PandoraPartyProject

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戀にも似た深緋の乞い

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
トキノエの関係者
→ イラスト

●無垢なる邪悪は柔く微笑む
 ――神は彼に『美しく清廉な天使のような少年の姿』を与え給うた。
 ――魔は彼に『享楽と色欲に抗わぬ無邪気なこころ』を植え付けた。
 斯くして美貌の少年ライア=ラ=ヘルは対の外見と中身を手に入れたのだった。
 これは彼が過去に起こした、若しくは今も起こしているかもしれない事件の断片……。

●それまで
「酷い……私の何がダメなの? 服も料理も、貴方に合わせた! 全部貴方が好きだから!!」
「うるせぇなぁ。そういうところが重いんだよ!! つーかお前みてぇな不細工ブス金蔓キープに決まってんだろ。そのウザさじゃ捨てられまくっても文句言えねぇわ」
「そんな、私……全部貴方の為に……!」
 ガン! と扉を蹴る音に委縮する女性。男は鼻で笑ってそんな女性を見下した。憐れんでいるのか、呆れているのか、面倒臭さを隠さず声を荒げる。
「為に、じゃねぇわ。誰がンな事頼んだよ。今まで貢いでくれてドーモ! はは!」
 吐き捨てて男は去っていった。部屋に残されたのは女性ひとり。彼好みの派手な化粧メイクも、露出度の高い衣服も、全く趣味じゃない室内装飾インテリアも、彼が去った今となっては唯のゴミでしかない。惨めさと悲しみとほんの少しの怒りが混じり合い、換金してやろうという気も湧かなかった。彼を愛していたのに、何故。
「何がいけないの……? 人に好かれたいって、変なこと?」
 ベッドにうつ伏せになり、枕を濡らす。苦しい、悔しい。そんな時、美しい天使が舞い降りた。開け放された扉から入り込んだのだろうか、だとしたら最悪のタイミングだ。驚いた女性はすぐに顔をあげ慌てるが、天使はさも当然のように鈴の音で話しかける。
「きみは愛されたいの?」
「え?」
「人に好かれたいと。そう言っていた」
 光環が煌めき、白き翼は素朴な疑問を投げつけるが如く女性に尋ねる。彼女自身、参っていたのもあってこの少年てんしを追い出す気になれなかった。今は誰だっていい、愚痴を聞いて欲しくて、ぽつりぽつりと身の上話を始める。天使は相槌を打って、彼女の話に心を寄せた。彼女の警戒心もとうに薄れ、「屹度きっと傷心の私の元に神が遣わして下さったのだ」と都合よく解釈する。それが一番楽で、傷つかない結論だから。
「きみは、まだあの男が好き?」
「分からない。彼は私を好きだと言ってくれたから、私も好きになったの。今までの人も皆そう。あっちから誘って、あっちから去っていく。何度目か忘れちゃった」
 幾度の失恋フラれ話を語るのはつらい。でもスルっと出てきた。彼女は不思議と、完全に天使を信用していた。神の威光かもしれない。
「なら、今度はきみが好きになった男に好かれたらいい」
「私から誘うの? 無理だよ、そんなこと」
 昔から容姿は不細工ブスだと罵られ、心は重いウザいと鬱陶しがられた。そんな自分に誰が振り向いてくれるというのだろう。女性はクッションに顔を埋めた。それでも天使さまは励ましてくれる。優しく慈悲深い天使さま。
「外見に囚われるのはヒトの悪いところだね。きみは相手の為に心を割いたのに、相手は同じだけ返してくれなかった。酷いね」
「……」
「きみは美しいよ。ぼくを信じて。――今度はきみが、誰かに好かれるべき。そうでないと天秤が釣り合わない」
 そうは言われても女性にそのような経験はない。常に受け身で、指示待ち人間の、誰かの機嫌を損ねないように顔色を伺い、男に捨てられないために媚びてきた。ここからどう変われというのか。天使さまは教えてくれるだろうか。
「私、どうしたらいい? 教えて、天使さま」
「うん、いいよ。じゃあまずは――」
 その厚塗りのケバい膜を落としておいでと洗面所を指さした。他人の前で素顔を晒すのは久しぶりだけど、恐怖はない。天使さまは見た目で私を貶めたりしないだろうから。じゃぶじゃぶと化粧を落とし、改めて鏡に映る己を見た。そばかすとシミが点々とした肌。深いクマに可愛げのない一重瞼。細い目に鼻も低い。どう見ても可愛いとは思えないと感じつつ、天使の元へ戻った。
「噫いいね! とても『きみらしい』よ。あんな嘘で塗りたくったきみより、余程きれいだ」
「そ、そうかな」
「うん。今度は服を選んでみなよ。その服は本当にきみが着たい服じゃないでしょ」
「そうだね。ちょっと漁ってみる」
「ごゆっくり」
 天使はもう我が物顔で、見てませんという体でベッドに横になり鼻歌を歌っていた。鈴の音の声は耳に残り、じんわりと心が温まっていくのを感じる。そうして着替えたのは、バンドTシャツにデニム。多くの世の男が求める女性らしさいやらしさはまるでない。
「着替えた。どうかな……」
「うん、いいよ。目に痛くないし、下品じゃないもの」
「……さっきの服、下品だった?」
「かなりね」
 くすくすと笑う天使さまは、何もかも肯定してくれる。素の自分でいいのだと、自己肯定感が高まる。今までのどろどろとした感情はどこにいったのか。
「さぁ、次はきみを好きになってくれる人を探そう」
「えっそんな急に!?」
「善は急げってね」
 女性の手を掴み、夜の街へ繰り出した。天使さまの見た目は少年で、幼いというのに誰も気にしていない。しかしそれを気に掛けらないほど女性自身が緊張していた。今まで化粧と衣服で武装していたのに、今は丸腰。心もとない。道行く誰かの笑い声が、自分に向けられているのではと錯覚する。その都度天使はぎゅっと手を握った。
「今のきみはどんな風に見られていると思う?」
 天使の声に女性はボソボソと。
不細工ブスが部屋着でうろついてる……」
「あはは! つまり、自然体ってことだよね」
「まぁそう」
「そういうのが趣味って男も世の中にはいるんだよ。ほら、あの彼とかこっち見てるよ」
「う、どこか変?」
 ムっとした表情で天使は告げる。
「ぼくの言葉は信用できない?」
「違うよ! そうじゃなくて。まだ自信がないの……」
「ふふ、そんな些細な事。安心して、ぼくは恋の天使キューピッドだから。絶対に大丈夫」
 天使の後押しもあり、勇気を出して声をかければTシャツの柄のバンド趣味が同じで、男性側は『周りがキツい女性ばかりで……』と嘆いていた。天使さまの言う通り、この人は私を好きになってくれた! 今度は、私が好かれる番。疑心は確信に変わった。

