこですか?」
「ほら、あそこ」
 エドワードの視線に合わせたエアは精彩に富んだ花々の色に目を留め、頬を桃に染めた。素敵なものを見つけたエドワードが惜しむことなくエアに教えてくれるのが嬉しかったのだ。
「ふふっ、歩いていける距離にこんなに素敵な場所があるだなんて。お出掛け場所には事欠かなそうです」
「コトも見えるかー?」
「ピャー!」
「綺麗なとこだなぁ〜〜っ!!」
「ピャ~~っ!!」
 輪唱のようなエドワードとコトのかけあいにエアは思わず噴き出した。
 エアの笑い声を聞いて振り返ったエドワードもまた楽し気に笑って見せる。
「じゃあ、いよいよ中に入ってみるかっ」
 不動産屋から渡された真鍮製の鍵を取り出すと、エドワードたちは再びぐるりと正面玄関側へと回りこむ。
「こんなところにコトの仲間がいるぜ」
 黄金に輝くドアノッカーのをエドワードはノックした。このオーベルジュを建てたという貴族の趣味だろうか。真鍮製のリングの上には小さな黄金竜の胸像が据え付けられている。鋭い眼差しで扉から外を見つめる姿は番犬のようで、この家の守護者といった佇まいである。
 コトはエドワードの腕の中から装飾を見つめ、スンスンと匂いを嗅ぐように先住者である小さな竜に鼻先を近づける。
「ピャッ!」
 そしてよく似たすまし顔でスッと胸を張った。
 ちらちらとエアやエドワードを見て感想を求めなければ、もう少し決まっていたかもしれない。
「ふふっ、コトちゃんも立派ですよ」
「二匹も護ってる家なら心強いな~?」
 エアとエドワードに交互に頭を撫でられて、コトは翼を動かしながらご機嫌な鳴き声をあげた。
「さて、と……」
 エドワードは鞄の中からじゃらりと鍵の束を取り出した。くすんだ金色の真鍮で出来た鍵の持ち手には、葉の絡まり合った豪華な装飾が施されている。しかし全部の扉の鍵がまとめて円形のホルダーに繋がれている姿はどこか業務的でもあった。
「タッセルやキーホルダーをつけても良いかもしれませんね」
「だな。どれがどの部屋の鍵だか、これじゃ分かんなくなっちまいそうだ」
 この中のどれかが自分の部屋の鍵なのだと考えるだけで胸が高鳴った。
「よっし、開けるぞ!」
 軋んだブランコのような音を立てて扉が開く。
 天井にぶら下がる花型のランプには埃一つなく、クルミ材で出来たテーブルや木の柱はぴかぴかと清潔な光沢を放っていた。
 見所だと言われていた木製カウンターには野花の入った一輪挿しとフルーツの盛られたカゴが置かれている。
 どうやらエドワードたちの訪問に合わせてナナカマド不動産の人間が掃除や簡単なセッティングを済ませていったようだ。
「こんなにピッカピカにしてくれたのか」
「サインをねだられた時は、少し恥ずかしかったですけどね」
 家の鍵をもらいに行った際に不動産屋の職員たちからサインを熱望されたことを思い出す。エアが持参したお菓子は神聖視され、早めに食べて下さいねと念を押さないと手をつけなかったぐらいだ。
 幻想の民においてイレギュラーズといえば憧れや羨望の存在として知られているが、今回の契約はその歓迎を直に浴びる形で結ばれた。
「へぇ。なんか、一階は可愛い感じだな」
 内装や付属品、天井の梁を吟味しながら嬉しそうにエドワードは呟いた。
「わ! ホントだ、内装もとっても可愛いですねっ!」
 エアが身体を回転させながら見渡せばワンピースのスカートが朝顔のように広がる。
 大きな窓には格子状の木枠が設けられてはいるものの、明るい陽射しを遮ることなく取り込んでいる。室内に射すけぶるような白い光は温かく眩しすぎることもない。
「キッチンも綺麗ですよっ。あ、オーブンもあります!!」
