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蓼食う虫も好き好き
登場人物一覧
「よう、今帰――」
――ったぜェ、と続けるつもりだった『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)の台詞は、階上から顔面めがけて飛んできたソーサーに妨げられた。
「何だ何だ? 俺様が幽霊じゃなかったら酷い目に遭ってたところだぜ」
顔面キャッチのお蔭で割れずに済んだソーサーを顔から毟り取りつつ階段を見上げれば、今度はティーカップのほうまで空を飛んでくる。この軌道じゃ、今度こそ大理石の飾り柱に命中して割れちまう……ポルターガイストで受け止めて手元に持ってきてやれば、側面に描かれた楯型の紋章が目に飛び込んできた。
「ははァ。さてはコイツはリチャード卿のだな?」
「ケリー! 今お主がしたことが、騎士にとってどれほどの侮辱か理解しているのか!!」
「宜しいですこと!? 貴方が先程なさったことは、それと同じくらい侮辱的なものだったんですからね! 貴方はいつもいつもそうやって被害者ぶってばかりで……少しは私の身にもなって考えて下さいな!」
「被害者ぶっているのはどちらの方だ! 我輩は人として――お互い人間種ではないが――当然の要求をしているだけなのだ!」
一応は屋敷のオーナーとして、一言注意してやらんといかんなァ……クウハが長い廊下に――といっても物が飛んでくるくらいだからリチャード・ケリー夫妻の部屋はそのすぐ入口付近にあるのだが――足を踏み入れようとすると、突然、少女の声が耳に飛び込んできた。
――私、どっちもどっちだと思うのだけど。
勿論、廊下にはクウハの他は、(今にも部屋から追い出されそうになっているリチャードを除けば)誰もいない。ただぽつんと、一枚の額縁の絵が飾られているだけだ。
「ようレディ。まったくだ、違いねェ」
その絵に片手を上げて挨拶し、わざとらしく大きく頷いたクウハ。片や
「……それでレディ。
「私も部屋の中の出来事までは見ていないけれど」
すっかり苦笑い顔でクウハがレディに問えば、絵の中の少女の表情もまた苦笑い混じりのものへと変化した。彼女の語るところによれば:
「私が見たものと漏れ聞こえてきた話を組み合わせると……まず、リチャード卿の留守中に、ケリーが怪我をしたカラスを連れ込んだのね。だけど、リチャード卿はそれがお気に召さなかったらしくて、手酷く追い払ってしまったみたいなのよ。カラスは戦場に死を招くから不吉だ、なんて言って」
「そいつは傑作だなァ! リチャード卿だって他所様に死を招く張本人だろうに!」
思わず手を叩いて哄笑したところで……ふと気づいた。
廊下に、いつの間にか他の人の気配が増えている。
「リチャード卿の心は今も騎士なんだろうな。死んで他人を呪わずにはいられないようになっても、俺みたいに自分の在り方を見失っちまうようなことはしない」
「そうですよ、素敵な奥様がいらっしゃる旦那様が、戦場で死んでしまうようではいけませんよ。私の旦那様なんて……ええと、どんな旦那だったかしら? 部屋に戻りさえすれば思い出せるはずだから、ちょっとお待ちくださいな」
「うー?」
おいおい、夫妻が騒がしくするものだから、他の住民たちまで集まってきてるじゃねェか! ま、恒例のお祭り騒ぎだからなァ、と肩を竦めるクウハではあったが……だとしてもその度に同じツッコミを繰り返す羽目になるのだけは勘弁して貰いたいところだ。
「いつも言ってるじゃねェか、幽霊になれたんだからそれだけでオマエも立派な証拠だってよォ! 寿命なんぞに縛られずに好き放題できるんだから、どんなに成功しても死んじまって何もなくなっちまう奴らよりもよっぽど上等ってもんサ。
おいおい婆さん! 部屋に帰るのはいいが、婆さんの部屋はその廊下の先にはないぜ? 一階の、玄関フロア入ってすぐ! 階段上がって来ちまったらいかんなァ。
勝手に上がってくるんじゃないって言えば、オマエもだ赤ん坊! 投げられたものが頭にでも当たったらタダじゃ済まねェからな!? 幽霊には関係ないかもしれねェが……って、痛い、痛い! 親切のために抱え上げてやったってのに、髪引っ張るのはよしてくれよなァ!?
……あと、そこで天井裏から面白可笑しい見世物でも観てるような顔して眺めてる幽霊ボーイもなァ! 『みぃつけた』……ほらよ、これで安心して出てこれるだろ」
やって来る一癖も二癖もある住民それぞれにひとしきりツッコみ終えたところで、ようやくクウハは安堵……しきれなかった。はて、まだ何かをツッコみ足りていないような気がする。
「何だァ? 別にツッコまなくちゃならねェわけじゃ決してねェが……あ」
「ほら! 貴方のせいで皆様に見られてしまってるじゃありませんか! 私は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ありません!」
「そのように他人に責任をなすりつけるのがお主の良くないところなのだ! 恥ずかしいと思うなら、何でもかんでもモノを投げるのを今すぐやめればよかろう! 確かに我輩は、お主のそういった癇癪持ちのところを承知した上で好くと決めたのだ、しかし、だからといって癇癪など起こさずにおいてくれるのならそれに越したことは……ま、待てケリー! 剣を投げるのは流石に止めてくれ!!」
……ハハーン成る程。自分が何をツッコみ足りないと思っていたのか、ようやくクウハは合点がいった。
「そういやオマエさん等、この前の喧嘩で
毎度「二度とあんな喧嘩やらないよ」と言っておきながら再びポルターガイスト大戦を引き起こす二人。そうだった、喧嘩する二人に「前回の誓いはどこ遣ったんだ」とツッコんで、「我輩はそうしたいのだが妻が」「今回ばかりはそうも言ってはおれません」と返されないかぎり、いつもの儀式は終わらないってヤツだ。
「それじゃ、毎回恒例の、どっちが先に降参するかの賭けでも始めるかねェ? 因みに俺様はケリーが勝つにリチャード卿の首一つ」
「なあ……そういうのを賭けるのは良くないんじゃないか? ……え、折角ならもっと人生――死んでるけど――をもっと面白可笑しく過ごしてみろって? 解ったよ、じゃあ俺もケリーにリチャード卿の首一つ」
「お兄ちゃんたち……リチャード卿の首は一つしかないって知ってる? 私もケリーさんが勝つのにリチャード卿の首賭けるけど」
「じゃあ、僕もケリーにリチャード卿の首を賭けるかな。僕の白骨死体から頭を取る訳にはゆかないから……」
「だぁ、ばぶぅ」
「ケッケッケ、こいつは傑作だ! 赤ん坊までリチャード卿の首に興味津々でいやがるぜェ!」
何、全員ケリーに賭けたら賭けにならないじゃないかって?
構うもんか、ここまで含めて『いつもの儀式』さ! それに……。
クウハが覚えているかぎり、どんな無理にも最後には卿が折れるのが毎回の恒例だ。