●これから
「お願いします。水、水が欲しいです……」
「ええ、お利口ね。待て、解除」
 ジャブジャブと床に置かれた桶に入った水を勢いよく飲む男性は先日出会った彼。そしてそれを椅子に腰かけ上から優雅に見守る女性。彼女は天使の言う通り、男性を自分好みに。決して自分に逆らわず、裏切らず、自分しか見ない。そんな彼が仕上がって、満足した女性。いつもベランダで空を見上げている天使さまに、次は何をするべきか尋ねようとして……絶句する。
「天使さま……?」
 何時もいた天使は何処にもいない。何日待っても帰って来ない。これからどうしたらいいの。教えて、天使さま。あなたがいないと私は何も出来ない。何をしたらいいか分からない。天使さま、ねぇ、どこ? 私の天使さま!
「ご主人様、夕食を作りました」
 ジャラリと男の首輪に繋がれた鎖が音を立てる。噫、煩い五月蠅い! 私が今欲しいのは――。
「天使さま、お願い。返事をして。帰ってきて!!」
 鈴の音の声は永遠に聞こえない。××の目の前が深緋に染まった――。

おまけSS『ライア=ラ=ヘルの気まぐれ人生相談』

●少年天使の雑にして真理占い
「きみは……そうだね、この男とは別れたほうがいいよ。借金がものすごいからね」
 女性は男性に拳を喰らわせた。

「きみは……残念だ。あと半年以内に再発するみたい。そこから1年持てばいい方かな」
 少女と母親は手で顔を覆い嘆き悲しんだ。

「きみは……今すぐ帰るといいよ。今、君の家が燃えている。寝たきりの親が藻掻いてるのが見える」
 男は金を払うのも忘れ一目散に駆け出した。

 ――何時、何処に現れるか分からないけれど。天使の占い師がいるそうな。
 ――その天使の占いはすこぶる良く当たるのに、内容は良くないことばかり。
 ――あなたはそれでも、その天使に会いたいと思いますか? 真実を知る勇気がありますか?
 ――……それならどうぞご自由に。天使も悪魔も、やってる事は大体同じなのですから……。

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