 カウンターの向こうにまわりこんだエアが嬉しそうに歓声をあげた。フライパンや鍋、地下収納にワイングラスホルダー。客と会話できるようにと作られたオープンキッチンは、オーベルジュを開店させることを夢見ていた夫婦の嗜好が一目で分かるようなものだ。
「中はなんつーか、思った以上に落ち着いた雰囲気だな」
 丸みを帯びた柱は、光の加減によってはバイオリンのように優雅な色を帯びた。指骨でノックすれば中身の詰まった硬質な音が響く。見た目は柔らかいが頑丈なのだろうとエドワードは見当をつけた。
「この木の材質、なんつーのかは詳しくねーけど……メーティスで使ってたのと同じような気がするぜ。なんとなく馴染みやすいな?」
「そうですね。落ち着いた雰囲気がありますし、初めて来たのに何だか初めてじゃないような。そんな温かみもありますね」
 良い子、と撫でるようにエアは柱に手を添えた。
「うん、工夫すればどんどんオシャレなカフェになりそうだ」
「想像するだけでワクワクしてきますねっ」
 どんなカフェにしていこう。どんな場所にしていこう。
 呼びたい友人たちの顔を思い浮かべ、二人はがらんどうの空間に夢を置いていく。
「あっ。見て下さいエドワード君っ!」
「ピャー!!」
 たたた、と軽い足音が飴色の床でステップを踏む。エアに続いてコトも興奮した鳴き声でエドワードを呼んだ。
「なんだ、なんだ?」
「こっちには暖炉もありますよっ!」
 はやくと手招きするエアはまるであどけない少女のようだ。普段は落ち着きのある物腰だが、旅先や友人の前ではエアは元気いっぱいな素直な感情を見せてくれる。
 今もはしゃぐコトと一緒に曇りのない笑顔をエドワードへと向けていた。
 赤煉瓦の暖炉。その隣では大きな柱時計が眠っているかのように時を刻んでいる。並ぶガラス棚の上には、使われていないサイフォン式の珈琲メーカーが置かれていた。実験器具のようなそれの横にはエドワードやエアの身長程もある書棚と梯子がある。
 暖炉の前にはまるで書斎のようなほど良い、落ち着いた賢老の重みが漂っていた。しかし傍らの枠からは、まるで居眠りする白い子猫のような陽の光がこぼれている。
「この窓から外も見えるんですね」
 外の鮮緑が映える白い窓枠だ。まだ花の咲いていない青々とした生垣に果樹を見ながら、エアはふわりと頬を緩めた。
「夏はお庭で野菜や果物を育てて、冬はここで編み物でも……ふふっ、考えるだけでも楽しくなっちゃいますっ」
 絨毯を敷いて、本や編み物でくつろげる椅子やクッションを置いて、ご飯のあとで皆で集まって。
 燃える暖炉の炎で暖を取りながらゆったりとしたお喋りや思い思いの時間を過ごしながら刻んでいく。
 そんな虹色の未来を思い描きながら、二人はのんびりと暖炉の周りにあったカウチソファへと座った。
「日の光も良く差し込みますしお昼寝には最適かもしれませんね……」
 柔らかなクッションに座ったエアは小さくふぁ、とあくびを零した。
「ふふっ、エドワード君と一緒にいると安心しちゃって眠気が来ちゃいます」
「そうなのか? 今朝は早かったし、結構歩いたもんな」
 柔らかく包み込むようなエドワードの声に、綿のように心地よい眠気がエアを包み込む。このまま蕾のようにエアが瞳を閉じようとした時であった。
 コトはぴょんとカウチソファの上を飛び跳ねたり潜り抜けたり、二人の足の合間をちょろちょろして遊んでいたが、視線の先に見慣れぬものを発見するとまっすぐそちらへと近づいていった。上へと繋がる階段。まだ見ぬ先に冒険心がくすぐられたワイバーンの雛は目をキラキラさせて、ピャイピャイと鳴いて保護者を呼んだ。
 興奮した雛の声におっとりした時間は終わりを告げる。
「コトちゃんが呼んでますね」
