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されど世界は縁を結ぶ
登場人物一覧
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――……安らかに眠れ……輪廻……後の事は、任せろ。
ええ。
もう戦わなくていいのかしら。
いいのね、そう。色々、置いてきちゃったわね……。
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あの日、きっと世界は救われたのだと思う。
その救いは、百ある脅威の一端でしか無くて、でも、確かに世界は優しくなった。
そんな綺麗な話じゃない。
世界は綺麗になっても、自分の世界の色は、ひとつ、彩を失った。
だから、その日から『ぱんつコレクター』悪鬼・鈴鹿(p3p004538)は狂い始めていた。
自分の負の部分をピアスのように埋めていた『第二の母』である彼女は、全くもって世界にとって正しい方法で救い、そして消えていった。でもそれでも、――例え、世界が崩壊したとしても鈴鹿には、母(姉様)が必要であった。
最後の砦であるように、彼女の存在の消滅と共に鈴鹿は『鬼』へと変わっていく。
憎い。
姉様を殺した人間達も姉様を助けられなかった自分も……人というモノ達が憎い。憎い。憎くてたまらない!
元よりあった名前を捨てて、「瀬織津」は「悪鬼」へと還るのだ。それは正しい選択かと言えば、世界にとっては受け入れられないものであったが。鈴鹿としての選択はきっと、誰にも否定されるべきものでは無いのだろう。
「三つ目怨鬼」として、牙を剥いた彼女は元の世界で大量の命を蹂躙していった。あの世界には守護者たちがいる、故に影たる犯行は実にスマートなものだ。
肉を抉り、血を啜り、喉笛を掻き切って。
やってもやっても、やっても―――しかし鬼の喉は癒える事は無かった。
死体を積めば積むほど、正義の味方たちの追手は距離を詰めていく。その彼等も殺してしまおう、今更自分がその後どうなろうと、姉様が居ない世界なんて、どうでもいいのだから。
「ここ、どこ」
そんなとき鈴鹿はこの混沌の世界に来ていた。
最初は空中庭園の案内人にさえ、牙を剥きかけたところだが、どこか……この世界にあの姉様の気配を感じて逃げ、今では少しずつであるが溶け込んできたのだ。
あの世界に居た頃よりも、随分落となしくなった鈴鹿は、酒の入ったグラスを傾けて虚空を見ていた。
すると、隣に誰かが座ったのである。
誰であろうか。こんな所にいても鈴鹿の機嫌はいいという訳でも無いのに。誰も近寄ってこないが怖いもの知らずもいたものだ――――。
「――っ」
鈴鹿は目を見開いた。
そこには『ナインライヴス』秋空 輪廻(p3p004212)が居たのだが、彼女は鈴鹿がいう姉様に瓜二つであったのだ。それに臭いも、佇まいも、彼女の一寸たりとも違わない。
「ねえさ――」
「秋空よ」
「――え?」
「秋空。私の名前ねん。どうも寂しげな背中が見えちゃって、ついついお隣に。いいかしらん?」
「え、あ、……ま、まあ?」
輪廻は、そう言って意気揚々とカクテルを頼んだ。
実の所、輪廻は鈴鹿が言っている姉様その人なのである。
しかし、輪廻は以前に居た世界では死亡したと記憶では認識している。暗い闇の中に落ちていくように――死を迎えたと自覚しているのだが、次に目を覚ましたかと思えば空中庭園に居た。
最初は天国かな、なんて愛らしい考えもした輪廻であるが生身の身体は確実に魂に着いてきており、皮肉にも生きていることを理解した輪廻は少しずつ混沌に溶け込んでいった。
そして、見つけたのが鈴鹿の存在である。
最初は同姓同名かとも思えたが、こうして接近して話を少し交えただけでも、彼女は彼女であるという証明になってしまう。それ程に、輪廻は鈴鹿の事を知っているのだ。
