PandoraPartyProject

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誰が救ってくれるの

登場人物一覧

ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを

 ――酷い顔だ。

 朝。顔を洗って鏡を見て、ネーヴェは思わずそう心中で呟いた。
 最近ろくに食べてないからか、頬がこけているように見えて。
 夜はずっと泣いているから、目じりは紅くなっている。
 目も充血して、真っ赤になって、うさぎのようだ。

 深緑でルドラスと雌雄を決してから。
 あれからずっと、ネーヴェは夢を見ている。

「ネーヴェ」

「可愛いネーヴェ」

「俺と一緒に」

 手を差し伸べる彼を前にして、迷う夢。
 取ってはいけないと判りつつも、振り払うにはいつだって時間が必要で。
 断腸の思いで振り払い、相手に敵意を向けて斬り裂くのだ。そうして跳び起きて、泣いている自分に気付く。そんな事がもう一月近く続いていた。

 どうして泣くの、わたくし。

 泣きながらネーヴェは己に詰問する。
 あの時、己を魔種(おなじもの)に変えようと手を伸ばした彼に、ノーを突き付けたのは紛れもない自分自身だ。
 彼に最期を迎えさせたのは、そう決めたのは、間違いなく自分自身なのだ。

 なのに。

 どうしてだろう。彼が斃れる瞬間が。何も残さず灰になって消えゆく其の瞬間が、脳裏にべたりと貼り付いて離れないのだ。
 彼に敵意を向けた手が震える。いつも通りに食事をとろうとしても、カトラリーを持つ手が震えて、水さえ喉を通らなくなって、視界が涙で歪んで、失った足が痛むのだ。

 決めたのでしょう? ネーヴェ。
 ルド様を斃すと。招く手を振り払い、彼を解放するのだと決めたのでしょう、ネーヴェ。
 ねえ、そうでしょう!

 ――心はそう叫ぶけれど。
 でも、もうこの世に彼がいないという事実は、杭となってネーヴェの胸に突き刺さったままだ。抜こうにも余りに深々と刺さっているから抜けない。傷は深く、じくじくと痛む。決めたのは自分なのに、だからこそ、自分を恨まずにはいられない。どうしてあの時、ルド様の手を振り払ったのか? どうしてあの時、ルド様と一緒にいかなかったのか?
 答えなんて判っている。自分がイレギュラーズだから。
 でも。……でも。

 ぐるぐると回り続ける思考を止めたくて、普段は淹れない珈琲を淹れた。
 砂糖もミルクも、“甘ったるい”ものは入れたくなかった。真っ黒な水面。まるで、今の自分のよう。“ああしていれば”“こうしていれば”がぐるぐると渦を巻いて、色々な色が混ざり合って結局は黒くなる。

 魔種になったら、少しは、楽だったのかしら。

 先程答えを出したつもりの問いが再び顔を出す。
 いいえ、と心中の己が言う。其れは本当かしら。
 魔種になって討たれるさだめになったとしても、ルド様と手に手を取って歩いて行けたなら、或いは其れは幸せだったのではないかしら。

「……いいえ」

 今度は声に出して、ネーヴェは呟いた。其れはネーヴェの最後の矜持だった。
 其の問いかけにだけは、YESとは言ってはいけない。
 其処で迷ってしまったら、ネーヴェがこれまで為してきた事は音を立てて崩れ落ちる。
 そうして、多分何も残らない。
 魔種になる事は、幸せなんかじゃない。彼がどういう経緯で魔種になったのかは判らないけれど、其れでも、其の手を取ってはいけなかった事だけははっきりと判る。

「ルド様」

 名を呟く。応える人は、もういない。
 あの幼い日、妖精郷を語り合ったあの人は。
 幼さ故の過ちで、出て行ってしまったあの人は。
 仮想の世界で今もきっと森を守っているあの人は。
 この現実の世界には、もういない。
 ――魔種としてでも、生きていてくれたなら。なんて思ってしまう自分が嫌になる。

 珈琲に映るネーヴェの顔は、矢張り酷いものだった。
 ああ、ルド様ならきっと、この苦い珈琲も呑んでしまえるのかしら。
 君には似合わないよって言うのかしら。
 珈琲一つにさえそんな事を考えてしまって、我慢して我慢して我慢して、堪えきれなくてぽたりと落ちる。ミルクでも砂糖でもない、しょっぱいもの。
 
 思い出が突き刺さる。
 記憶が突き刺さる。
 もう、世界のどこにもルドラスという男はいない。
 そして、まだ。ネーヴェはルドラスにさよならを言えない。

 彼が武器の一つでも残してくれていたら、其れに縋って泣けたのかしら。
 ネーヴェは時折、そんな事を考える。
 でも、心の裡にいるルドラスが苦笑して言うのだ。

「何か残したりなんかしたら、ネーヴェは俺離れができないだろう?」

 前へ。
 自分を思い出に変えて前へ進めと、きっと彼なら言うだろう。
 でもね、でも、ルド様。
 思い出にするには、貴方の存在は、大きすぎるの。

 砂糖もミルクもない珈琲をそっと口に運ぶ。
 苦くて涙が出た。
 珈琲の所為にしないと、二律背反で気が触れてしまいそうだった。
 苦い。涙が出る程、苦い。
 涙が止まらない。いつかわたくし、干からびてしまいそう。
 ぼろぼろと涙をこぼしながら、ネーヴェは珈琲を啜っていた。
 そう言えばここ数日、まともに何も食べていない気がしたけれど――あの人を思って悼んでいるこの時に、何も喉を通る気がしなかった。

 其れでも、生きろ、と。ルド様は、きっと仰るから。
 今は、水分で許して下さらないかしら。

  • 誰が救ってくれるの完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月18日
  • ・ネーヴェ(p3p007199

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