「何を見つけたんだろうな。行ってみるか」
 手を取りあいエドワードとエアはコトの声が聞こえる方へと歩いていく。
 どうだと言わんばかりの自信満々の表情で、コトは階段の下で尻尾を追いかける犬のようにくるくると回っていた。
「さーてっ、いよいよお待ちかねの二階だな! コトは危ないからオレと一緒に登ろうぜ」
「気をつけてくださいね」
 手慣れた様子でヒョイとエドワードに抱えられたコトからは、生まれた時よりも随分としっかりとした体重を感じる。それが成長によるものなのか、それとも美味しいごはんをお腹いっぱい食べたせいなのかは謎であるが、エドワードは愛おしむように重みを抱えなおした。
「白壁が落ち着いた感じだなぁ」
 愛らしく古典的な煉瓦造りの一階部と違って、二階は開放感のある品のある白壁が目立っていた。階下に繋がる階段はそのまま二階の廊下につながっており、両側にぽつりぽつりと並んだ扉には金のプレートがかけられている。
 一番手前のドアノブに手をかけたエドワードは、あっさりと取っ手が回ることに驚いた。倉庫や地下貯蔵庫といった場所にはかけてあるが、全ての部屋が施錠されているわけでは無いらしい。
「エア」
 エドワードが呼ぶと、心得たりといった表情でエアが並ぶ。玄関よりも軋む音は少ないドアを二人でそうっと覗き込むと、カーテンで覆われた薄暗い寝室が目に飛び込んできた。
 いくつかの部屋には家具が備え付けられたままになっているとモリソンが言っていたが、その内の一部屋だろう。
 薄い灰色の部屋にはベッドや鏡台、丸テーブルがシーツをかぶって置き去りにされている。開きっぱなしの奥の扉の奥はバスルームだろうか。
 エアが深緑色の分厚いカーテンを開くと、半円形のバルコニーへと続くガラス窓が姿を現した。
 そこから見える景色に思わずエアは息を飲んだ。先ほど外庭から眺めた湖が、一面に広がっている。
「エアっ、反対側の部屋も見てみようぜっ」
「はい!」
「ぴゃ」
 足早に部屋を出ると、対面の扉を開ける。
 先ほど出てきた部屋と似たような間取りではあったが、花柄のスツールや柔らかな蜜柑色のカーテン、猫足のベッドという家具によってまるで違う印象の部屋になっていた。
「こっちはお花畑側に面しているんですね」
「上から見下ろすと、来た時とイメージが変わるなぁ」
 感動交じりに二人は溜息をつく。
 到着した時に見た花畑は思った以上に広く、森との境には意外にも杭で張られた縄で小道が出来ていた。その縁には馬小屋や家畜小屋に似た背丈の低い屋根が点々と間隔をあけて建てられている。
「あの辺りは、馬車を停めておく場所だったんでしょうか?」
「話を聞く限りだと貴族のお客さんも来るって想定だったし、そうだろうなー。しばらく放っておかれたなら、もう野生の動物たちの家になってるかもしんねぇけど」
「無理に追い出しちゃったら可哀そうですね」
 見るからに生命力の強そうな芝や花の陰に、小さな動物や虫たちの気配がする。
 森林と湖に面した部屋と、草原と花畑に面した部屋。
 二種類の景色が楽しめる新しい拠点を、二人はすっかりと好きになりはじめていた。
「客室も多いし、たくさん人を呼んでも大丈夫そうだぜ」
「引っ越しが終わったら、皆さんにお披露目会をするのも良いかもしれませんね」
「おっ、それいいな!!」
 引っ越しパーティーだとエドワードは目を輝かせた。
「オレたちの部屋とかはこの二階になるだろうから、部屋の雰囲気とかもそれぞれの性格出そうだよな!」
 この部屋と対面の部屋みたいに、とエドワードは付け加える。
「エアの部屋はなんつーか、綺麗でかわいー感じになってそうだな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。綺麗なものも可愛いものも大好きですから」