だからこそ、辛いのだ。
あの世界には多くのモノを残してきてしまった。最後まで一緒にいられなかった彼女が、こうして闇に染まっているのを、いや闇に染まるのを知っていた。それでも発動した世界を変える砲を打つことは、止められなかった、あれは、意地だ。
それに、まだ自分が本当に死んでいないのかさえ気になる。
いつかこの手が薄くなって溶けて消えてしまうのではないだろうか――だって、一度自分は確実に死を迎える行動をしたのだから。
その時に、鈴鹿に、二度目のサヨナラをするわけにはいかない。そんな優し過ぎる想いが歯止めとなって、鈴鹿を目の前にしても自分だと言えないのだ。
「――寂しい? そんな訳ない」
「あら、じゃあ何故そんなに殺気を出すのかしら」
仮面をつけている輪廻は心にも仮面を施した。可能な限り冷静に、冷徹に、鈴鹿との接触を繰り返したい。
「殺気を出していて何が悪い」
「こーんな場所でよくないからよ。それに、殺気をコントロールも出来ないおこちゃま、だなんて怯えているだけにしか見えないもの」
「なっ――!!」
鈴鹿は勢いよく席を立った。
その手に敵わぬまでも武器を握って脅してやろうかとも思えた。だがそれを全てしなかったのは――。
どこか、心の中で輪廻はあの、輪廻に思えていたからだろうか。
そんな馬鹿な話があってたまるか。あの日、姉様は死んだのだ。そりゃあとても素敵な死であったさ、くそったれ。だけど姉様は自分を置いていったのだ、世界はまるでそれで居心地が悪かった。鈴鹿にとって、世界とは姉様だったのに。わかってくれていたはずなのに。
「座りなさい」
「……っ」
大人しく席についてしまった。
やっぱり、姉様なのだろう。
いや、姉様じゃない。そんなはずはない。これは幻だ、他人の空似の。
故に鈴鹿は素直に自分の経緯を話していた。懐かしい、優しい香りがする本物という偽物(輪廻)に。
「その姉様は、今頃草葉の陰で失望しているわね」
「……」
言い返すことは、今の鈴鹿には出来なかった。確かに、とそう思ってしまったのだ。
俯いて、なるべく輪廻を見ないようにしている鈴鹿だが、少しだけ生まれた罪悪感という感情に輪廻の横顔は眩し過ぎるのだ。
「貴女が慕う人というのは、貴女が今の様に人間を恨むのを望む様な人だったのかしら?」
「……っ!! 貴女じゃない、鈴鹿!!」
「じゃあ、鈴鹿」
その時、輪廻は仮面の中でほっとしたような表情をした。嗚呼、やっぱりこの子は鈴鹿なのだ、と。
「その姉様が、恨むのを望むのだとしたら、慕う価値も無いろくでなしだと思うけど?」
「――――!!」
握った鈴鹿の拳がカウンターテーブルの上を叩いた。
衝撃に店にいた全員が驚いて鈴鹿を見ている。構わずに輪廻は続けようとした。出来れば、この言葉の意味に彼女が気づいてくれますように――と祈りを込めながら。
「……誰であろうと姉様を侮辱する奴は許さん!」
「鈴鹿!!」
結果として、鈴鹿は店から逃げるように出ていく。いや、輪廻から逃げるように。
誰もいなくなった隣に、ため息をひとつ吐いた。この方法は間違えていたか、いや、それでも、多少強引でもきっとあの子には通じていると信じて。
暗闇の中を駆けながら、鈴鹿は悲しい気持ちを胸の中に、嬉しい気持ちが芽生え始めているのを感じていた。
いや、でも、しかし、されど、あの女は姉様を侮辱した、赦さない、赦せない。なのに。どうして。
姉様からおしかりを受けたように、温かいものを受けたときのように、胸が高鳴る。
いつもなら攻撃して今頃血の海のはずだったのに―――どうして、やっぱりあの人は―――?
鈴鹿は振り返った。
だが、追ってくる影は無い。
幻想にも似た姉様の影法師は、今だ遠く。でも、近くに触れた似た香りは忘れなかった。