 えへへっ、とはにかむようにエアは笑った。
「オレの部屋は……んん、ちょっと物が多くて散らかるかもしんねーな?」
「大丈夫ですよ。私も一緒にお片付けしますし」
 それにとエアはつけくわえた。
「エドワード君のお部屋は散らかるというより、宝箱みたいなお部屋になりそうですよね。エドワードくんが今まで経験してきた冒険の思い出がいっぱい詰まっている、楽しいお部屋に」
「ピャイ!」
 同意するようにコトが大きく頷いた。
「冒険の思い出がいっぱい詰まった部屋かぁ~!!」
 今まで行った場所の旅の思い出。古びた地図。白い砂にワイバーンの卵の殻。
「響きだけでワクワクしてくるよな!」
「はいっ」
「じゃあ、メインルームとやらに行ってみるか」
 二人の部屋はオーベルジュの主人たちが使う予定だったメインルームが良いのではないかと提案されていた。
 他の客室と違うのは、それぞれの部屋に独立したキッチンやバスルーム、ベッドルームが備え付けられていること。バルコニーから続く階段が一階の裏口に続いていること。そして互いの部屋に呼び出しベルがついていることだった。
「草原側と湖側、どっちにしようか迷っちゃいますね」
「オレとエアで反対側の部屋を選んだら良いんじゃねーか? そしたらどっちの景色も頻繁に見られるだろ」
「わぁっ、それってすっごく素敵なアイディアだと思います……あっ、此処でしょうか」
 まだ部屋の扉を開けていないにも関わらず、この部屋が自分の部屋だという直感がエアの中で閃いた。白く塗られた木扉の前でじっと足を止める。
「エアはそっちにするか?」
 エドワードの問いかけに、エアは強く頷いた。
「はい。わたし、この部屋にします!」
「じゃあオレはこっちな!!」
 エドワードはニスが塗られた扉を指さしている。
 木目鮮やかな美しい扉にはヴィンテージ物のワインが秘められているかのような、どことなく冒険心をくすぐるものだった。
 家の中にちっちゃな家があるようなものですとモリソンが言っていた通り、広々とした部屋には一人で閉じこもっても充分に生活できる設備が完備されていた。
「わたしの部屋は……うん! 広いし明るくっていい感じですっ」
 カーテンがかかっていない窓からエアは外を見た。
 純白のバルコニーからは花畑がよく見える。風にのってやってきた花びらの行く先を目で追いかければ、余った赤煉瓦を再利用したのであろうハーブが生えたキッチンガーデンにほとりと落ちた。
「見てください、コトちゃん。あんなに沢山ハーブが生えていますよ」
「ぴゃ?」
 テチテチと爪の音を響かせながらやってきたコトは、分からないと言った風に首を傾げた。
「あそこにある草は、全部美味しいお料理の材料なんですよ」
 途端に瞳をキラキラさせる現金な雛は二人の料理に絶対の自信を寄せている。
 少々舌が肥え過ぎたものの、好き嫌いもせずにせっせと食べる姿はエアとエドワードの癒しでもあった。
「此処にウッドテーブルとソファ、カラフルなクッションとブラケットライト! ふふっ、とっても可愛いお部屋になる予感がします!」
 服をしまうクローゼットもある。こっちには全身鏡や帽子かけを置いても良い。
 部屋を彩るカーテンは何色が良いだろうか。
「コトちゃん。エドワードくんのお部屋も見に行ってみましょうか」
 はたしてエドワードの部屋を覗いたエアは空っぽの部屋に目を丸くした。
「あれ、エドワードくん?」
「ピャッ」
 一直線に部屋の中に飛び込んでいったコトをエアは追いかけた。薄いレースのカーテンが幕のように風に揺れている。白いベールに隔てられた向こう側に、エアは見覚えのある緋を見つけた。
 エドワードは窓枠に両手をおいて、外を眺めていた。穏やかで精緻な微笑みを浮かべた彼の視線の先には真っ青な湖面が広がっている。
「エドワードくんっ」
 エアは嬉しそうにエドワードの傍へと駆け寄った。
 エドワードは目を閉じ、大きく息を吸い込んでいた。
 森と空。それから、これからやってくる季節の匂いがする。
 真っ赤に熟す前のヤマモモやグースベリーの瑞々しい甘酸っぱさや、薄桃色に咲く穏やかなクチナシやラベンダーの気品ある穏やかさ。そういった素敵な贈り物が万緑の香のなかにひっそりと隠れていた。
「夜になったら星明りが綺麗に見えそうですね」
「そうだなぁ。他に明りも無いしな」
 ほんの一瞬、瞳に不安を過らせたエアをエドワードは見ていた。
「寝る場所だけど」
 しっかりしたように見えてエアは意外と寂しがりやの甘えたがりだとエドワードは知っている。それを隠し通そうと無理をすることも。
「とりあえず最初は部屋は別にしといてさ、一緒に寝たくなったら遊びに来るとかでどーかな?」
 照れた様子で、けれどもどこか安心したようにエアは頷いた。
「そうですね! 寂しくなったら枕をもって行けばいい話ですし……お互いのお友達を呼んだりとかもそっちの方が気兼ねがないですもんね」
「無理はすんなよ?」
「はい」
 眼差しを緩めたエドワードに、エアは素直に頭を撫でられる。さらさらとした銀の髪が名残惜しそうに指から零れ落ちた。
「コトのベッドもせっかくだし新しくするかっ」
「後でコトちゃんのベッドも探しに行きましょうっ!」
 自分の話をされていると分かったのか、ぴゃあと嬉しそうにコトが鳴く。
「ここから、オレたちの新しい冒険が始まるんだな」
 もう一度、深呼吸する。隣には晴れ晴れとした相方の顔。
「エア。これからここで、いままでよりももっと、楽しくて綺麗な思い出、たくさん作ろうな!」
「ええ! これからもよろしくお願いしますね、エドワード君っ!」
 力強く頷く。
 固く手を握るように、互いの名を呼びあった。

おまけSS『小さき雛の小規模にして広大な見識の旅』

 亜竜という種において、この雛ほどイレギュラーズと共に過ごした個体はいないのではないだろうか。
 コト、と名付けられたそれは世界が驚きで満ちていることを知っている。
 まだ見ぬ世界を恐ろしいと忌避するよりも、まだ知らないのだと喜んで飛び込んでいく。
 それは雛を育てるモノがそうであるからだ。
 小さなワイバーンの雛はまだ世界を知らない。
 けれどふわふわの布をくしゃくしゃに丸めるのが楽しいと知っている。
 好きなものもたくさんできた。
 キラキラしたものを追いかけるのも大好きだ。
 追いかけっこも大好きだし、肩車も大好きだと知っている。
 優しい手に撫でられると、おなかがふわふわしてくすぐったいと知っている。
 美味しいご飯もいっぱいいっぱい知っている。
 ぐっすり安心して眠る幸せを知っている。
 野生の世界は知らないけれど、傍にいてくれる揺らがない太陽と優しい銀虹の眼差しが大好きだ。
 だから雛は幸せを知っている。
「ぴゃいぴゃい」
 雛は、新しい巣のちいさな先輩に挨拶をした。
 守ることの大切さを、雛は知っている。
 それは雛を育てるモノたちがそうであるからだ。
 だから敬意を表して、ドアノッカーの門番を先輩と呼ぶ。
「コトーっ!? どこいったー!?」
「コトちゃーん!」 
 大好きな声が呼んでいる。
「ピャーイっ!!」
 突然姿の見えなくなった雛を心配する二人の気も知らず、未来の大物は元気に走っていった。

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